番外編前編 黒い悪魔○○○○○
これで本当の最後です。前後編になっています。
僕が戻ったとき、一人の少年が笑いながら幼い少女を突き飛ばしていた。僕の足はまるで地面に縫い付けられたかのように動かなかった。
幼い少女が薔薇の垣根に衝突すると思った。
だが、予想外にその少女を庇って、別の少女が垣根の前に立ちはだかった。そこで受け止める気だったのだろう。残念だが耐えられず薔薇の垣根に背中から激突した。幼い少女が発した小さな呻き声が聞こえた。
12歳から15歳位の少年達が指を指しながら笑っている。
何が可笑しいのかわからない。
彼らの足元には膝を擦りむいた少女達、ドレスが汚れて泣いている少女達、顔に青アザがある少年達、お腹をおさえてうずくまる少年達がいた。5歳から10歳位の少年少女達を虐めて何が楽しいのか。
僕の後ろから大人達の足音が聞こえてきた。さっき兄に助けを求めたから、きっと兄が護衛を連れてきたのだろう。笑っていた少年達は慌てて走って逃げていった。
護衛が怪我をした少年少女達を連れて行く。
薔薇の垣根に衝突した幼い少女は5歳か6歳位に見える。泣いてはいない。でも、その後ろ姿は、ドレスの一部に血が滲んでおり、薔薇の棘が原因で破れている部分もあった。
きっと凄く痛いはずなのに、凛として前を見て歩く姿は・・・幼いながらも美しかった。
僕が11歳の時。
僕はただ、なにもできず見ているだけだった。
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16歳で社交デビューした。両親にも王妃にも側妃にも母親違いの兄にも可愛がられた。しかし、第二側妃の子供で第三王子という微妙な立ち位置。貴族からは距離を置かれる。その事は特に気にならなかった。母の実家の領地で管理人になって生活するのもいい。もしくは王族に籍を残し国に奉仕する職業に就くのもいい。
ただ、僕の見た目は女性が好む貴公子然としたらものだからか、年頃の女性には囲まれることが多かった。香水臭い彼女達の相手は本当は嫌だったが、王族として振る舞わなくてはいけないので失礼のないように対応はした。
たまに物騒な貴族も近付いてくる。王族の親戚になりたい怪しげな商売や犯罪に手を染めている人間。上手にあしらうことも王族の務め。上手く出来ないときは兄のアナトールが助けてくれる。
ある時、王宮舞踏会で、幼い少女を突き飛ばしていた少年を見つけた。
彼に自然に見えるように話しかける。彼は、僕があの時、最初に因縁をつけて虐めた少年だとは気付かなかった。彼の友人達が集まって来る。見覚えがある。あの時の少年達だ。合計5人。
僕は基本的には善人ではない。
やられたらやり返す。
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一人目はカサール男爵家の次男セルジュ。
彼は女遊びが大の趣味。彼を恨んでいる人間を探すのはそんなに難しくない。
案の定、王立騎士団にセルジュに妹を弄ばれた男がいた。モーリスと名乗った彼は騎士団の中でもカードゲームの達人。貴族ではないが騎士団の中のひとつの隊を任せられている隊長の身分を持つ。
その為、僕のお供でセルジュがよく出入りしているサロンへ行くことになった。
そしてサロンは男の社交場。男の社交場は酒を飲む一団、政治を語る一団、そしてカードゲーム等の賭け事を嗜む一団がいる。
セルジュに近付き、何事もないようにカードゲームへの参加を促す。もちろん僕もモーリスもカードゲームに参加する。モーリスは最初はわざと負けることもあったが、懐にはいるには必要なこと。セルジュはカードゲームに夢中になっていく。
何回も、サロンで会うたびにカードゲームへ誘う。そして完全にのめり込んだところで、少しずつモーリスの勝ちを増やしていく。
気付いたらセルジュは窮地に陥っていた。借金まみれになり、仲の良かった王都周辺の貴族達からは相手にされなくなっていた。
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二人目はグラニエ伯爵家の嫡男ピエール。
彼は食べることが大好き。
女性の好みは、可愛らしい雰囲気の人。しかし、太った容姿の影響で女性には見向きもされない。そこで、僕は第一側妃の護衛をしている女騎士にお願いをした。
彼女は少しだけ、本当に少しだけ加虐的な傾向にあり、男性との閨にその傾向がでる。その事で一部の男性騎士には絶大な人気がある。見た目は可愛らしいのに寝台の上では逆。この格差がたまらないそうだ。正直僕にはよくわからないが。
とりあえず、彼女を紹介する。ピエールは彼女の見た目に一目惚れ。彼女自身は男爵令嬢だから一応問題なし。何回か逢瀬を繰り返し、彼女に夢中になった彼は彼女と寝台へ。
もちろん、彼は自虐嗜好も嗜虐嗜好もない。ただ、彼女との閨のあと女性全般に恐怖を抱くようになったのか引きこもるようになった。
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三人目はクレール伯爵家の三男ラファエル。
彼は弱い者いじめが大好き。自分より弱い人間、身分の低い人間に暴力をふるって虐める。
今まで、何人も犠牲になっているが、全部平民や男爵家の人間や子爵家の人間ばかり。誰も訴えることはない。完全な泣き寝入り。
そこで、彼とは王都の中で平民が生活する区画へ一緒に遊びに行くことにした。
食事をしたり、酒を飲んだり、踊り子を見に行ったり。何度か一緒に遊びに行く。彼は王子である僕の手前、他者に対して暴力はふるわない。
では、僕がいなければ?
よくお客同士が殴り合うことで有名な飲食店で待ち合わせをする。
だが従僕に頼んで、急な用事で行けないことを言付てしてもらった。
さぁどうなるか。
実際面白いことが起こった。飲食店でラファエルは殴り合いをしたらしい。格下の平民と馬鹿にし、飲食店にいた連中と言い合いになって、最後は殴られて・・。
以来、彼には会っていない。
彼を殴った平民は逃げたので捕まっていない。
クレール伯爵は平民と喧嘩をし、大怪我を負った息子をいとも簡単に切り捨てた。
平民の噂は馬鹿に出来ない。以前からの彼の暴力もあいまって『彼は常日頃から暴力をふるう人間だ』と王都中に噂が広まった。自業自得だと。
体面を気にした伯爵は息子を切り捨てることで伯爵家を守ったのだ。
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四人目はドーファン侯爵家の嫡男シモン。
侯爵家の中では最も権勢を誇っている家。実際、ドーファン侯爵自身は素晴らしい高潔な人物なのだが、彼は子育てには失敗したらしい。
シモンは自らの地位を利用して、悪徳商売に手を貸して金儲けすることや、国内では禁止されている珍しい媚薬を使って女性を強姦するのが大好き。
彼については王立騎士団が見張っていた。悪徳商売を手広くやり過ぎていたのだ。だが、証拠がない。更にドーファン侯爵を慕う人が騎士団にも多く、手が出せないでいたのだ。
罠にかけるか。でも、現場に僕がいるには不味い。
彼は人身売買をしている。
誰かいないか、シモンが売れると思う容姿で、出来れば貴族。危険なことに手を貸してくれる、囮になってくれそうな人。
そこで思い出した。乳母の娘がいた。彼女なら協力してくれる。僕は早速ローラン子爵令嬢マリアと連絡をとる。彼女の兄が僕の乳兄弟。彼女は面白いことが大好き。
連絡をする。早速、了承の返事。
それからは早かった。シモンとマリアを偶然に見せかけて接触。シモンはマリアに興味津々。マリアは男を手玉にとるのが得意。気付いたら彼女は薬を嗅がされ誘拐。
あとは王立騎士団の協力のもと現場を取り押さえる。
結果、シモンは病死と発表された。
ドーファン侯爵の今までの実績を考慮して、侯爵家の人間の関与を闇に葬り去り、どこにでもある人身売買として粛々と手続きはなされた。
実際は廃嫡されたシモンは生涯ドーファン侯爵領で幽閉となる。
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五人目はベルトワーズ公爵家の嫡男ジョージ。
彼には悪癖はない。昔は権力をかさにやりたい放題だったが、今は少し落ち着いている。恋をしたからだ。今の彼は恋に夢中。相手はグレゴリー侯爵家のエリザベート。
正直に言うと本当は嫌だったが、彼女に恋をするふりをした。
エリザベートは最悪の性格。王太子であるアルフレッド兄様に色目を使う。上手くいかなかったら、今度は次男のアナトール兄様に色目を使う。
でも、同時に見目麗しい他の貴族にも色目を使う。どんだけ男が好きなのか。
本当に我慢ならなかった。
でも、僕の顔はエリザベートの好みらしい。彼女は僕を常にそばに置いた。その度にジョージの顔が嫉妬で醜くなるのが可笑しかった。
僕はエリザベートに毎日囁く。結婚しよう。でも、もし僕以外を選んでも、僕を常にそばに置いてねといい募る。他の取り巻きたちも、エリザベートに嫌われたくないのか同じことを言う。
そうしてエリザベートが間違った考えを持つように導く。
最後は結婚の申込み。面倒臭いが薔薇を108本用意。彼女が断ることは百も承知。断られても言う。君が人妻になっても僕がそばにいることを許して。
反吐が出る。
エリザベートは僕の台詞に満足したかの様に微笑む。
実際、彼女の取り巻きで一番身分が高くて贅沢な生活を保障してくれるのはジョージのみ。
最後に彼が選ばれる。彼は得意満面の顔で僕を見る。
でも、本当の地獄はこれから。ジョージは結婚したらエリザベートが自分の妻として、尽くしてくれると思っていたみたいだ。だがそれはない。彼女は常に取り巻きにもてはやされないと生きていけない性格。
二人の結婚生活は3ヶ月で破綻。
気分がいい。
もちろん僕はエリザベートにはもう近付かない。
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そして、22歳の時、僕はあの薔薇の垣根で怪我をした少女と再会する。
彼女は17歳になっていた。名前はクロエ。
優しい彼女に近付きたい。でも、彼女の回りには常に仲の良い女友達がいる。全員地方出身の貴族で結束力がある。近付くのは難しい。
しかも婚約者がいる。でも正式な届け出はない。なら付け入る隙はある。
とりあえず再び乳母の娘マリアにクロエの婚約者ウィリアムに近付いて、彼を籠絡してほしいと頼むことにしよう。
クロエ。君は僕にとって運命の人。
さて、どうやって君を手に入れよう。




