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勇者がくるまえに  作者: ジャン・黒冬
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第5話 会議は踊る、客人が来る

 魔王城の評議室で上座に構えるラーゴンは、不機嫌だった。


 配下の中でも幹部クラスの魔族しか出席できない評議会の面々は、居心地が悪そうにしているが、ラーゴンはそれを気にも止めない。


 上に立つ者は、組織の為にも下の者を気遣うべきだと考える者と、組織を維持する為には下の者のことを斟酌しんしゃくする必要はないと考える者がいる。ラーゴンは後者だ。


 生まれながらに魔王の息子だった彼は、周りが彼を気遣うので、それが当たり前になっていた。


 だから、不機嫌な時には不機嫌さをあらわにしても構わない。それが魔族の王たるものの特権だと信じて疑っていない。


 妙齢の女性に変化したネリウム・オリアだけが、鷹揚おうように構えている。


 太古の龍族である彼女が人間の姿をしているのは、人型魔族のレブを育てるうえで、子と同種の姿になろうとしたから、などという柔らかい理由ではない。


 それは極めて散文的なもので、龍のままでは大きすぎて評議室に入ることができないからだ。


 誰もが発言する気配がない中、棘のついた空気を発散しながら、ラーゴンは口を開いた。


「八番目のマーは、まだ目覚めぬのか!」


 ラーゴンにしてみれば、誰に対しても怒りがある。


 事は簡単に終わる筈だったのだ。


 ラーゴンがマンティコアを使いに出し、レブを連れ帰る。


 元四天王である太古の龍族ネリウム・オリア、さらに元四天王の黒騎士レブが自分の配下に加われば、弟であるナークの軍団よりも勢力は上回る計算だったのだ。


 ところが、マンティコアはレブの引き抜きに失敗した上、交渉は決裂した。あまつさえ腹に槍を受けて帰ってきた直後、倒れて意識がまだ戻らない。


 ――ふざけおって。


 とラーゴンは、八番目のマーにもレブにも怒りがわく。


 父親である先代の魔王シャルクにも怒りがある。遺言で弟のナークに玉座を譲るなど何事か。


 優秀な兄がいなくなり、魔王の座を自分が継ぐのだと思い、力をつけてきたのに、それを認めないなどとふざけた話だ。


「ラーゴン様。レブの槍を受けて、なお帰参しただけ、八番目のマーを褒めるべきでしょう。お怒りになってはなりませんよ」


 そう太古の龍にたしなめられたラーゴンは、突き上げる怒りが炎のように自分の内側を焼く感覚を覚えるが、なんとか抑える。 


 すました顔で座っているネリウムにも腹が立つ。


 わかっているのだ。ネリウムが自分に忠義立てしてくれているから、軍団の体裁が保たれている。彼女を怒らせれば、自分の地位が危ないことも。


 そうしたことをおくびにも出さず、ネリウムは口を開いた。


「急所を外したとはいえ、並みの魔族であればその場で息絶えてもおかしくはない傷でしたからね」


 皆の視線が集まるが、彼女は平然とそれを受け流す。


「だが、奴は話をしに行ったのだ。それが戦闘になるのは仕方ないとしても、負けて帰参するとは、何の為の使いか。余に対する忠誠心が」


 足りぬのでは、と疑いの言葉がラーゴンの口からこぼれかけたが、ネリウムの視線に気づき、ラーゴンはそれを飲み込んだ。


 交渉が決裂したにも関わらず、無傷で帰ってくれば、レブに何か言い含められたのではないか、と誰からも八番目のマーは疑いの目で見られることになる。


 ラーゴンもそういう目で見るだろう。


 だがレブから傷を負わされたとなれば、そこまで穿うがった見方をする者はいない。むしろ八番目のマーには同情が向けられ、皆の怒りの矛先はレブに向く。


 レブは当然、そこまで考えてマンティコアを槍で突き刺していた。


 そのことが、ラーゴンにもわかっている。


 結果、レブはラーゴン派からは敵と目されることになるにも関わらず、それでもあえてやったという事は、レブの意思表示に他ならない。


 ラーゴン派に入らないし、新たな刺客が送られて来ても自分は歯牙しがにもかけぬ、ということだ。


 それがラーゴンには尚更なおさら、腹立たしい。


 世の中、腹の立つことばかりだ。


 しかし、ラーゴンが一番腹を立てているのは自分自身だ。


 誰が何をしようと、すべてぎ払い、打ち倒す力が自分にあれば、このような事態になっていないのだから。


 こんな所に集まって、今後の方策を協議する必要など無い。


 ナークを倒すから皆、俺について来い。


 そう言うだけで良いのだ。


 ラーゴンの怒りの原因には気づかず、評議会の幹部の一人、サラマンダーのトモソンが口を開く。


「かといって、レブがナークの方に加担するという気があるというなら、それは邪魔しなければなりませんな」


「うむ。そうだな」


 重々しく頷いてから、ラーゴンは心を固めた。弱いからといって、下を向いている必要はない。


 力が無いからといって、我慢する必要もない。


 欲しいものには手を伸ばす。たとえそのせいで腕を失うことになっても構わない。


 だからこそ、こうして自分につく者たちがいるのだ。


 そういう意味で、ラーゴンは魔族らしい魔族だった。


「よろしいですか」


 評議室の外から声がかけられた。


「どうしました? 入りなさい」


 ネリウム・オリアが返事をすると、扉がそっと開かれ、少年がおずおずと姿を現す。魔族が人に扮するときは実年齢に近い姿になるから、まだ幼い魔族であるのだろう。


「あ、あのですね。不眠の王ラフイン様からの使者がいらしているのですが」


「何だと?」


 ラーゴンが一睨ひとにらみするだけで、少年は縮み上がる。


「ラ、ラーゴン様にお話ししたいことがあるとかで」


 シアソン大陸の西の海。その向こうにもまた大陸があり、その手前には幾つか島がある。


 その島の一つを治めているのが、不眠の王ラフインだ。彼もまた魔族である。


 そのラフインが何の話があるというのだろうか。


 ラーゴンには見当がつかないが、聞くだけは聞いてもいいだろう。


「余に話? 聞こうではないか。通せ」

第5話は魔界側のお話でした。

第6話から主人公レブの話に戻ります。

引き続きよろしくお願いします。

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