18 黒幕みたいな人が現れました。
誰が呼んだか、人だかりの中からデュラン侯爵つまりフローラの父親が姿を現した。
普通こんな身分の高い人は地方出身の貴族の集まる一角には姿を現さない。
フローラは立ち上がり父親の元へ行く。
「お父様聞いてください。酷いんです。あの女が、あの女が私を嵌めたのです。」
フローラはクロエを指差しながら叫ぶ。
デュラン侯爵はクロエを睨んだあと、横にいるアレクシスに対して質問をする。
「これはどう言うことですか?私の娘に何をしたのでしょうか?」
クロエはアレクシスを見る。
アレクシスは黙ったまま、アナトールを見る。
アナトールはいつの間にかパメラとエヴァと話していたらしく、二人のそばからエレオノーラの横に移動して、口を開く。
「私が説明しましょう。」
場にそぐわないくらいの満面の笑み。
デュラン侯爵は、目を細め不快感をあらわにしたが、黙って頷く。
腐ってもアナトールは第二王子。
まだ、一応王族。
「フローラ様が、そちらにいるクロエ様が気に入らないからワインをかけようとしたそうです。
ところがタマタマ、クロエ様は窓の外に雪が降っているのに気付いて窓近くへ移動。
結果、ワインは向かいに立っていたエリザベート様の顔面にかかったそうです。
フローラ様曰く、避けたクロエ様が悪いそうです。」
真顔で話しているが、時より肩が震えている。吹き出して笑いそうになるのを必死に堪えているようだ。
デュラン侯爵は無表情で固まっていたが、流石に百戦錬磨の貴族当主。
視線はエリザベートをかすかにとらえていた。そして、周りの状況も・・・。
再びアナトールに視線を移す。
「何のご冗談をおっしゃっているのですか?」
そこで今度は王太子妃エレオノーラが口を挟む。
「いいえ、冗談ではありません。フローラ様が自らそう言いました。ここにいる全員がその言葉を聞いています。」
そう言ったあと、エレオノーラはエリザベートの前に立った。
「エリザベート、今の話で間違いない?」
エリザベートは一瞬、口を開きかけたが、すぐ閉じた。冷静に周りを見ている。そうして、数秒間してから、再び口を開く。
「はい、間違いございません。私は友人二人とこちらにいらっしゃるお三方の令嬢とドレスについて話しておりました。そこに、突然、デュラン侯爵令嬢からワインをかけられました。」
デュラン侯爵は大きく目を見開いたあと、慌ててフローラを見て怒鳴り出した。
「お前は私の顔に泥を塗ったのか。」
そうして右手でフローラの頬を殴ろうと振り落とした。
クロエは目を閉じる。
しかし何時まで経っても頬を打つ音が聞こえない。
閉じた目を開く。
アナトールが侯爵の右腕を掴んでいた。
「このような場所ですべきことではない。」
侯爵は一瞬躊躇したあと、堪えるかのような表情をし、冷静に右腕を下ろす。
そのまま慇懃に挨拶をした。
「大変失礼致しました。娘の行き過ぎた行いに、つい感情的になってしまいました。このまま娘を連れて失礼致します。」
言うだけ言ったら即退散。流石、古だぬきと思っていたら、予想外にフローラが騒ぎだした。
「お父様違うの。あの女が悪いの。あの女が避けたせいで・・・」
「黙れ!!」
大人の男の声はでかい。一瞬で場を制した侯爵はフローラを連れてその場を再び去ろうとする。フローラは怯えて口を閉ざした。
だが、今度はクロエの横から声が発せられた。
「デュラン侯爵。今回の件では正式に抗議致します。」
足を止めた侯爵。忌々しげにアレクシスを見る。
「どう言うことでしょうか?私の娘が何か致しましたか?」
「ええ、しました。これだけ大勢の人の前でワインをかけようとした。しかも悪いのはよけた私の妻だと醜く騒ぎました。ワインをかけようとした理由も、妻が爵位を餌に私に言い寄ったうえ、二股をかけていたと言いました。これだけの大勢の人前で、でまかせを言って叫んだんです。
私の妻の名誉を著しく傷付ける発言をしました。
更に、何の妄想かは存じませんか、私とフローラ嬢が特別な関係にあるかのような虚言を言いました。まさかとは思いますが、侯爵がフローラ嬢に何か妄想の原因となるようなことでもおっしゃったのでは?
どちらにしても、これらのことは許すことは出来ません。」
顔を真っ赤にした侯爵。
でも、ここで侯爵を帰してしまったら、クロエは最低な二股女との噂が流れてしまう。
侯爵から謝罪を引き出せば、フローラの虚言と愚かな行動の噂のみが広がり、クロエは可哀想な被害者となる。
いくらクロエでも最低な二股女の噂を放置するのはリスクが高すぎる。
噂は尾ヒレのあとに、背ビレ胸ビレ腹ビレ鰓ビレとついて最後は全く違う話になってしまう。
何秒経ったか、侯爵は悲痛な面持ちでアレクシスとクロエの前に立って、努めて静かに口を開いた。よく見るとその手は拳を作ったまま。血管が浮き出ている。心の底から不本意なんだろう。
「娘が大変失礼致しました。お二人の名誉を傷付けたことについては後日改めて謝罪に伺います。
ですが、今日のところは一旦失礼させていただきます。
今は娘が心配です。
心の病かも知れないので家に連れて帰ります。それではまた後日。」
そう言って、フローラの腕を掴み、無理矢理連れ去っていく。
フローラは去りながら、尚もいい募る。
「だって、エリザベート様が本当はアレクシス様は私のことが好きだって。あの女が爵位を盾にアレクシス様を手に入れたって。アレクシス様は私に助けを求めているって。お父様、お願いアレクシス様を助けて。あの女をどうにかして。」
古だぬきの逃げ足は早い。
これ以上、余計なことを言わせたくないのか。
フローラと侯爵は会場を後にした。
「今、フローラ様なんか恐ろしい発言をしたような・・・・。」
「そうだね。」
アレクシスにしか聞こえない程の小さな声でクロエが質問する。
アレクシスはクロエを見ずに返事をする。その冷たい視線の先にはエリザベートがいる。
クロエはため息をついたあと冷静にエリザベートを見る。そして、アレクシスに更に一言。
「よっぽど、侯爵、帰りたかったんだろうね。でも、エリザベート様に一言も謝罪していない。」
「そうだね。」
一瞬アレクシスは驚いてクロエを見る。笑いそうになるのを我慢して、穏やかに微笑み返す。しかし、すぐに表情が戻り視線はエリザベートへ。
アナトールは壁に向かって肩を震わせている。表情は見えないが、間違いなく笑っている。
王太子妃エレオノーラは、アレクシスの視線に気付き、周りを見てから、『皆様、お騒がせしてご迷惑をおかけしました。』と礼をし、エリザベートを連れて急いで控室に行ってしまった。
もしかしたらフローラの去り際の言葉で、状況を判断して、エリザベートを守るため、急いで退出したのかもしれない。
アレクシスは遠くを見て黒く微笑んだ。
「あとはエリザベートのみ。」
「ん?どういう意味?」
「きっと後でベルトワーズ公爵家から侯爵家に抗議が入るよ。さぁ気分を変えるために踊ろう。」
そのままダンスフロアにクロエを誘う。フロアに向かいながら、少し気になるので振り返る。友人達が手を振っている。手を小さく振り返す。残された紳士の皆さま方は大移動。貴婦人の皆様も移動しながら何かをこそこそ話している。
エリザベートの取り巻きの三人はいつの間にかアナトールと楽しくお喋りをしていた。
結果的にフローラの最後の言動は何だったんだろう。怖いので確認できない。
話は全く違いますが、アレクシスの返事を最近の流行の「そだね~」に変えそうになりました。




