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勇者がくるまえに  作者: ジャン・黒冬
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第9話 道の途中

 日差しがやんわりとレブの頬に当たる。


 雑踏のざわめきが、泡立つような音で聞こえる中を、レブはだらだらと歩いた。


 あまり早くにエルバリオ邸に着いてしまうと、馬鹿にされたように感じているこの気持ちがおさまっていないから、ちょっとしたことでエルバリオを殴ってしまいそうだ。


 下手をすると殺してしまうかもしれない。


 魔族には、魔族なりの信義というものがある。


 それにもとることをされたからと言って、そのたびに暴れまくったり、殺していては、人間界ではすぐにお尋ね者だ。そうなればこの街に住み続けることは難しい。


 それがわかっているから、レブはゆっくり歩いて、心を落ち着かせたかった。


 道の途中で、声をかけられる。


「レブ様!」


 ――誰だこんな時に。


 と声のする方に、レブは顔を向けた。


 その時にはもう気持ちは多少なりとも落ち着いている。


 エルバリオを許したわけではないが、第三者の目を意識したことで、怒っている自分を冷静に見る余裕が出てきた。


 手を振り、長い金色の髪をなびかせながら、レブに駆け寄ってくるのはジャンナだ。


 彼女の今日の服装は、落ち着いた緑色で全体を統一しているので、森林の冒険者といった風情である。


 黄緑色のハイネックと緑の上着では、彼女の豊満な胸は抑えきれていない。


 ショートパンツからは長い足が伸びている。長めのタイツでその足を覆っているが、すべてを隠すほどではなく、太ももの上の方が、若干あらわになっている。


 ――なんでそこだけ防御力をいちじるしく下げてんだ?


 そう思いながら、レブはじっくりとその領域に目をやりつつ、少しの間、思索しさくにふけった。


 すぐに視線を戻して、ジャンナと目を合わせる。


「おお。ジャンナ。おはよう」


「おはようございます」


 ジャンナは丁寧ていねいに礼をした。


 レブは適当に挨拶をしたというのに、隣のウィルは片膝をついてこうべを垂れる。


「ジャンナ様。本日もご機嫌うるわしゅう。私、騎士エルバリオの従士、ウィルと申します」


「おはようございます」ジャンナはレブにも丁寧に礼を返す。「屋敷で何度かお会いしたことがありましたね」


「はい」


「街中ですから、あまりかしこまらなくても結構ですよ」


「ありがとうございます」


 ジャンナはウィルが立ち上がるのを見届けてから、レブに向き直る。


「レブ様。昨日はお疲れ様でした」


 武闘会のこと言っているようだ。


「私はレブ様が勝つと思いながら見ていたんですけど。惜しかったですね」


「うん。まあな。実力の差だろ」


 卵とはいえ、彼女は勇者である。レブとエルバリオのどちらが優位かを見定めるだけの目は持っているようだ。


「最後だけ、レブ様にしてはあり得ないくらい不用意に仕掛けませんでしたか?」


 ――鋭いな。


 相手は人間だがなかなかやる。レブは舌を巻いた。


 ――八百長やおちょうがバレるとマズい。


 レブは全力で誤魔化すことにした。


「い、いやあ。勝ちを焦りすぎたと自分でも反省してんだよ。俺もまだまだってこったな」


 あはははは、とレブは笑ってみせた。


 こういう時には誤魔化すに限る。それが一番である。


「そうですか。そんな謙虚なところが、レブ様の強さの元なのかもしれませんね。私も見習います」


 ――知らねえってのは恐ろしいな。


 自分を見習うと、立派な魔族になってしまうんだが、とレブは余計な心配をしてしまう。


「今日はどちらへ?」


 ジャンナに聞かれて、レブはウィルに目をやる。


 まさか金の取り立てだとは言えない。


 正直者というのは、時として害である。


「レブ様が我が主エルバリオにお金の取――」


 瞬間、レブは手刀でウィルの額を打った。電光石火でんこうせっか早業はやわざである。 


 おーう。とアシカのような声を上げながら、打たれたウィルが遠くへ転がっていく。


「わはははは。あいつ、冗談が好きでよ。これからエルバリオのところへ遊びに行くところなんだよ」


「そうだったんですか」


「昨日、あれからお互いを称え合って、意気投合してな。来いっていうから、じゃあ、ってんで行くとこなんだよ」


「素敵ですね。戦いの後に芽生える友情というのは」


「そうだな」断じてそんなものは芽生えていないが、ここは話を合わせるに限る。


 額をさすりながら戻ってくるウィルを見て、レブは言った。


「じゃあ、俺らはこの辺で失礼するわ」


「そうですか。わかりました。お気をつけて」


「あんがとよ。ジャンナもな」


 分かれた後、しばらくしてから、ウィルが言った。


「ジャンナ様をお誘いしなくて良かったんですか?」


「あん? お前、金の取り立てに行くのに誘うも何もねえだろ」


「それはそうなんですけど。ジャンナ様が私たちと別れる時、少し寂しそうに見えたものですから」


「ふーん。じゃあ、次があったらお前が誘ってやれよ」


「違いますよ。レブ様はわかってらっしゃらない」


 レブは魔族である。人間の気持ちなどわかりたくもない。


 だが、人間を見よ、人間を知れと魔王シャルクは言った。


 やりたいかやりたくないかではなく、そうしたことも知っておいた方が魔族としては良いのかもしれない。


「わかったよ。次があったら、誘うことにするわ」

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