11 新婚生活が始まりました。
新婚生活が始まった。
アレクシスは昼間は領地運営を学ぶため、クロエの父コルベール伯爵と伯爵領を管理している家令と共に行動をする。
ただ、夕食後から翌日の朝まではクロエの元でゆっくり過ごす。
まったり過ごす。
べったり過ごす。
12月に入り社交シーズンが始まると、コルベール伯爵は一人寂しく王都へ向かった。
アレクシスとクロエは宣告通り、子作りのため、王都には向かわず、二人で濃厚な新婚生活を送ることにした。
とはいえ、実際の昼間のお茶の時間の二人の様子はほのぼの。
「午前中にキャベツ畑を見回りました。」
「美味しそう。」
「まだ、食べれません。でも、もう少ししたら食べれます。肉団子のスープに一緒に入れて食べましょう。」
「本当に美味しそう。」
「この後は鶏の農場に行きます。」
「鴨の農場ではなくて?」
「鴨は明日の予定です。」
領地の話をしている姿はすでに長年添い遂げた夫婦のように見えると、屋敷に使える召使達は思っていた。
++++++
だが1月中旬頃になって、急にクロエの体調が悪くなった。
夕食の席で、アレクシスが心配そうにクロエに話しかける。
「これも食べないの。クロエの大好物の合鴨なのに。ならせめてキャベツのスープだけでも。」
「ごめんなさい。どうしても食欲がわかない。」
口元に手を押さえて吐きそうな気持ちを抑える。
「匂いも無理。」
あわてて寝室へ戻るクロエ。
アレクシスは食堂でひとり残された。
翌日もクロエは気持ち悪いという理由でアレクシスと一緒にで食事をすることが出来なかった。
朝食は食堂でアレクシスがひとりで食べる。
昼間の二人だけのお茶会も中止。
夕食も食堂でアレクシスがひとりで食べる。
3日同じ事が続く。
屋敷につかえる女中頭も、屋敷や領地運営を取り仕切る家令も、生暖かい目で見守っている。
だが、生暖かい周りの状況にアレクシスは気付かない。
クロエは胃腸の病気だろうと言って部屋で休んでいる。
更に3日。
「がまんの限界だ。」
アレクシスは突然、夜中に叫び、お抱えの医者を屋敷に呼び出した。
クロエを看て貰う為に。
なにせ、結婚してから五ヶ月間、仕事中以外は常に一緒に過ごしていた。
食事も、お茶の時間も、お風呂も、・・・・寝台の中も・・・・。
新婚なのだから当たり前なのだが、アレクシスは独りで過ごす時間に耐えられなくなっていた。
「おおげさよ。」
クロエがあくびをしながらアレクシスに言うが、アレクシスは医者を真っ直ぐ見て状況を聞く。
「先生、どうですか?」
アレクシスが心配そうに寝台に横たわるクロエの手を握りしめたまま。その表情は悲痛に満ちている。それとは引き替えに医者はにんまりとして、ちょっと下品な笑顔で一言。
「おめでたですね。」
「!!」
「おめでとうございます。今、ちょうど三ヶ月。安定期に入るまで無理をしないように。
夜も控えるように。
これ一番大事。
夜も控えるように。
あと妊娠中で気を付けることは女中頭に聞いて。彼女は8人の子供を生んで育て上げた母親筆頭だから。では。」
夜中だったこともあり、言うだけ言ったら医者は帰っていった。
部屋には、家令、女中頭、侍女、メイドが控えていたが、全員から『おめでとうございます。』と祝福の言葉をクロエはもらった。
クロエは頰を赤らめ『ありがとう』とお礼を言う。
アレクシスは固まったまま。
クロエは夜も遅いので家令達を部屋から下がらせ休ませた。
再びアレクシスを見る。
まだ固まったまま。
取り合えず、アレクシスの美しいお顔を軽くつねってみる。
まだ固まったまま。
ごめんなさい。心で謝りつつ頰を軽く叩く。
そこでアレクシスの視線が動いた。クロエを目視確認。
アレクシスは嬉しさの余りクロエに抱き付く。
クロエも嬉しさの余り抱き返す。
そして一言。
「大丈夫?痛くなかった?」
「痛くない。ごめん、もう一度つねって。夢じゃないことを確認したい。」
「落ち着いて。夢じゃないから。」
「本当?ここに僕とクロエの赤ちゃんがいるの?」
アレクシスはいったんクロエを抱きしめるのを止める。そしてクロエのお腹をゆっくり撫でる。
「そうみたい。ちょっとだけ、もしかしたらって思っていたけど・・・・。」
「気付いていたの?どうして教えてくれなかったの?」
クロエの言葉にアレクシスが驚いて問い詰める。
「ごめんなさい。妊娠すると食欲がなくなって、匂いが駄目になるって聞いたことがあったの。だからもしかしてって思って・・・・確信はなかったけど。
だって、何年か前に胃腸の病気で同じような症状になったこともあったから。
少しだけ様子を見てみようって思って言わなかったの。心配をかけてごめんなさい。」
クロエはアレクシスを真っ直ぐ見て言う。
アレクシスは再びクロエに抱き付いて背中をさすりながら言う。
「心配で心配で死にそうだった。
それに一人で食べる食事がこんなにも味気ないって気付いた。」
その声は何かに耐えているように聞こえる。
「お願い約束して。
これからはどんなことも僕に言って。どんなささやかなことでも。
以前言ったよね、君は僕の運命の人だって。
何かあったらと思うと気が気ではなかった。」
弱々しくアレクシスは言う。
そのまま、ゆっくりクロエの額に口付ける。
クロエは頰を赤らめ、ゆっくり一回頷く。
早速クロエは翌日王都にいる父親へ妊娠の連絡の手紙をだす。
アレクシスも母親へ手紙をだした。
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妊娠発覚の翌日。
「重いものを持っては駄目。」
「いや、これはティーポット。」
更に翌日
「駄目。僕が取りに行く。」
「いや、テーブルの上にある毛糸玉を取るだけだから。」
またある日。
「重いものを持っては駄目だって。」
「これ、スプーン。」
またまたある日。
「どこに行くの。歩いたら駄目。もし倒れたら・・・・。」
アレクシスは何を想像したのか真っ青になる。クロエはため息をついた後に小さな声で言う。
「・・・・・おてあらい。」
アレクシスは進化を遂げていた。
どうしよう。アレクが面白い。
クロエは、面白いアレクシスを見ながら幸せだなぁと感じていた。




