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運命の人  作者: 喜多蔵子
22/25

22 扇子が折れていました。

 エリザベートは屈辱的な表情で私達を睨む。ただ、味方の取り巻きが一人もいなくなった為か、黙ったまま。

 パメラはワインを飲みながらダンスフロアを眺めている。

 エヴァは黒色笑顔のままエリザベートを見ている。

 クロエはどうしていいかわからなく、とりあえずパメラ同様ダンスフロアを見る。





 何秒か、何分か、わからないがダンスフロアから一人の男性が真っ直ぐクロエの元へ来る。

 パメラ、エヴァを無視して、クロエに声をかける。

「よろしかったら踊りませんか?」


 クロエは一瞬エヴァを見る。エヴァは自身のドレスに気付かれないように触れる。 

 もしかしてこの男、ドレスデザイナーでもあるユバール子爵家の次男マルコ?

 クロエはエリザベートを見る。

 口許を扇子で隠しているが目は見開いている。

 間違いない。

 これはエリザベートの企み。



 そこでクロエは後ろを振り向く。そこには偶然にもちょっと小太りした子爵夫人がいた。年齢はクロエ達の親世代と同じ年頃。クロエは笑顔でその女性に声をかける。

「こちらの男性が夫人にダンスを申し込まれましたわよ。」

 子爵夫人は『まぁ』と嬉しそうな顔をして、喜んで手を出す。

 ダンスを申し込まれた女性が手を出すのは了承の意味がある。そして、了承した女性の手を断るのは礼儀違反なので男性は絶対しない。

 マルコは『いえ、あの・・』と訂正しようとしたが、諦めたのか夫人を連れてダンスフロアに戻っていった。

 よし、上手くいった。



 エヴァは何事もないみたにな茶目っ気たっぷりな表情で言う。

「驚いた!!クロエが誘われたかと思ったわ。」

 心にも無いことを言う。

「そんなことあるはずないでしょう。あの夫人は資産家で有名よ。それにこんな壁際にいて、今まで私に声をかけてきた男性はいた?」

 パメラが笑いながら言う。

「確かにいないわ。」

 エヴァも笑いながら言う。

「本当ね。でも、私やクロエを無視してパメラに声をかけた男性は4人いたわよ。」

 3人で笑い合う。

 でもここでもエヴァの黒色笑顔は炸裂する。

「ましてや、今は近くにエリザベート様もいらっしゃるのにクロエに声をかけるなんて有り得ないわよ。ねぇ、エリザベート様。」

 エリザベートがひきつった笑顔になる。

 エヴァは続ける。

「普通の男性なら私達4人がいたら、まず最初にエリザベート様を誘うわ。

 でも、それを無視してクロエに声をかけるなんて有り得ないから、やっぱり、さっきの男性は先程の夫人狙いよね。資産家の貴婦人の愛人希望の男性なら当然私達に興味などないわよね。」

 遠回しにエリザベートの取り巻き男性の一人だと知っているのに、それを言わないで、『あの男性はエリザベートを眼中にないと思っている』などという矜持の高いエリザベートの内心をえぐる高度な嫌味。

 ここで本性を出してくれたら良かったが、流石エリザベートは黙ったまま。ただ、ドレスを強く握りしめている。




 どれぐらいかわからないが少し時間が経ったあと、パメラがダンスフロアを見ながら、何かに気付いたみたいに声をかけた。

「あそこで踊っているのは・・・」

 小さな声。全員でダンスフロアを見る。ベルトワーズ公爵令息、つまりエリザベートの夫が踊っていた。


 エリザベートの夫はベルトワーズ公爵家の嫡子。父親が爵位を譲っていないから、まだ公爵ではない。全員で踊っている姿を見る。踊っているのは親族の女性のようだ。とても楽しそうに談笑しながら踊っている。

 曲が終わるとエリザベートの夫は女性と離れて友人らしき男性の元へ歩いていった。









 バキッ!










 

 音が聞こえる。

 音がした方向を向く。

 エリザベートは笑顔のまま立っている。

 所謂、完璧なる微笑。

 凛として美しく立っている。

 何事もないかのように立っている。

 悔しいけど見とれるぐらい美しい。
















 ただ、持っている扇子が折れていた。



 怖い。

 何があった。

 パメラも怯えて一歩引いた。

 エヴァだけ面白そうな顔をしている。

「それでは、わたくしも失礼いたしますわ。」

 静かに落ち着いた声で去って行く。

 2、3歩前に進むとエリザベートは振り返る。その視線はクロエを真っ直ぐ見ている。

「彼は、貴女のことなんか愛していないわ。いずれ分かるわよ。」

 言うだけ言うと、エリザベートはさっさと去っていった。



 私達はエリザベートを目で追った。

 エリザベートは自身の取り巻き男性が集まっている場所へ向かう。その男性達はエリザベートを囲み誉め称えている風に見える。



「私、愛されていない?」

 クロエはパメラとエヴァに質問する。二人は首を横に振って否定する。

「「負け惜しみでしょう。」」



 エヴァが小さなため息をしたあと小さな声で言う。

「エリザベート様と旦那様、不仲なのよ。」

「あれ?でも以前アレクが言っていたけどベルトワーズ公爵令息はエリザベート様の信者だって。」

 クロエは以前アレクシス本人から、爵位のないアレクシスではなく、取り巻きの中から爵位を継ぐ今の旦那様を選んだって言っていたけど。

「古いわ!!」

 一刀両断。

「エリザベート様に夢中だったのは事実。でも、最初だけ。結婚しても取り巻きの男性が離れなくて何回も衝突したみたい。

 表向きは仲良く見せているけど、目を合わせない、最初のダンス以外絶対近寄らない。無理があるわよね。

 更に令息の顔。格好悪くは無いけど、アレクシス様に比べると格好良くもないでしょう。エリザベート様、本人を前に『顔の悪い男は好みじゃない、爵位があるから結婚したの』とか言っちゃたらしいのよ。

 それで令息は精神的に追い詰められて、以来寝室は別々。さらに・・・・・」

 エヴァの声がすごく小さくなる。

「男色。今一緒にいる男性は友人ではなくて恋人。」

 パメラとクロエは慌てて、ベルトワーズ公爵令息を見る。見る。すごく見る。

 横にいる男性は、線が細くて・・・・・・・・美しい。

「あの男性は誰?」

「ダボヴィル伯爵の弟。確かもう40歳過ぎ・・・。」

「女に傷つけられて、男に慰めを求めるなんて極端ねぇ。」

「違うわよ。エリザベート様と不仲になって、何年かは未亡人や某夫人と浮き名を流していたのよ。でも、先月から急に男色になったの。」

 エヴァは悲しそうな言葉を言いつつ、喜んでいる。


 それで、この前『よっぽど旦那様に愛されているのね』とか言ったのね。嫌味が雲の上過ぎて理解がついていけないわ。

 そう言えばダボヴィル?聞いたことあるようなないような。

 ワインでも飲めば落ち着くと思い給仕を呼ぶ。


 いつの間にか周りには、先程散って行った友人達が戻っていて、口々にワインやジュースを頼んでいた。


 戻ってきた友人達が楽しそうにお喋りを始める。

「エリザベート様はチヤホヤされないと気がすまない性格らしいわよ。」

「そうなの?」

「ほら、見て。エリザベート様と一緒にいる男性達。全員、見目麗しいでしょう。でも、全員、爵位を継げない次男、三男よ。」

「愛人としては良いところ狙っているわね。」

「噂ではエリザベート様は王太子様狙いだったらしいわよ。」

「嘘でしょう。王太子様はエレオノーラ様に子供の頃から夢中って有名な話じゃない。」

「じゃあ、相手にされなかったってことじゃない。」

「あんなに綺麗なエリザベート様でも振られるんだ。」

「親近感を覚えるわぁ。」

「あら?でも、私が聞いた話では第二王子様に迫ったって聞いたけど。」

「相手にされたの?」

「するわけないでしょう。だって、第二王子様は・・・・おとこがすき。」

 声がどんどん小さくなっていく。

「クロエには悪いけど、アレクシス様との悲恋は?あれは嘘?」

「そうよ。私も聞いたわ。あの悲恋は何?」

「私、あの悲恋を聞いて感動して泣いたのに。」

「そう?私は笑っちゃった。」

「私は違うわ。悲恋をおかずにパンを10枚も食べたわ。」

「私だってケーキをホールで5つ食べたわ。」

「私は感動したわ。だって、美しい二人。絵になるもの。」

「確かにクロエでは絵にならないわね。」

「私の中では既に壮大な物語が出来ているわ。

 恋に破れたアレクシス様は美しい女性はもう懲り懲りだと思ったの。

 でも、醜い女性はいやだ。

 普通の女性なら誰でもいい。

 あ、あんなところに婚約者に振られた女性発見。きっと彼女なら僕の辛い気持ちも分かってくれる。

 結婚しよう。」

 こら、私とアレクの出逢いを創作するな。しかも、全然壮大ではない。

「「「「「素敵。」」」」」


「こらこら。壮大でもなんでもない創作劇に『素敵』はやめて。私とアレクの出逢いは舞踏会で体調不良のアレクを私が看病したのが出逢いよ。良くあることでしょう。」


 友人達が声を合わせて答える。

「「「良くある。良くある。」」」

 しかし友人達の一人が口を挟んできた。

「でも、太って、汗が似合うような男性には声はかけません。」

「「「かけません。かけません。」」」

「声をかけるのは好みの男性だからです。」

「「「好みの男性だからです。」」」

 頼むから小さな声でも合唱で復唱はやめて。

 しかも、あの時顔は見えていなかったの。太っていないのは確認できたけど。


「全員、いい加減クロエをからかうのはやめなさい。」

 パメラが一括した。


 続けて、エヴァが黒色笑顔で話す。

「そうよ。楽しい噂話を聞きたくないの?」

「「「「「「「「聞きたーい。」」」」」」」」


 全員期待に胸を膨らませて答える。

「エリザベート様は今のベルトワーズ公爵と公爵夫人に嫌われているのよ。」


 友人達の一人が答える。

「そうなの?美しくて評判のお嫁さんじゃないの?」

 他の一人が答える。

「王都周辺の貴族の内情なんて知らなーい。」

「雲の上の情報何て無いわよ。」


 エヴァがひとつ咳払いをする。

「この前の王宮舞踏会でエリザベート様は、ドレスを着替えるため、一旦控室に下がったでしょう。その時、公爵と公爵夫人が控室に入ってきて、今度問題を起こしたら離縁だって言ったそうよ。」

 全員静かになる。

 問題?

「でも、あの時はフローラ様が問題を起こしたのであって、エリザベート様は巻き添えになっただけじゃない。」

 クロエは疑問を口に出す。

「でも、叫んでたでしょう?『貴女が避けたせいでドレスが汚れたじゃない』って。普通言わないわよね。そんなこと。ワインをかけることを知っていたら別だけど。

 更に、フローラ様が去り際に言った言葉。」

 全員静かに聞く。

 クロエも考えてみた。

 確かにそうだ。最初にエリザベートの取り巻きの一人としてフローラはクロエの前に現れた。それからクロエの注意をエリザベートが引いている間に、フローラは後ろに回り込み、事件を起こした。言われてみればその通り。

 しかも、あのような行動の原因がエリザベートの嘘から始まっていたら・・・。


「でも、証拠は無いわよね。」

「無いわよ。

 でも、公爵と公爵夫人がどう思うかが問題なのよ。二人の情報網は、私以上だからねぇ。

 ちなみに、これは確定ではないけど、この社交シーズン中に妊娠しなかったら離縁という情報もあるのだけど。」



 全員黙ったまま。とても静かだ。

 確かに嫡男を産まなかったから離縁というのはよくあることなのだが。

「でも、夫が寝室に来ないのに子を作れって言うのも酷だよね。」

 パメラが同情したのか、エリザベートを遠くに見ながら言う。

「でも、仕方ないわよ。寝室に来なくなった夫に腹をたてて『来なくて結構よ。夜の相手はいくらでもいるから』って言ったそうよ。」

 エヴァが淡々と言う。

 すごい強気発言。私なら言えない。しかも夜の相手って何?。

「それが本当なら。すごく強気ね。なぜ離縁されることを考えないのかしら。結婚して7、8年経つのよね。普通に危なくないかしら。」

 クロエの言葉に全員が頷く。

 結婚して大体3年以内に一人目を産まなければ離縁の可能性が高くなる。

 5年間妊娠しなければ、ほぼ間違いなく離縁。

 考えてみたら、何故エリザベートは離縁されていないのか。

「理由は分からないけど、きっと自分だけは特別だと思っているんでしょうね。」

 エヴァが吐き捨てる。


 友人達が色々言い始める。

「大人になっていないのね。」

「姉妹が王族に嫁いだから、自分も別格って思っているのかしら。」

「夜の相手って、嫡男を産む前に浮気宣言。悔しい。私も言ってみたい。」

「無理ね、だって貴女は旦那様を愛しているもの。」

「政略結婚でしょう?嫡男を産まないって有り得ないわよ。」

「少なくとも結婚当初、旦那様はエリザベート様に夢中だったんでしょう。なら自業自得よ。」


 エリザベート様はどうなるんだろう。

 そう思いながらクロエはワインを飲んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エリザベートが美味しすぎる。クロエの友人達のノリの良さで相乗効果は抜群です。 最後、エリザベートが何だか哀れな、、、、馬鹿だねぇ、、、
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