21 黒い笑顔が降臨しました。
話を変えるためか、エヴァがおっとりとダンスフロアを見ながら言う。
「そう言えば、あちらにいらっしゃるのはご主人ではありませんか?一緒にいるのはどなたでしょう?」
エヴァの視線の先には、取り巻きの一人の夫が10歳ぐらい年上の女性と踊っていた。
彼女は顔を真っ青にして『失礼します』と言って、夫の元へ向かっていく。
「彼女どうかしたの?」
クロエの質問にエヴァが答える。
「彼女の夫には年上の愛人がいて、確か某男爵夫人。未亡人よ。
結婚してからもう6年も経つのに、夫との間に子供ができないの。それでこのまま産まれなかったら離婚させられるそうよ。ちなみに愛人との間には子供が二人。」
「へぇー。一緒に踊っているのが愛人かぁ。あらあら揉めてる見たいね。」
視線の先で彼女と彼女の夫、彼女の愛人が何かしら話している。
エリザベートがエヴァを睨む。
「それをわかっていて彼女に『一緒にいるのはどなたでしょう』等と言うなんて、礼儀がなっていないのね、田舎者は。」
口許を隠して取り巻き達と一緒にあざ笑う。エヴァはニッコリ笑う。
「あら、こちらでは『貴女の夫が愛人と踊っていますわよ』て直接的に教えるのが礼儀なんですね。初めて知りました。」
そうして黒色笑顔のエヴァが降臨した。
「では、直接的に。
あちらで踊っているのは貴女の夫では。踊っているのはローラン子爵令嬢みたいね。鼻の下を随分伸ばしていらっしゃいますわよ。」
取り巻きの一人が真っ青になって『失礼します』と言って夫の元へ。
「彼女、どうしたの?」
クロエの質問。
エヴァは黒色笑顔で再び答える。
「彼女の夫の趣味は娼館通い。彼女、夫から病気を伝染させられたそうよ。そのせいで子供が産めなくなったんですって。
対面上、離婚はないそうだけど子供を産んでくれる愛人候補を精査中らしくて、彼女としては自分の立場を磐石に出来る相手にしたいけど、ローラン子爵令嬢なら、逆に彼女追い出されるかもね。」
そこでパメラが一言。
「でも、ローラン子爵令嬢は、デュラン侯爵令息狙いではなかった?それにローラン子爵令嬢に追い出されるってどう言うこと?」
「ローラン子爵令嬢は、もしもの保険に何人かを同時に攻略しているのよ。
もちろんデュラン侯爵令息が本命でしょうけど、さっきの彼女の夫は資産家だし離婚しないと言っているけど、彼女の浪費癖は元々有名なのよ。
子供を産めなくなる前も、体型が変わるからまだ産みたくないって言って夜を拒否して、それで夫は娼館通いを始めたの。そこで目覚めたのよね。娼婦との愛に。
結果病気をもらって、彼女に伝染。元々娼館通いを進めたのは妻である彼女自身なのに、それを盾に離婚を拒否して更なる贅沢三昧。さぁ彼女どうなるかしら。」
怖い。親友だけどエヴァが怖い。
エリザベートが顔色を悪くなりながらも果敢に参戦する。
「例え、そうだとしても、彼女の実家が離婚を認めないわ。彼女の実家はドーファン侯爵家よ。」
ドーファン侯爵家は侯爵家の中でも一番権勢を誇っている家だ。
エリザベートの実家グレゴリー侯爵家より格上。
「なら、離婚は無理よ。」
クロエが小さい声で同調する。
クロエの言葉を聞いたエリザベートも満更ではないかのような笑みを浮かべる。
だが、黒色笑顔のエヴァは楽しそうに笑う。
「でも、もし、彼女の病気の原因が彼女自身の愛人から本当は伝染された事実を知ったら・・・離婚は成立するわね。
しかもその愛人の男の子を間違って妊娠して、おろした事実を知られたら・・・やっぱり離婚ね。
しかも妊娠に気付かれたらまずいからって理由で夜を拒否していたのを知ったら・・・・間違いなく離婚ね。」
すごい。劇になるわ。その話、後で詳しく教えてね。
エリザベートが完全に黙った。
エヴァは更に黒い微笑みをたたえたまま話す。
「そう言えば、あちらにいらっしゃるのはジョベール侯爵では?」
最後の取り巻きが驚いて慌ててダンスフロアを見る。ジョベール侯爵は沢山の20才過ぎの未婚の女性に囲まれている。
クロエは残った最後の一人の取り巻き令嬢を見る。
そう言えば彼女は既に22才未婚。『20才を過ぎたら小父様の元へ』という格言を思い出した。
ジョベール侯爵は32才。一回結婚したが1年で妻は他界。子供もいない。
その為、跡取りが必要なため再婚しなくてはならない。
資産家で見た目も美形。結婚相手としては優良物件。20歳を過ぎた未婚女性達からみたら大本命の結婚相手。
なんてったって、禿げてなくて、太ってなくて、不細工ではなくて、貧乏でもなくて、性格も悪くなくて、爵位を持っている。
ちなみに20歳以下の令嬢は年上過ぎて興味は無いらしくて人気がない。
そこでエヴァが再び黒色笑顔で残った最後の取り巻きの令嬢の横に立って耳元で悪魔な一言。
「ジョベール侯爵の母親が余命いくばくもないそうよ。それでどうしても今回の社交シーズンで婚約者を決めて、母親に紹介したいそうよ。
ですから、こんなところで寄り道していて大丈夫ですか?」
残った取り巻き令嬢は慌てて『失礼します』と言ってジョベール侯爵の元へ。
もしかするとアレクと結婚できなかったら、私もジョベール侯爵の取り合い合戦に参戦していたのだろうか。




