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運命の人  作者: 喜多蔵子
12/25

12 招かざる客が来ました。

 2月に入って、いつものお茶の時間。


 アレクシスとクロエは二人でゆっくりお茶を飲んでいた。今日のクロエは絶好調。ケーキも二個完食。

 そこへ家令がやって来た。

「ウィリアム様が来られました。クロエ様に取次ぎをとおっしゃっていますが、いかが致しましょうか?」

 アレクシスとクロエはお互いを見る。

「何しに来たのだろう?」

 クロエがぼやく。

「確か、訓練で辺境に行っていて、結婚式に来れなかったよね。もしかして訓練が終わったから、お祝いを言いに来たのかもしれないよ。」

 アレクシスがクロエのお腹をさすりながら優しく言う。クロエは少し考えてからアレクシスに聞く。

「応接室に通す?それともこのまま温室に通す?」

 現在二人は庭にある温室の中でお茶会をしている。ここは二人のお気に入りの場所。

「駄目。ここは駄目。ここは僕とクロエの二人だけの場所だから応接室に案内してくれる。」


 クロエに答えたあた、アレクシスは家令にそう命じると、すぐにクロエを横抱きにして応接室に向う。

 妊娠が判ってから、アレクシスはクロエをよく抱っこして歩くようになった。クロエは屋敷中の人間に見られことに最初は恥ずかしかったが、最近は慣れてしまった。

 気にせず抱かれたまま応接室に。

 応接室に入るとすぐに侍女がお茶の準備をする。

 その表情は生暖かい。

 クロエはソファーに座り、アレクシスは窓際に立った。


「そういえば、アレクはウィリアム兄様と面識はあったかしら?」

「紹介されてというなら面識はないな。

 まぁ一応、顔の認識はしているけど。

 彼の父親は近衛隊だから以前から面識はある。結婚式でも挨拶したしね。」


 そこで、家令が応接室の扉をノックして入って来た。後ろにはウィリアムがいる。


 ウィリアムは家令を押しのけて部屋に入るなり、挨拶もなしにクロエに向って話し出す。



「結婚ってどういうことだ。」



 驚いたクロエは窓際に立っているアレクシスを見る。アレクシスは静かにクロエの後ろに移動してウィリアムに挨拶する。

「初めまして、クロエの夫のアレクシスです。お目にかかれて光栄です。」

 笑顔でウィリアムに向き合う。


 ウィリアムは部屋にアレクシスがいたことに気付かなかったらしく驚いている。少しだけ固まったあとに、ぎこちない笑顔でアレクシスに挨拶をする。


「申し訳ありません。こちらに居るのを存じ上げず、挨拶も遅れまして。

 家令からは何も聞いていなかったものですので、あとで注意しておきます。

 改めて初めまして、クロエの従兄で彼女の婚約者のウィリアム・コルベールです。」


 お茶の準備をしている侍女がお茶を入れる体制のまま固まる。

 部屋の入口にいる家令が驚いてウィリアムを見る。


 ウィリアムは部屋の空気が変わったことに気付いたのか、あわてて弁明をする。


「クロエが結婚すると聞いて。まだ俺たちは結婚するのには早いし、準備もあるからもう少し待って欲しくてきたんだけど・・・。

 そう言えばアレクシス王子はどうしてこちらの屋敷にいらっしゃるんですか?」


 クロエは無表情になる。


 後ろから寒気がする。アレクシスがいる場所からの冷気。


 ため息をつきそうになるのを我慢してからクロエはウィリアムに向かいのソファーに座るよう促した。




「ウィリアム兄様、何を誰から聞いてここに来たのかは分からないけど、私とウィリアム兄様の結婚の話は無いから。というより無くなったの。」

「でも、友人からクロエが結婚するって聞いて・・・。」

「話は最後まで聞いて。

 お兄様は叔父様に他に結婚したい女性がいるって言ったでしょう。

 その為、私、他に結婚相手を探すことになって、この度、めでたくこちらにいるアレクシス様と結婚したの。」

 ウィリアムは驚いて瞬きも忘れて、クロエを見て、アレクシスを見て、再びクロエを見て、再びアレクシスを見るを繰り返す。


 先程アレクシスは『クロエの夫』と挨拶をしたのだが・・・・聞いていなかったらしい。


 いつまでたってもクロエを見て、アレクシスを見る、を鶏の首降りのように繰り返すので、クロエは手をウィリアムの顔の前で振ってみる。


 ウィリアムは動くのを止めて、咳払いをして話し始める。


「てっきり、僕との結婚が早まったかと思って。」

 声が小さくなる。

「いやいや、他に結婚したい女性がいるんでしょう?」

「いるけど・・・・。」

 更に小さな声。

「さっきも言ったけど叔父様に聞いたの。だから、私のことは気にせず、その女性と結婚してね。」

 クロエは、はっきり、きっぱり、言う。


「ちなみに聞くけど、誰から結婚の話を聞いたの?」

「マリアから・・・。泣いて、結婚するってどういうことだって。」

 目を逸らして、小さい声で言う。


 マリア?

 そうか、ローラン子爵令嬢の名前がマリアだった。


 つまり、ローラン子爵令嬢が私とウィリアムの結婚だと勘違いして伝えたらしい。

 それで、とにかく結婚を遅らせてなんとかするつもりでここに来たみたいだ。


 しばし、沈黙が続く。

 部屋の隅で控えている、家令も侍女も黙ったまま、ウィリアムに冷たい視線を送る。

 

 居心地が悪いのかウィリアムはクロエから目を逸らしたまま。

 しかし、すこし考え込むような仕草をして、おもむろに口を開く。



「あれ?そう言えば、何で二人はここにいるんだ。」

「はい?」

 大きな声で答えてしまった。

 いったい何を言っているんだ?

「大丈夫?

 ここはコルベール伯爵家のカントリーハウスよ。私の家よ。だからいるの。

 当たり前じゃない。何言っているの?」

「いや、そうじゃなくて、結婚したなら普通嫁ぐだろ。クロエはアレクシス王子に嫁いだんだから、王宮で住むのが普通だろう。

 だから、何でここにいるのかって聞いたんだよ。」


 クロエは黙る。


 そう、クロエは気付いた。


 ウィリアムは、何処にでもいる普通の男ではなく、ただの馬鹿な男だということに。

 後ろにいたアレクシスからの冷気が更に濃くなったような気がする。怖くて振り返れない。


 とにかく今度はウィリアムにお茶を進める。



+++++



 クロエはコルベール伯爵家の一人娘。国の決まりで女性は爵位を継げない。その為伯爵の弟の息子であるウィリアムがコルベール伯爵を継いでクロエがその妻になると全員が思っていた。疑問の余地もない。

 しかしウィリアムはクロエ以外の女性を選んだ。


 ここで国の決まりが二つ出てくる。


 一つ目

『爵位は直系嫡出の男子がいない場合は直系嫡出の女子が産んだ男子が継ぐ。その場合その男子が爵位を継ぐまでは直系嫡出の女子の夫が仮に継ぐことが出来る。』


 二つ目

『爵位は直系嫡出の男子がいない場合は当主の兄弟若しくは兄弟の子供である男子が継ぐことが出来る。』



 クロエの父、コルベール伯爵はこの一つ目の決まりに基づいて、クロエとアレクシスの婚約の許可の届け出を正式に国に提出した。つまり、次代のコルベール伯爵はアレクシスと国に届け出たのである。




 話は代わるが、何故クロエとアレクシスの結婚が早まったのか。



 王はアレクシスにそれ相応のつり合う爵位のある家に入婿して欲しかった。

 身分の低すぎる家ではアレクシスの将来が心配。身分が高すぎれば権力の集中に繋がる。しかし、王が望む丁度良い身分の家でアレクシスが入婿する家が全くといってなかったのだ。


 アレクシスには結婚願望がない。

 王は幸せな結婚をして欲しい。

 膠着状態の中、媚薬事件が起きたのである。


 アレクシスにつり合う身分の女性であり、一つ目の規則により彼女の夫にはもれ無く爵位がついてくる。


 しかも、アレクシスが運命の人と言って、好意を抱いている。


 今、邪魔なのは婚約者(仮)のウィリアム。

 しかし、ウィリアムには他に恋人がいる。

 とにかく、ウィリアムに色々動かれては困るので、二人の婚約は内密にする。

 ウィリアムは訓練と称して、王都からもコルベール領からも遠い場所に一時的に行ってもらおう。


 クロエとウィリアムの仲を無理矢理引き裂いた等と言う噂が流れないように。


 アレクシスとクロエを結婚させるため王が権力を行使した等と言う噂が流れないように。


 王は細心の注意を払った。


 結婚式にも王の名代としてアナトールを送り、この結婚は王が応援しているという細やかなアピールをしつつ、邪魔者が登場しても即座に排除できるようにアナトールへ命じた。

 そうしてクロエとアレクシスの結婚は婚約後6ヶ月のスピード婚になったのである。


 地方出身の貴族にとっては、婚約後6ヶ月での結婚は珍しくないので、全く疑われることなく、滞りなく進んだ。


 最もクロエは王がここまで気を使って根回しをしたとういう事実を知らない。

ウィリアムはただの馬鹿です。

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