3 愛の告白現場を目撃しました。
王宮舞踏会当日。
今まではウィリアムと踊ったあとは壁の花だった。
でも、今日のクロエは違う。
仲の良い友人に頼み込んで売れ残りの親戚を紹介してもらい一緒に踊る。久し振りに何十人もの見知らぬ男性と踊ったので、心身共に疲れてきた。
いつもなら友人達と楽しいお喋りの時間帯なのに。
限界に達したクロエは、ふらふらになりながら、壁の花になって楽しくお喋りしている友人達のもとへ向かう。
「大丈夫?」
「足が笑っている。」
「とにかくこれでも飲んで。葡萄のジュースだから。」
「一番のお薦めはジョベール侯爵ですわよ。現在30歳。20歳を過ぎた令嬢が狙う大本命です。」
「あら、クロエはまだ18歳よ。」
「では、カサール男爵の次男などいかがでしょう。」
「顔はいいけど、24歳で既に借金まみれよ。」
「嘘、知らなかった。ちょっと私、狙っていたのに。」
「テナール子爵の長男は?」
「駄目よ。昨日婚約が決まったわよ。」
「シンフレア伯爵の三男は?」
「外交官よね。でも、それだとクロエのお父様が泣き出すわ。娘と離れたくないって。」
「ルーシェ辺境伯の次男は?確か27歳独身。」
「身長195センチの巨漢よ。クロエが壊れる。」
「では、アレクシス王子はどう?23歳。」
「あそこにいるわよ。目立つわね。デビューしたての淑女が囲んでいるわ。」
「あの中に参戦する体力と根性がクロエにあるわけないでしょう。」
「諦めて騎士にしたら。私の兄とかおすすめよ。いつか騎士爵もらえるしね。」
友人達は口々に好き勝手なことを話す。
「あら、あそこにいるのはウィリアム様じゃない。」
友人の一人が、視線でクロエに知らせる。その視線の先には、ダンスフロアから出て行くウィリアムがいる。
情報通の友人が、落ち着いた声で言う。
「一緒にいるのは、ローラン子爵家のご令嬢よ。クロエの為に調べたのよ。どこかの舞踏会では、恋人って紹介しているそうよ。」
「あら、私の従兄は婚約者って紹介されたわ。」
「私の弟には、近々婚約するって言って紹介されたそうよ。」
「私の旦那様には、未来の妻よ。」
聞けば聞くほど腹が立ってきた。
「何故、もう少し早く恋人の存在を教えてくれなかったのかしら。おかげで、今私、大変なのに。」
クロエが話すと友人達は扇子で口許を隠しながら笑う。そのうち一人が笑いながら話す。
「きっと、クロエが怒ったら怖いからじゃない。」
「クロエが怖くて、本当の事が言えな~い、なんてね。」
冗談で笑いの種にされている。
クロエは行き遅れになる未来を想像する。全身に身震いが走る。
「私、ちょっとウィリアム兄様に一言、言ってくる。怒ってくるわね。」
茶目っ気たっぷりにウインクをして、友人達のもとを離れる。
そのまま小走りにダンスフロアを後にし、ウィリアムとその恋人が向かった先へ同じように向かった。
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しかし、クロエはダンスフロアから廊下をかなり進んだあと、角を2、3回、曲がった所で二人を見失ってしまった。廊下は少し薄暗い。
先程まではダンスフロアから音楽や話し声が聴こえてきた。
しかし、廊下の奥に進み過ぎたのか、何も聞こえなくなっていた。不安になる。
もしかしたら何処かの部屋に入ったのかも。
恋人や、一晩だけの相手と楽しむ者のために用意された部屋がある。
ダンスフロアからいつの間にか消えていく仲睦まじい二人。
もちろん今までクロエは利用したことはない。
でも、間違って部屋に連れ込まれて既成事実が成立しないように、父から、そんな部屋がある一角には絶対近付いては行けないと口を酸っぱくして言われていた。
だが、今まさにそのような部屋がたくさんある廊下を歩いている。
「これ、危ないよね。うん。危ない。」
小さく独り言を言う。
クロエは振り返り、もと来た道を戻ろうと一歩踏み出し、そして、止まった。
廊下の右側にある庭から微かな声が聞こえてきたのだ。
廊下ではなく庭に踏み出す。手入れがさほどされていない草の上を五、六歩程歩くと目線より高い植木があった。植木の奥には噴水が見える。
その噴水の脇には、ウィリアムとその恋人らしき女性がいた。
立っている女性の前で、片膝を地面につけて、騎士のようにかしずくウィリアム。
「僕と結婚してください。」
「嬉しい。喜んで。」
女性は顔を真っ赤にして、嬉し涙を流していた。
ウィリアムは立ち上がり、女性を抱きしめる。
そして、二人の顔が近付いて唇が・・・。
クロエは振り返り、一切音を立てず、その場を去った。
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廊下に戻ったクロエは、まるで恋愛劇のようなプロポーズの現場を見て・・・・・興奮していた。
顔を真っ赤にして、息を切らしながら、先程まで腹を立てていたことを忘れて、
「すごい。結婚の申し込み現場なんて初めて見た。
いいなぁ。私もあんな風に、私だけの王子様に、結婚を申し込まれたい。
まあ、あり得ないけど。」
元々恋愛感情はない。
突然、将来が不安になったことにより、腹を立ててはいたが、二人の仲を引き裂くつもりは毛頭なかった。
恋愛劇のような恋に憧れはするが、自分と無縁であることも分かっている。
白馬に乗った王子様がいつか来てくれると冗談を口にしても、そんなことが実際には起きないことも知っている。
クロエは、とても常識的な女性だった。
だから、恋愛劇に出てくる主人公に必須の恋の宿敵のように、愛する人を手に入れるため、主人公に意地悪をする、などということは、ない。
前提条件の恋愛感情がないのだから当然だ。
もっと正直に言うと、意地悪などという面倒くさいことをする程の情熱、気合いなど持ち合わせていない。
更に言うと、普段からクロエに対して平凡顔、可愛くない、色気がない等と暴言を吐くウィリアムに興味もない。
子供の頃は可愛いって言ってくれたのに。
とにかく、今、クロエにとって一番大事なのは、自分の将来。この一本である。
「いけない。いけない。他人の恋愛などと言うものは、自分の将来が決まってから楽しもう。」
頷きながら廊下を一歩ずつ進みだした。