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あの夏までの距離とアクセス  作者: 七海ニケ
沈黙エクスプレッション
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事件編

日本式のショートケーキ

日本では、スポンジケーキを土台にして、ホイップクリームをつなぎと外装に、そしてイチゴを味付けに使ったものを「ストロベリーショートケーキ」といい、一般にはこれを単に「ショートケーキ」ともいう。


「ショート」の語源については諸説ある。

英語の「short」の「もろい」や「サクサクした」に由来しているとする説

=================


 「これ。ノートとプリント」

 「いつもありがとう」と西原は小さな声で言った。

 「最近どう?」

 「まぁまぁ」

 「そういや、担任がついに結婚するっていう噂を聞いたよ」

 へぇ、と彼は興味無さそうに相づちを打った。

 「あ、忘れてたけどこれ食べよ?」

 私は買ってきた箱を机の上に置く。「クリスマスには1か月ぐらい早いけど」中からいちごのショートケーキを2つ取り出した。

 「え、いいの?」

 「実は親がタダでもらってきたんだ。両親どちらも甘いもの苦手で私しか食べられないから」

 だから廃棄物処理だよ処理、と私は付け足した。

 「もしかして甘いもの苦手だった?」

 「いや、めちゃくちゃ好き。ほんとありがと」

 さっきと打って変わって、彼の目が輝きだした。

 「出世払いだから」

 私たちはしばらく無言でケーキをむさぼった。

 西原祐太は不登校状態の高校生だ。

 悪く言えば、ひきこもりの学生だ。

 彼は十一月上旬までは登校していたが、ある日を境に学校に来なくなった。

 十月三十日、ある女子生徒の財布盗難事件が起こった。その事件の容疑者として疑われたのが彼だった。

 彼が犯人だという証拠は全くなかった。しかし、彼女の財布が彼のカバンのなかから発見されたのだ。

そして、彼が犯人ではないという強い証拠もなかった。

 彼は必死に弁明したらしい。しかし、その日から犯罪者扱いされるようになった。そして、クラス全体で無視されるようになった。

 彼はそのうち学校に向かうことすらやめてしまった。

 私は彼とは違うクラスで、彼の存在すらそのときまで知らなかった。不登校になる直前の彼と、あることがきっかけで知り合い意気投合した。

 彼が教室で孤立し、疑われていることをそのとき知った。それでも私は彼を信じることにしている。

 彼の両親は共働きで、十九時までは彼しか家にいない。不登校になってから、週一で放課後に彼の家に立ち寄るようになった。

 最初は西原に暇だねとか、他にすることあるでしょ?とか言われていたけど、時間が経つにつれこの家庭訪問も次第に受け入れられるようになった。と思う。

 「誕生日でもクリスマスでもないのにケーキ食べられるなんて幸せだなぁ」と、見事に完食した彼はしみじみとつぶやく。

 「味はどうだった?」

 「うん、こんなにおいしいショートケーキは久々だよ」と、彼は幸せそうに笑った。

 「それはよかった」

 「子どものころはケーキを食べられるイベントの前夜はワクワクして寝られなかったよ」

 西原は小柄で痩せているけどけっこう大食いなのか。

 「小学校の給食でケーキ出たときは嬉しかったよね」

 「休みの人の分の余ったケーキ争奪戦が激しかった」

 「クラス全員でじゃんけんとかね」

 「毎年一回戦で負けてたよ」

 「子どもで思い出したけど」

 「ぼくたちまだ子どもだよ」

 「じゃあ小学校で思い出した」

 先週末にあった不思議な出来事を彼に話し始めた。

 親戚の純が私の家に遊びにきた。小学二年生で隣の市に住んでいる。

 純は水泳を習っており、その上達ぶりを私に披露してくれるということで、家から少し離れた温水プールに二人で遊びに行った。温泉やウォータースライダーもついている、大きめの複合施設だ。私の家から電車で20分のところにある。

 泳ぐ前にその施設の食堂で昼食をとった。私はラーメン、純は生姜焼き定食を食べた。そのとき、小学生の恋愛事情の話で盛り上がった。

 更衣室で着替え、まず二人でプールに入った。夏ではないのにけっこう人は多かった。

 純の泳ぎはなかなかのものだった。私とハンデありで競争したりした。

 泳ぎに飽きてウォータースライダーで遊びはじめたとき、異変が起きた。

 お姉ちゃんもう一回滑ろう、とあれほど私を急かしていたのに、純が一言もしゃべらなくなったのだ。

 喉乾いた?体調悪くなったの?お腹痛い?と聞いても首を横に振るだけだった。

 もう帰る?と聞くと頷いてくれたので施設を後にした。

 帰り路でガム食べる?と聞いても首を振るばかり。

 帰宅途中もついに口が開くことは無かった。私にペコリとお辞儀をして、自宅に直行するバスに乗って帰っていった。

 「っていうことが昨日あったんだけど」

 うーん、と彼は唸った。

 「その子がなぜ黙り込むようになったかってこと?」

 「そう、それがわからなくて」

 西原はしばらく考え込んでから言葉を発した。

 「藤井がなにかやらかして不機嫌になったって可能性は?」ほら、恋愛の話とかしてたじゃん、と彼は付け足した。

 「特にないと思うんだけどなぁ。恋愛トークも向こうが切り出してきたことだし」

 「実はもともと藤井のことを嫌いに思ってたとか?」

 「酷いこと言わないでよ。けっこう懐いてくれてたんだ。それに、親の教育がしっかりしてていつも礼儀正しい子だったんだよ。だからいっそうショック」

 箸の持ち方とか、食事中のマナーは特に完璧なんだから、と付け加えた。

 「じゃあ茜は関係ないと仮定して、水着が破けて恥ずかしかったとか?」

 「あ。それかも」

 「自分で言っててアレだけど、最後まで黙り込む理由にはならないか」

 「そうかな?」

 「礼儀正しかったら憧れのお姉ちゃんの前で沈黙を貫くかな?」

 「うーん、考えてみれば不自然かも」

 「あんまり想像したくないけど、事件に巻き込まれたとか?」

 「事件?」

 「小学生の脳で処理できないものを見てしまったとか。その子の身に何か起きてしまったとか?」と言って、彼は頭をかいた。

 「トラウマになりそうなこと、後ろめたいことが純に起こってしまったかもしれないってこと?」

 「このご時世、不審者がはびこってるけど」

 それは偏見だと思う。思いたい。

 「プールに来てる水着姿の小学生に欲情する不審者がいたってことはない?」

 「純がセクハラ行為をされたり、あるいはそういったことをされてる小学生を見たかもしれないってこと?」

 うん、と彼は同意した。

 「そんな人はいなかった気がするけど、人が多かったから断言できないかも」

 「プールじゃないけど実際に見たことあるんだ。挙動不審な男が一眼レフで堂々と小学生を撮影して逃げていったのを」

 「でも、その可能性は確かにあるかもね。私でもしばらくショックで口がきけなそう」

 「もう一つ、失礼な可能性を言っていい?」

 どうぞ、と促す。「どんなことでもいいよ。そのために相談してるんだし」

 怒らないでね、と彼は念を押した。

 「その子の親のどちらかの不倫現場を目撃した、とか」

 な、なるほど。「それはショックだ」

 「そのプールは純の家から離れたとこにあるようだし、現場に鉢合わせてしまったっていうこともあったりするかも」

 「確かに、プールに行くことになったのは最初からの予定じゃなかったし」

 それに。

 「あの子の両親、あんまり仲良くないんだ」

 考えれば考えるほどありえるような気がしてきた。

 あれほど私と歓談してたのに、口を最後までつぐんでしまうようなショック。

 「いずれにせよ、その子と次会うときは少し気をまわしたほうがいいかもね」

 「そうだね」

 私は力なくうなだれた。



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