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勇者がくるまえに  作者: ジャン・黒冬
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第4話 子猫が空から降ってくる

 周囲を城壁に囲まれたフィレノは、商業都市である。


 街道と水路で結ばれた北方の港町から運ばれる舶来品の交易が盛んで、シアソン大陸の商人であれば、一度は商売を夢見る経済の街だ。


 ただし、戦争には巻き込まれる。幾たびか王朝が変わることがあれど、この街を統治する貴族が一貫してスタイベルニス家であるのには理由がある。


 家の紋章は双頭の狼。


 二つの首は、常に権力の匂いをかぎ分けるといわれている。『寝返り公』と揶揄やゆされる所以ゆえんである。


 それでも商人にとっては、名君という評価になる。


 戦争のたびに街の統治者が変わるということは、商習慣も変わるということだ。


 一貫した施政しせいは、商売をするものにとってはありがたい話だ。


 歴史上、初めてシアソン大陸で王を名乗った征服王の時代から、変わらず公爵家であり続ける、数少ない家柄の一つである。


 フィレノを守る城壁は、過去には魔族の襲撃だけでなく、人間同士の争いもあったという名残なごりだ。


 人間が問題解決の手段として戦争を放棄するには、まだまだ時間がかかるのだろう。


 そして今は、平和な日々をフィレノの人々は謳歌おうかしている。


 そんな平和な街の一角に、魔族が一人。天井の無い部屋でベッドに仰向けで寝転がっている。


「どうすっかなあ」


 レブは自室のベッドで寝転がり、空を見上げた。


 良い天気である。青空が目にまぶしい。


 マンティコアが開けた穴は、空を大きく切り取っている。暖かな日差しは心地よいのだが、気分は晴れない。


 原因はわかっている。テーブルの上の請求書だ。


 屋根の修理代、130万ゴオル。


 先ほど、マミコが叩きつけるようにして置いていった。


 昨日こなしたアーヴァンクを水路からどかせる仕事は、1万ゴオル。マミコと折半せっぱんしたので、5千ゴオルの収入だ。


 てっきりマミコが多めに要求してくるかと思ったが、半々で良いというので、ありがたく頂戴した。


 当たり前だが、修理費には足りない。


 金が払えなければこの部屋を追い出されてしまう。そうなれば次に住むところが決まるまでは野宿するしかない。外聞がいぶんが悪い話だ。


 魔王軍元四天王のレブともあろうものが、屋根の修理代を払えなくて追い出されるなどと魔界で広まったりすれば、恰好かっこうがつかない。


 しらばっくれて、フィレノの街から出ていくという考えはレブに無かった。


 魔王シャルクはレブに人を見よと言った。


 その理由が何だったのか。できることならそれがわかるまで、レブはこの街に住み続けるつもりだ。


 それがシャルクが亡くなってからの、レブの覚悟だ。


 魔族とバレていられなくなるならまた話は違うが、今のところそうしたヘマはしていない。


 130万ゴオルは大金だ。きつめの肉体労働を一日こなして手に入れられるのが1万ゴオルだから、四ヶ月と十日休みなく働いて、どうにか手に入る金額だ。


 その間、生活もしなければならないから、実際にはさらに日数は増えるだろう。


 追い出されないだけ良いのかもしれないが、魔族といえど飯は食う。家賃。その他もろもろ使っていけば、130万ゴオル貯まるのにどれだけかかるのか。


 普通であれば夜逃げを検討するだけの金額でもある。


 つまり、普通にしていれば払えないということだ。


 レブは普通ではなければ、人間でもない。魔族である。


 魔族には、貯蓄という概念がない。


 かろうじて、龍族が金銀財宝を貯める存在だ。


 レブは龍族のネリウムを育ての母として育っているから、貯蓄という概念がいねんは持っている。


 が、悲しいかな、それが龍族の限界である。


 使い道が無い。だから、レブも貯めてどうなるのかと考えてしまう。金貨の山で寝床を作り、札束で浴槽を満たして入るくらいしか想像が及ばない。


 だから、家賃の支払い日に向けて取っておいた6万ゴオルが全財産だ。


 この後も日払いの仕事で増やしていかなければならない。


「金って面倒くせえな」レブは空を見上げながら呟いた。


 母親であるネリウムの住処に行って、貯蔵された金貨を取ってくることも考えたが、彼女は現在、ラーゴンの配下である。今は顔を合わせたくない。


 八番目のマーの件がある。会えば必ず揉める。


 魔族のレブといえど、相手は親だ。戦うというのはあまり楽しい考えではない。


 どこかの大商店にでも押し込み、金を強奪することも考えた。強盗というのは人間の犯罪で、魔族のレブがやることではない。


 魔族には魔族の矜持きょうじというものがある。 


 レブはそうしたところを大事にしていきたいのだ。


「なんかこう、ドカンと稼げる仕事はねえもんかな」


 ぼやいていると、ぽっかりと開いた天井から、黒い子猫が、ひょっこりと顔を見せた。


 ティコが外回りから帰ってきたようだ。


「おかえり」


 レブが言うが、ティコは返事をしない。その筈で、口に何か紙切れをくわえている。


 子猫は跳んで、レブへと上から落ちてくる。


 レブは好きにさせておくことにすると、ティコは彼の腹に着地した。


「おまえ、主人の腹に落っこちるんじゃねえよ」


 口は悪いが怒っているわけではない。ティコなりのお遊びだとわかっている。


 片手で子猫の首根っこを掴んで、自分の横に下ろす。


 ティコはされるがまま、満足げにごろごろと喉を鳴らした。


 レブは起き上がり、ベッドの上であぐらをかく。


「何か見っけたのか?」


 ティコは、まだ口に紙をくわえている。


 紙というものを、人間たちは古くから使用してきた。


 その後、印刷技術が発明され、大量に書物が刷られるようになってから、彼らの文明はより進歩している。


 ティコが、レブの膝によじ登ろうとする。


 登るには爪を立てなければならないのだが、子猫はそうする気はないようだ。主人思いの猫である。


 ではどうするかというと、前足で抱き上げろとレブのすねを叩いた。


 抱き上げろ、というのだ。


「どうした?」


 レブはティコを抱き上げ、あぐらをかいた膝の上に乗せる。


「ありがと。ほんでレブさま。これ見て」


 他に人がいないので、ティコは人語を話す。くわえていた紙が、口からはらりとベッドの上に落ちる。レブがそれを拾うと、チラシである。


 レブはそれを読み上げた。


「スタイベルニス公爵主催の武闘会?」


 フィレノの街の名家である。それが近々、武闘会を開催するという。


 フィレノ市民は人口に比例して、労働者が多いが、娯楽は少ない。


 貴族がその楽しみを提供するのは街の権力者として、ある種の義務である。こうした催しがフィレノに限らず、どこの都市でも年に何回か行われる。


 この場合は、賞金によって腕の立つ者を集めることができるので、主催する貴族にしてみれば、人材発掘と市民のガス抜きの意味合いも持つ。


 武闘会というのは貴族にすれば、一つの石で二羽の鳥を取るようなものだ。


「これがどうした?」


「賞金のとこ見んさいや」


 言われて優勝賞金を見る。頭が1で、その後にゼロが六つ続いている。つまり、七桁だ。


「100万ゴオルか」


 屋根の修理代には30万ゴオル足りないが、このくらいの額が一度に懐に入るなら、ありがたい話ではある。


「これなら、屋根の修理代の足しになるんと違う?」


 ティコの言うとおりだ。俄然がぜん、レブの血はたぎった。


「武器はなんでもいいのか」


 木製の武器を使う武芸の部と、徒手格闘の部がある。


 レブにすれば、武芸者程度は物の数ではない。


「でかしたぞ、ティコ。こりゃあ落ちてる金を拾いにいくようなもんだな」


 ねぎらいの意味で、レブは自分の膝で丸くなる使い魔の背中をでた。


 子猫は満足げに、にーと鳴いた。

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