第二話
目を開く。視界が開ける。
―ここは、どこだ?
俺は青みがかった液体の中に体をうずめている。
手を伸ばす。壁のような感触。
―ここは、どこなんだ? もう一度、考える。
目の前に人影が見える。俺は思わず手を出す。
人影がこちらに手を伸ばす。顔はわからない。
「―きろ」
人影がなにか呟いた。影が小さくなっていく。
―待ってくれ!あんたは誰なんだ!ここから出してくれ!
必死に呼びかける。だが、相手に俺の声は届かない。
「ウワアアアアァァァァァァァ!!」 あらん限りの声で叫ぶ俺。 壁が、崩れた。
目が覚めた。
眩しい太陽。目の前の家具。俺の部屋だ。
「またか…」
俺は何度目になるか分からないほど見てきたこの夢を思い出し、溜息と共に呟く。
「一体何なんだよ?」
ボヤキながら着替える。顔を洗い、朝食を用意する。
俺は、親の顔を知らない。見たこともない。俺が生まれたすぐあと、テロに巻き込まれ、死んでしまったらしい。
中学生まで、俺は親の知り合いという人に世話をしてもらっていた。いつも俺のことを気にかけてくれる良い人だった。
高校になってからは、マンションで一人暮らしをしている。これ以上、迷惑はかけたくなかった。
朝食ができた。急いでかきこむ。料理はかの恩人に仕込まれているので、比較的得意だ。
家を出て、空を見てみる。変わらない青空だ。
自転車にまたがり、俺は、いつもと同じ道を、いつもと同じように走り始めた。
登校時間だけあって生徒の姿は多い。自転車を降り、駐輪場に置いてきて校舎へと向かう。
「来た。B課の奴らだ」「あれ?」「何しに来てるんだよ」
―またか
A課の奴らだろう。かなりのキツイ視線を首に感じる。俺は気にせず、B課の教室へと入る。
「遅えな。何してたんだよ?」 席に着くなり、前の席の体格の良い男が話しかけてきた。
「寝坊したんだよ。悪かったな。」俺は少しぶっきらぼうに男―天手 大雅へ返答すると、
「まあおっかない顔すんな。人生いい事あるぞ」と言って彼は笑った。
「そうよ。眉間にしわ寄せてると、一生残るってニュースでいってたわ。」と左斜め前から女の声。彼女は岩月 沙夜。
「人のしわは猫につけられた傷かよ…」 突っ込む大雅。
「知らないわよ。まああんたの頭の悪さは一生ものでしょうね。」
「あれは俺は悪くない!問題が難しすぎるんだろ」 相変わらずテンポがいいな。
「お前の頭が使えないだけだ。心配すんな。」冷静な声で入ってきたのはアポロ・バレットマン。お前、Sなの?
「まあまあ、人は成績だけじゃないし…」また一人。彼女は水流 火憐。何気に残酷だなおい。
俺たち五人は入学後すぐに仲が良くなり、よく話していた。
何でもない会話。しかし彼らは…
一限開始の表示が机のデジタルパネルに出てくるとともに、担任の森下先生が入ってくる。挨拶の後から授業が始まる。
「じゃあ、今日の範囲は―」
いつもの授業風景。普通と何ら変わりはない。
では、俺たちB課は何故ここにいるのだろう。
遅くなったが、ここで話によく出てくる”ギア”の話をしよう。
元来、ギアとは力の増幅、つまりスキル補助のために開発されたものだった。スキルは、長い年月を経て継がれているため、効果はもとより比べ物にならないほど低下している。それを補うのがギアの役目である。ギアの形は通常、個人のスキルに最適な場所や形をしているが、この学校にいる間は、安定してスキルを使えるように制御するため、全校生徒が同じ肩掛けのようなギアを装着している。
放課後。
学園の研究室。巨大な部屋の真ん中に俺は立っている。
周りには、ギアをつけた強そうな男たちが10人、俺を囲んでいる。
今の状況は、俺の能力を確かめるテストということだ。
俺を囲んでいるのは、現実とおなじように動け、スキルも使用可能なロボットだ。
「開始30秒前。」
アナウンスが聞こえる。
―どうしてこうなったんだ
いつものように、思わず愚痴が頭に浮かぶ。
しかし、これをやれば俺は、俺自身が何なのか分かるのかもしれない。
窓から見ている連中を見てみる。天手達の姿もあった。俺は本当に特殊なのだろうか?
「20秒前」
何にせよ、やってみるしかない。
いくらロボットとはいえ、やらなくては怪我じゃ済まされないだろう。
腰を落とす。
「10秒前、9、8-」
俺はいったい何なのか
「7、6、5-」
あの時、俺は何をやったのか
「4,3、2、1」
これをやれば分かる。なぜかそう確信した。
「開始」
下手をすれば、俺の人生を変えてしまうようなテストが、今、始まった。