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勇者がくるまえに  作者: ジャン・黒冬
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第3話 魔物は美女がお好き

 魔族も飯を食わねば生きていけない。


 それは人の街に住むレブも例外ではない。


 そして、借りている部屋を壊したら、直さなければならない。


 これは魔族も人も変わらぬ道理である。


「他にやらなきゃならねえこと、沢山あんだがな」


 レブは、マミコに引きずられるようにして歩きながら、ぼやいた。


 南半球に位置する都市フィレノは、今日も良い天気である。


 魔族のレブが、人間の為に働くというのは業腹ごうばらだ。だが、飯の為には仕方が無い。


 フィレノは人口の流入が増加傾向にある。


 その為、どこかしらで家が建てられているから、日雇いの大工仕事には事欠かない。


 それだけで十分生活ができるくらいだ。


 レブの近所での評判は、愛想は悪いが腕は立つ、である。


 先日のマンティコア騒ぎでレブはさらに名を上げた。元から、近所でめ事や厄介事やっかいごとが起こると、結構な割合で駆りだされている。


 今もそうだ。日雇いの仕事をしているところを、大家の娘のマミコに連れ出されている。


 少し先の水路にて、勝手に堤防を作った与太者よたものがいるという。


 おかげで商品を運搬する船が通行できなくなっているとか。


「そんなもん、警邏けいらの奴らで何とかすりゃあいいじゃねえか」


 梃子てこでも動かぬ決意のレブが、マミコに引きずられながら言う。


「それがね、ダムを壊そうと近づいた警邏の人たちを、殴るわ蹴るわで大暴れ。怪我人が何人も出てるらしいのよ」


 マミコは、レブが止めに行くのが筋、という顔である。


「なんで俺が連れてかれるんだよ」


「だってレブさん強いじゃない」


「お前だって相当強いだろ」


「いやあね。か弱い乙女に向かって失礼な。ぶっとばすわよ」


 おほほ、とお上品に笑っているマミコだが、拳の強さは相当なものがある。


 見た目は、目がくりくりとして、レブより頭一つ背が低いので、見ようによっては小動物のように可愛らしく見えないこともない。それなのに、彼女は滅法めっぽう強い。


 長いこげ茶色の髪を後ろで束ね、前掛けをしている彼女は、いつもくるくるとよく働く。近所では気立てのいい娘さんだと評判だ。


 が、強い。


 レブも魔王軍の中では上位の強さを持つが、マミコの拳で殴られ、吹っ飛ばされたことがあるる。


 それ以降、彼女の拳は、必ず避けると決めている。


「仕事を中抜けすると、親方に後で怒られるんだがな」


「大丈夫よ。解決できれば金一封が出るはずよ」


「本当か。じゃあ、やってみようかな」


 金が貰えるというなら、もちろんやる。人間の為にただ働きなどごめんだ。


   ■■■   ■■■   ■■■


「思いっきり船の往来おうらいの邪魔だな」


 くだんの水路に来てのレブ、最初の感想である。


 水路の途中に、丸太や木の枝などが積み上げられ、堤防ができている。それが水路の水をき止めているのだ。


 その堤防の上には、上半身裸の若い男が立っていて、うらあああ、と叫んだり、げらげら笑ったりしている。顔が真っ赤だ。


「あれは、酒飲んでるな」


 そう言ったレブの鼻は、騒いでいる金髪の男から、魔力を嗅ぎ取る。


 魔族、とひとくくりにされるが、彼らが発する魔力には、個体固有の香りがある。


 他のものはどうだか知らないが、レブはそれを嗅ぎ分ける鼻を持っているのだ。


 例えば、レブの育ての母である太古の龍、ネリウム・オリアは白い百合の、とろけるような甘い香りがする。


 堤防の上で、ぴょんぴょんと飛び跳ね、よくわからない歌をがなっている若者からは、白身の魚を焼いた時の、香ばしい香りが漂ってくる。


 ――このバカ野郎が。


 レブは、心の中で舌打ちをした。


 魔力が香るということは、この若者、人に変化へんげした魔族である。


 しかも匂いからすると、アーヴァンク。青黒い毛を持つビーバーに似た種族だ。


「うらあああ!」


 堤防の上で若者が、大声を出している。


 レブの得物えものである、魔槍ディウスクでも投げつけてやろうかと一瞬考えたが、ここで正体がバレるのはまずい。


 ――アーヴァンクの捕まえ方ってあったよな。


 レブが思い出そうとしていると、一人の若い娘がレブたちに近づいてくる。


「マミコさん。レブ様」


「あー。ジャンナ」マミコが娘の名を呼んだ。


 ジャンナの金色の髪が、日の光で輝いている。女神に劣らぬ気品を持つ美しさだ。透き通るような花の香り。つけている香水は高級品だろう。


 レブとマミコを見る青い瞳は、優しさと気品に満ちている。


「マミコさんもレブ様も来てたんですね」


 育ちの良いジャンナは、話し方も丁寧ていねいである。


「おお。あの野郎を、これから捕まえるところだ」


「今回もレブ様が?」


 ジャンナはフィレノの街を治める貴族、スタイベルニス家の令嬢であり、こう見えて勇者の卵でもある。


 つまり、レブとしては率先そっせんして関わりたい相手ではないが、マミコの友人であるので、自然と顔見知りになってしまっていた。


 レブは街の厄介事をこなすことで、彼女から力量を評価されているらしい。


 いつかジャンナが勇者として旅立つことがあれば、レブは黒騎士レブとして、彼女の前に立ちふさがることになるだろう。


 だが今は、堤防の上のアーヴァンクの始末だ。


「おう。俺がやるから、ジャンナは見てていいぜ。あのな。マミコ」


「何よ」


「お前この辺に座って、あの男を膝枕するんだ。そうしたら、あの野郎、すぐ寝ちまうから」


「嫌よ。何であたしがそんなことを。しかも酔っ払いの半裸の男なんか」


「あのな。あいつはアーヴァンクっていって、ビーバーに似た魔物だ。で、あいつらは人間の美女が好きでな。美女の膝枕があるとすぐ寝ちまう。そこをふん縛ろうって作戦だ」


「えー。何それ。あたし、適任じゃない」


「だろ?」


「あいかわらずレブ様は、魔物の知識が豊富ですね」


 ジャンナが感心したように言う。


「あ? ああ。うん。まあな」と、誤魔化すのだが、何故かジャンナはそれを謙遜けんそんだと取るらしく、信頼の目で見てくる。


「ここ? ここに座ればいいの?」


 マミコは水路を形成する壁のへりを指さして、レブにく。


「そうだ。座ってりゃ、向こうから勝手にお前のところに来て、膝に頭を乗せるからよ。あとは少しそのままにしておけば、寝るって寸法よ」


「わかった」


 レブは堤防に向かって、口笛を吹いた。その音は高く響き、人に扮したアーヴァンクの耳にも届く。


 きょろきょろと、音のした方を向いたアーヴァンクは、座っているマミコに気づいたようだ。


 ――若くて美しい娘がいるぞ!


 それだけでアーヴァンクの精神は高揚してくる。酒を飲んでいるので、判断力は低下気味だ。一度には一つのことしか考えられない。


 ――あの娘の膝を枕に寝よう。


 堤防の上を小走りして、娘の前で人に扮した魔物は止まる。


 娘は逃げるでもなく、アーヴァンクを見ている。


 この娘の膝を枕に寝るとは、考えただけで夢心地だ。


 アーヴァンクが、そっと近づいても、娘は逃げない。そのまま彼は体を地面に寝かせ、娘の膝に頭を乗せた。


 三秒後には眠りの世界に誘われている。


 警邏の者たちが寄って来て、何か言いたげでいるところを、レブは機先を制した。


「よっしゃ。こいつは俺が街の外に放り出してくる。堤防の方は、あんたらに任せるからな。早いとこ、ぶっ壊しちまえよ」


 アーヴァンクが逮捕され、魔族だとバレたら面倒だ。ここは、外に連れ出すに限る。


 止められるより早く、レブは眠りこけるアーヴァンクを担ぎあげ、その場を離れた。


 フィレノは高く厚い城壁に守られている。東西南北に門があり、レブは南門から街の外に出た。


 石畳の街道の端に、まだ眠るアーヴァンクを転がす。


 周囲に人がいないのを確かめてから、レブはアーヴァンクを揺り動かした。


「おい。起きろ」


「うーん。もう朝?」


「寝ぼけてんじゃねえ。昼だよ」


「ああ。レブ様じゃないですか。俺、アントンって言います。レブ様を探してたんですよ。だけど人の街って広いんですね。全然見つからなくて、そしたら酒のいい匂いがしてきたんです。ふらふらとそっち行ったまでは覚えてるんですけど」


「その後、お前は水路に堤防作って、暴れたんだよ。もう酒を飲むな」


「レブ様、魔王軍に帰って来てくださいよ。ギスギスしすぎて、居心地悪いんですよ」


「お前、今誰の下にいるんだ?」


 魔王の息子は、次男のラーゴン、三男のナーク、四男のリゲータと、三つの派に分かれている。


「ナーク様の下の下の下です」


 ということは、魔王の子分の子分の子分。いわば曾孫ひまご分ということになる。


「俺はな、あいつらの下につく気はねえんだ」


「だったらレブ様、俺のこと子分にしてもらえませんかね。魔杯まはいを貰えたら、一生懸命働きますから」


「俺は今のとこ、誰の下に付く気はねえし、下も作る気ねえんだわ。お前も、俺のとこくるひまあったら、自分のとこで、自分の仕事に専念しろ。あとな、人間は結構、怖いところがあっから、そうそうこっちに来るんじゃねえ。魔界で暮らせ」


 こうした魔族がらみの揉め事が、街中で週に一、二度ある。


 以前は、ここまでではなかった。


 それもこれも、魔王シャルクが亡くなってからのことである。


 レブは、それが気に食わない。

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