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勇者がくるまえに  作者: ジャン・黒冬
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第2話 天井が無いといろいろ困る

 酒とは過去からの一撃である。


 レブは酒が強い方だが、人間と飲むとなると、そうそう深酒はできない。うっかり、何を話すかわからないからだ。


 上手く飲みつつ、その実、油断はしない。


 人間の彼らは陽気で、頭は良くないようだが、悪い奴らではなさそうだ。そういう意味では魔族とそう変わりはない。


 魔族は、人を襲ったり、私利私欲で魔法を使う。


 人間たちからすれば悪の範疇はんちゅうに含まれるだろう。それは人間から見た場合の話で、魔族にも言い分はある。


 ――千年後、こいつら人間に魔族が滅ぼされることになるとはな。


 酒席で、陽気に笑い歌う彼ら彼女らを見て、レブは魔界の予言を思い出す。


 千年後、人間の中に善なる王が現れ、魔族を滅ぼす、という予言だ。


 人間であれば、途方もなく未来の話であり、現実味の薄い予言ではあるかもしれないが、魔族と言うのは長命種が多い。


 数百年の寿命を持つ彼らにしてみれば、子や孫の世代の話になるし、龍族などになると当事者だ。


 ではどうするかというと、攻撃は最大の防御。魔王シャルクの大号令のもと、対人間界の準備を開始したのが、十数年前のこと。


 レブはその頃、太古の龍、ネリウム・オリアに育て始められた。


 魔族であるが人型のレブにしてみれば、自分の寿命がそこまで長くないのはわかっている。


 千年後など自分には関係のない話だ。それでも魔王シャルクの為、ひいては魔族の為にと、彼は動いていた。


 だが、その息子であるラーゴンやナークの命令で動く気になるかというと、そんな気はさらさら無い。


 あるならば、とっくの昔にいずれかの軍、それともなければ魔王の四男リゲータの軍門に下っている。


 昼過ぎまで寝ていたレブは、目を覚ますと、体を起こした。シーツの上に四角く差し込む朝の光に目を細めながら、黒い髪をかきかき、魔王シャルクの息子たちのことを考える。


 ――どいつもこいつも魔王の器ではない。


 レブは心の中で断定した。


 それは彼が若いゆえの傲慢ごうまんさでもあるが、そうでなければ魔族はやっていけない。


 せめて、長男のフマノが生きてたらな、とレブは詮無せんないことを考えた。


 魔王には四人の息子がいて、長男のフマノはすでに亡くなっている。


 次男のラーゴンはいけすかない奴で、その意味では魔族らしい魔族といえるが、魔王たる圧倒的な力が無い。


 魔王の息子であるから、強いことは強いだろうが、何かしらの、強さを超越した強さというものを感じない。


 だから、戦ったことはないが、やればレブは自分が勝つだろうと思っている。


 レブより数百歳年上の筈だが、それであのレベルでは話にならない。


 気位ばかり高いのだ。魔王シャルクの遺言で魔王としての跡継ぎは三男のナークと決まったにも関わらず、魔王を自称して一軍を構えてしまった。


 面倒なことに、そのラーゴン軍にレブの育ての母、鉄壁の城、ネリウム・オリアが加わっている。レブとしてはややこしいことこの上ない。


 ネリウムがレブの元におもむいて、ラーゴン軍に入るよう言われたら、レブとしては困る。


 これが、来たのがラーゴンなら、レブは確実にラーゴンを半殺しにするつもりだ。


 だが母だと手を上げづらい。


 強いとか弱いという話ではないし、勝てる勝てないの問題ではなく、母親だから殴れない。というか殴りたくはない。


 ただどうしても避けられないなら、やる気ではあるが。


 ネリウムとは種としてのつながりはないが、血によって育てられた立場だ。ある意味、血のつながりというものがある。


 それをわかって、あえてそうしないのか、今のところネリウムは来ていない。


 ――今は自分の仕事をやるだけだな。


 魔王シャルクは、このフィレノで暮らして人を見よ、とレブに命じた。


 この街には何かがあるのだろう。


 ただ人間を観察すればいいというものではないだろう。


 ただ、魔族が滅ぶのを回避する何かはある筈だ。


 それを見つける為に、レブはフィレノの街に暮らしている。


 今日は昼過ぎまで寝てしまったので、自主的に休日ということにした。


 日雇いの仕事はしないが、街の探索はしておくつもりだ。


 こちらに来て三ヶ月ほど経つが、まだこれだ、というものは見つかっていない。


 その前にまず腹ごしらえをしなければ。


 外で飯でも食おうと服を着ていると、ドアがノックされた。


 シャツを着ながらレブはドアに向かって言った。「開いてるよ!」


 ドアが開き、ティコを抱きかかえたマミコが現れる。


「レブさん。昨日は遅くまで飲んでたみたいだけど、大丈夫なの」


 マミコはこげ茶色の長い髪を、馬の尻尾のように後ろで縛り、服の上には動きやすいような前掛けをしている。


 これだけ見れば、快活でちょっとかわいい街娘だが、外見からは想像がつかないほど腕力が強い。


 実際に力比べをしたことはないが、百人力のレブを凌駕りょうがするかもしれない。


 出たての勇者の一団を粉砕するのも、四天王だった頃のレブの仕事であった。


 そんな彼でも、マミコが勇者の一団にいたら手こずるだろう。


 レブは女だから殴らないという気持ちはどこにもない。何故なら女の勇者などいくらでもいる。女戦士や女魔法使いならもっといるのだ。


 それに一々気を使っていては、レブの仕事にならない。


 マミコは黙っていれば美人であるから、レブとティコは、彼女は猫をかぶっているのだと話している。だからティコと仲が良いのだろうか。


 街の人たちや他の店子には優しいのに、レブに対してだけ、何故か容赦ようしゃがなく、暴力をふるってくる。


 その点について、レブはいつも不満を述べているのだが、マミコ自身も理由がよくわからないらしい。


 彼女の拳は、親愛の情からくる柔らかい手ではなく、鉄球のように重い。


 マミコは何気なく天井を見た。レブはすっかり忘れていたが、八番目のマーが外に出る時に開けた穴がぽっかりと開いている。


 ――そういや、夜のうちに雨降らなくて良かったな。


 寝ていて雨でも降られたら、魔族といえども具合を悪くする。


 マミコは一瞬息を呑んだが、すぐににっこりと笑った。


「あらあら。不思議ね。どうして部屋にいるのに青空が見えるのかしら」


 レブは誤魔化すことにした。


「あ、ああ。ちょっとお洒落だろ?」


「あらやだ。レブさんたらお洒落なんて言葉知ってたのね。あはははは」


 マミコは快活に笑う。ティコも機嫌がよさそうで、にーと鳴いた。


「そうなんだよ。俺って語彙ごいある方なんだよ。ははははは」


 ひとしきり二人と一匹で笑った後、マミコが拳をふるった。「おらあっ!」


 腰の入った右フックである。レブにも見えない位置、死角と言うものは存在する。


 その死角のふちをなぞるように繰り出されたマミコの拳が、レブの左のこめかみに振り下ろされる。


 マミコの拳は見えなくとも、その風圧にレブは反応した。


 体を大きく傾けて避ける。


「あぶねえな! 何すんだよ!」


 不満を述べたが、マミコは止まらず、ティコを抱いたまま、右手を振り回す。


 大振りなので避けることはできるが、風を切る音からすると大鎚くらいの破壊力がありそうだ。


「天井に穴開けてどうすんのよ! 弁償してよね!」マミコが大声で言った。


「違う。俺がやったんじゃない。昨日のマンティコアだ。あれが空から天井ぶち破って入ってきたんだ」


 とっさに嘘をついた。魔族たるもの、こうした時に嘘くらいつけないといけない。


 それで納得するマミコではない。坂を転がる車輪のような速さで右拳を振り回す。


「嘘つきなさい!」


 レブは部屋の中を逃げ回る。


「本当だって。俺がやったわけじゃねえんだ!」


 後半部分だけ本当のことである。


「それなら、部屋の中にもっと破片だの瓦礫がれきだのある筈でしょ! さっき見たら、外に瓦礫が沢山落ちてたわよ。だからもしや昨日の騒ぎでどこか壊れたかと思って来てみれば、まさか天井がここまで壊れてるとはね。あの瓦礫で怪我人が出なかったのは僥倖ぎょうこう

よ!」

 そこまで怒ってから、マミコは首を傾げた。考え出した彼女は動きを止める。


 ――終わりかな?


 距離をおいてマミコを見るレブは、いつでも動けるように油断なく構えながら、彼女を見た。


「じゃあ、なんでマンティコアは、レブさんの家に入り込んだのかしら?」


 その一言で、レブは窮地きゅうちに追い込まれたと感じた。


 普通に生活していて、マンティコアと接点がある人間はそういない。


「もしかしてレブさん……」


 万一、魔族だとバレるようなことがあれば、マミコに抱かれたティコをかっさらって部屋から逃げ出そうとレブは決めた。


 こうして襲われることはあるけれど、マミコともここに来てからの付き合いだ。流石に殺すには忍びない。


 そんな覚悟を決めたレブに向かって、マミコは言った。


「レブさんて、実は名の有る勇者だったりする?」


 レブの頭に血が上る。


 魔族たるもの、宗教関係者と勇者に例えられるのは、好ましくない。前者は気にしないレブだが、後者は駄目だ。


 暴れようとしたレブの目に映るマミコの顔は真剣そのもので、人間だから仕方ないのだと、レブは何とか気を落ち着かせた。


「勇者ってことはねえよ」


「ふーん。家の仕事柄、いろんな人を見てきたけど、マンティコアを撃退する人って、勇者くらいしかいなかったんだけどな」


 ――そりゃあ、人間に限定した時の話だろ。


 レブは心の中で肩をすくめた。口に出す愚は犯さない。


「まあ、いいわ。屋根の修理費は計算して、レブさんに請求するからね」


「それって、どのくらいかかりそうなんだ?」


大雑把おおざっぱに言って、100万ゴオル〈1ゴオル=1円〉、うーん。たぶん、もっとかかるかも」


「100万ゴオル!」レブは叫んだ。


 それだけの金があったら、五ヶ月は暮らせる。節約して暮らせば半年だっていけるだろう。


「天井が直るまでティコちゃんは、うちにいていいからねー」


 だから言ったのに、と言わんばかりに「にー」と鳴いたティコは、レブを哀れむような眼で見て、マミコに抱きかかえられたままいなくなった。


 一人残されたレブは、青い空を見上げてつぶやいた。


「しばらく、雨降らなきゃいいけどよ」

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