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勇者がくるまえに  作者: ジャン・黒冬
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第21話 レブ、魔王との最後の会話を思い出す

 レブは、先代の魔王シャルクと最後に話したことを思い出す。


 それは、レブがフィレノの街に来る前の、ある夜のことだった。


 魔王に呼び出されたレブは、魔王城に登城した。


 ところが玉座の間に行ってみると魔王の姿が無い。


 サラマンダーのトモソンに聞けば、どこかにふらりと歩いていったという。


 流石に城内にいるだろうとレブは探し回った。


 何匹かの魔物とすれ違い、目撃情報を聞き、やっとたどりついた先は、城にある物見の塔だった。


 遥か遠くを見晴らせる塔の最上階に、魔王シャルクは一人でいた。見張りは気を使ったのか、姿が見えない。


 レブの胸の高さの城壁に囲まれたその場所は、屋根がなく、石畳の床は丸い。そこに立つ魔王は、レブが来た時、北へと目を向けていた。

 

 方角としては魔界門があり、それを抜ければ人間の都市フィレノがある。


「魔王様。呼びましたか?」


 レブは魔王の背中に声をかけた。


 散々探し回ったせいで、彼は少し機嫌が悪かった。


 呼び出しておいて、気まぐれに、ふらりといなくなるのは魔族的であるから仕方ない。


 逆に主君が相手だろうと、気に食わなければそれをあらわにするのも、また魔族としては正しい。


 普段なら魔王の御前である。レブは片膝をついて拝謁するところだが、今は腕組みしたまま立っている。


「おお。レブか」


 魔王は振り返って、目を細めた。


「呼んだぞ。頼みがあってな」


「俺が見つけなかったら、どうするつもりだったんですか」


「それもそうだな。ふはははは」


 老いた魔王は長い顎ひげを撫でた。とぼけているときにする癖だ。


「だが、お前はここに来たではないか。お前がわしを必ず見つけると思って、ここで待っておったのよ」


「探し回りましたからね。それで何すればいいですか?」


 すでにレブの機嫌は直っている。


 レブを含む四天王の仕事とは、主に魔王の護衛だったり、育ちかけた勇者を早めに潰したりと多忙である。軍の管理もその内の一つだ。


 四天王と言われているが、その下につく者たちも同じく魔族である。一筋縄ひとすじなわではいかない者ばかり。すきさえあれば、四天王に取って代わろうというやからもいる。


 それを力で抑えつけるのが四天王の仕事の一つだ。いわば、魔王軍の内紛ないふんを一手に引き受けるのが四天王だと言ってもいい。


 この数百年というもの、魔王シャルクの四天王は入れ替わることがなかった。


 それまでの四天王が、地位を守ってきたからである。


 百頭ひゃくとうのメーガイ・スライ。


 太古の龍、鉄壁の城ネリウム・オリア。


 武人レフトハンド、ヴォルバ・ゴラン。


 とろける闇モワレ・オウルカ。


 レブが昨年、蕩ける闇モワレ・オウルカに勝ち、四天王として入れ替わったのが、数百年ぶりのことだったのだ。


 魔王シャルクが口を開いた。


「ちょうどな、魔族と人間の違いというものを考えておったのよ」


 魔界の魔族が人間と争っているのにはわけがある。それは魔界の大予言者ムハラルの予言にもとづいている。


「千年後、人間により魔族は滅ぼされる」と。


 そう予言がされたのが二十年ほど前のこと。レブが生まれる前である。


 それまでは、魔界には魔族、人間界には人間と、それぞれ住み分けていた。


 境界線をめぐって、多少の小競こぜり合いはあったにせよ、大規模な争いは起こっていなかった。


 いわば小康状態が続いていたのである。


 だが、千年後に魔族は人間に滅ぼされると予言者ムハラルが言う。


 魔族にとって千年というのは人間にとっての、二、三十年に近い。なにせ人間に比べて、長命な種が大半だ。


 今生きている魔族にとっても、千年後とは遠い未来の話ではない。


 他人事ではすまされない。それで魔王軍は破滅を回避するための準備を始めている。


 人間にしてみれば、急に魔族の動きが活発化したと感じるかもしれない。


 だが、魔族としても、滅ぼされる、などと不吉な予言を無視しているわけにもいかないのだ。こうした場合を不吉と感じるのに魔族も人間も違いはない。


「レブよ」


 名前を呼ばれて、レブは魔王シャルクに視線を向ける。


「お前は、魔族と人間の違いとは何か、考えたことはあるか?」


 それまでそんなことを考えたこともなかった。レブははじめて考える。


 魔族も人間も、魔法を使う者がいるし、一族というものを大事にする、


 この辺りはどちらも同じだ。


 魔王の城の装飾を見ればわかるとおり、魔族にも文化芸術はある。決して粗野そやではない。


 だから違いを聞かれても、ぱっと浮かぶものはそんなにない。


「何ですかね。価値観とかですかね」


 魔族と人間では、大事にするものが違うところもある。


 魔族は力ですべてが決まるが、人間は違うと聞いている。


「価値観と。うむ。そうだな。それはある。レブもなかなかやるではないか」


 レブは肩をすくめた。当てずっぽう言っただけなので、められても困る。だが、魔王に褒められるのは、レブとしてはそんなに嫌な気分ではない。


「儂が考える違いとはな。魔族は混沌こんとんとし、人間は調和を是とするということよ」


「ふーん」と、レブは納得したようなしないような感覚だ。


 だいたい、調和とはなんだ、という気持ちがある。


「混沌とはな、さまざまなものが入り混じって、どれか一つとははっきりせぬ状態のことをいう。夕暮れどきに西のに日が沈みかけ、そちらは夕方だとして、反対の東の空では夜が始まっておる。では夕方と夜の中間は、と問われたらレブ、お前はどうする?」


「どうなんですかね。ちょうど中間を指し示せばいいってもんでもなさそうだ」


「夕方でもあり夜でもある。それが混沌よ。どこからが始まりでもなく、どこまでが終わりでもない。あらゆるものを許容する。そして変わり続ける。それが混沌よ」


「俺ら魔族がそうだってことですね」


 レブはわかったようなわからないような感覚だ。


「そして人間とは調和よ。いくつもいくつもが集まり一つとなる。そこには足りないものも余計なものもない。そうした完成形を目指すわけだな。それが後から混ざるものも含めてまた調和が取れれば良いが、取れなければ、排除はいじょされることになる。今の我ら魔族が、その排除されるものになるのかもしれん」


「それが千年後の予言ってことですか」


「性急にことを決めるのは早いだろうから、まだ決められぬがな。なにせ我々は混沌よ。それすらも混ざり合って良かろうとな、考えもする」


「でも千年後には俺らは、人間に滅ぼされるって」


「先を見るのが肝要であるが、星ばかり見上げて、足元の穴に落ちては元も子もない。そこでだ。レブ、お前、人間の街フィレノに行ってきてくれんか」


「何百人かりますか」


 示威しい行動だ。


 フィレノは四万人規模の都市である。数百人もころせば、十分に人間は魔族に恐怖するだろう。 


「そうではない。人間とは何であるか。お前、人間として暮らし、調べてまいれ。人間を見よ。そして人間を知るのだ」


「わかりました」


 魔王シャルクの命だ。即答である。レブに逡巡しゅんじゅんする気持ちはない。


「ちょうどお前は人型だから、派手に生活せねば気付かれることもあるまいよ」


「期間は、どのくらいの予定ですか?」


「わしが戻れと言うまでよ。なあに、そんなに長くはかからぬと思うが」


 レブは今になって思う。


 期限が区切られなかった時に、レブの方から、区切っておけば良かったと。


 そうすれば、いまだにフィレノに人間として暮らす、などということも無かったろうに。


 ただ、その時はひらめいたことがあって、レブはそちらを優先した。


 魔族はそうした一時いっときの感情を大事にする。心の内なる声を重要視する。


「そうだ魔王様。フィレノに行く前に、俺と勝負して貰えませんかね」


 時間にしてニ秒か三秒、魔王シャルクはレブの顔を見た。その顔は凶悪なまでに嬉しそうだ。


「お前が儂と? 勝負したいと?」


「ええ。謀反むほんとかじゃないです。魔王様と戦ったのって、俺が四天王になった時の一回だけでしたよね。今はどうなのかなって」


 その時のことを、レブはあまり思い出したくない。


 それまで四天王だった蕩ける闇モワレ・オウルカを倒し、四天王の地位に上り詰めたレブは有頂天うちょうてんだった。


 魔王に謁見えっけんした直後にレブは戦いを挑んだ。一槍ひとやり浴びせるどころか、魔王の圧倒的な一撃で、魔王城の外まで吹き飛ばされたのだ。


 あの後、彼は一から鍛えなおし、ラスト・ヴィニーテ(最後に来るもの)もあって、あの頃よりも強くなっている自覚がある。


 それでも、まだ魔王に勝てるほどではない。


 だから配下についているのだ。いつかは魔王シャルクのように強くなりたいと思っているとしても。


 レブが挑戦の意志を示すと、シャルクは怒るわけでもなく、笑った。


 前に挑戦したときと同じだった。


「ふはははは!」


 ただただ、魔王は嬉しそうに笑う。


 ひとしきり笑うと、魔王はレブを見た。その眼差しは、これから戦う者の目ではない。


 魔王らしからぬ、暖かみのあるものだった。


「では、今からやるか?」


「できれば、そうですね」


「うむ。儂は構わんぞ。レブよ。おぬしは槍を使うだろう。持ってまいれ」


「わかりました。すぐなんで」


 辺りは夜だ。魔槍まそうディウスクはどこにでもいて、主のレブが呼ぶのを待っている。


 手近な闇に手を差し入れて、レブは黒い槍を取り出した。


 物見の塔だから、走り回るほど広くはないが、槍を振り回すのには十分だ。


 左の脇に槍を手挟たばさみ、レブは魔王と対峙たいじした。


 魔王シャルクの体からあふれ出る魔闘気まとうきで近づくのは容易ではない。


 だが不可能かと言われればそうではない。


 レブは構わず距離を詰めて、槍を突き出した。


 シャルクの闘気に弾き返されてしまう。


 魔王が右手を胸の前にあげた。手のひらがレブに向いた瞬間。レブは自分も瞬時にヴェワール(風の壁)を生み出して、対抗する。


 だが、魔王の魔力は膨大ぼうだいで、レブは太陽を目の当たりにした気分だ。


 夜である筈なのに昼のように明るくなった。小屋くらいあるサイズの火の玉だ。


 自分が作ったヴェワール(風の壁)は魔王の魔力の前では無意味だった。レブは太陽をまともに喰らう。


 彼は母より与えられた龍の血によって、火の魔法に対する防御力は並の魔族の比ではない。


 体は魔王の火球に耐えたが、宙に飛ばされる。


「刺せ! ディウスク!」


 空中を転がるように飛びながら、魔槍に命ずると、槍は闇に突き刺さる。


 レブはその槍を握っているので、空中で槍にぶら下がった形になる。


「あぶねー。また一撃で終わるとこだったぜ」


「おーい。レブよ。戻ってまいれ」


 魔王が、彼を呼んでいる。


「余裕かましやがって。くそじじい。今、行くってんだよ」


 レブは、体ごと回転し、闇に突き刺さった魔槍を抜く。すると体は落下する。


 素早く前転宙返りをし、落ちる速度に回転と遠心力を魔槍ディウスクに乗せ、シャルク目掛けて力いっぱい投げた。


 投げると同時に槍のをつかむ。槍は飛ぶ勢いのまま、レブを魔王の元に運ぶ。


 二点間の距離を零にするかのような超高速での、魔槍を使った突進技だ。


「ニーグルム・コーメット(黒彗星)!」


 レブ自身でもこれだけの速さで動いたことはないという速度、そしてタイミングだった。


 ――魔王様に俺が勝つとはな。


 技の途中ではあったが、そう勝利をレブは確信していたのだが。


 魔王が片手を上げると、黄緑色の魔法障壁が現れる。


「くそっ」


 悪態あくたいをつくのと、レブと魔槍が魔法障壁に激突するのは、ほぼ同時だった。


 魔力と魔力がぶつかり合えば、弱い方が消し飛ぶ。今回は魔法障壁が消えた。


「おお」魔王は障壁を失ったというのに嬉しそうだ。


 そして、強い方も威力は減衰げんすいする。


 魔槍の速度は殺されているし、レブも姿勢を崩している。


 レブは魔王に体ごとぶつかった。その勢いは、ころんだ拍子にぶつかったのと大差ない程度だ。


 それでも二人は、もんどりうって倒れる。ほぼ同時に立ち上がり間合いを取る。


 魔槍の間合いに魔王の頭がある。 


「じじい! もらった!」


 レブは魔槍を振るった。流石に、これは避けられないだろうと、自分でも薄ら寒くなる速度。


 の、はずだった。


 魔王シャルクの姿が、一瞬にして消えた。目標を失った魔槍は、くうを斬る。


「マジか!」


 悪寒おかんのようなものが背中を走り、レブは飛び退すさる。


 すぐに異変に気づく。


 魔王が、その場に崩れ落ち、倒れている。


「魔王様!」


 とっさに槍を放り捨て、レブは魔王に駆け寄る。


「おお。レブ。どうした? かかってこぬか」


「バカいってんじゃねえよ!」


 誰か呼ぼうとして、これは誰にも知られてはならぬとレブは判断した。


「俺は、まだ勝ってねえんだぞ。死なねえでくれよ」


 肩に魔王をかつぎ上げると、魔王の部屋まで運んだ。


 こうして、レブと魔王の二度目の勝負は、決着がつかぬまま終わる。


 それから数日後、レブは商業都市フィレノに人間として潜入することになる。


 魔王シャルク崩御の報をレブが聞いたのは、さらに後のことだ。

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