こんな夢を観た「畑の中のレストラン」
空きっ腹を抱えながら、わたしは帰り道を急ぐ。
「こんなことなら、商店街で何か食べてくればよかった」後悔するが遅い。今歩いているところは、町と町とを繋ぐ連絡路だった。右は一面カボチャ畑、左は一級河川を護るコンクリートの堤防が、それこそ、どこまでもどこまでも続いている。
あんまりお腹が減っていて、いっそ畑に転がっているカボチャでも囓ってやろうか、とすら思う。
「でも、さすがに生じゃなぁ……」横目で見ながら、なんとか衝動を抑える。
次の町まで、あと2時間ばかり歩かなければならない。それまで、体力が持ってくれればいいのだけれど。
だんだんと日が暮れてきた。20メートルおきに立つ街灯が、ぽっと灯る。
辺りはいよいよ暗くなり、照らし出される白い円を頼りに進むより仕方がなくなった。灯りは、その足元こそ明るく焦点を結ぶが、境から外はすっぱりと暗い。光を求めて飛んでくる羽虫の気持ちが、今こそよくわかる。
心細さで押し潰されそうになりながら、わたしは灯りから灯りへと、渡っていくのだった。
しばらく先に、街灯とも違う、暖かみのある点が見えてきた。思わず早足になって近付いてみれば、畑の真ん中に家が建っている。
見ず知らずの他人の家であっても、こんな時には心強かった。この淋しい場所にも、住んでいる者がある。少なくとも、わたしは独りではない。
「あの家の人達、これから夕ご飯かな。それとも、もう済んだかなぁ。きっと、居間で家族そろって、テレビでも眺めてるんだろうなぁ」
そんなありふれたひとこまが、この時ほどうらやましく思えたことはない。つい、昨日だってそうしていたのに、もう何年も昔のことのような気がしてくる。
街灯を10ばかり数えた辺りで、わたしは風変わりな光景を目にした。
真っ暗なカボチャ畑を淡く緑色の光を発し、小道が延びているのだ。
「夏に捕まえた蛍を敷き詰めて、小道にしたみたいだ」
よく見れば、光の道はさっきの家へと通じている。導かれている気がして、ふらっと足を踏み出す。
小道を歩いている間、わたしの手も足も、まるでガラス管のように、ぼーっと輝いていた。足元の土に反応しているらしかった。
試しに、しゃがんで土を手にすくってみる。さらさらと、乾いた砂のようだ。雪のように冷たくて、熾った炭のようにちくちくと熱かった。
しばらくは、手の平の上でキラキラと燃え続けるが、飛び散ったあとの花火のように、すうっと暗くなってしまう。
家の前まで来てみると、「紙のレストラン」と書かれた、木の看板がぶら下がっていた。入り口には「営業中」とある。
「ああ、よかった。ここって、レストランだったんだ」わたしはほっと溜め息をつく。腹ごしらえをして、ついでに一休みしていくとしよう。
わたしはレストランのドアを引いた。
「いらっしゃい」カウンターの向こうから、50を少し過ぎたくらいのおばさんが、親しげな笑顔を投げかけてくる。ふっくらとしたほっぺは赤く、目を合わせているだけで、こちらまで幸せな気持ちになってくる。
「さ、ほら。どこでも、好きなところに座ってちょうだい。こんなところを歩いてるんだもの、あんた、きっとお腹が減って死にそうなはずだわよ」
テーブルは4組あったが、他に客の姿はない。わたしは、あえてカウンターに座った。おばさんの温かなオーラが、わたしを強烈に引き寄せるのだ。
メニューを開き、最初のページにある「カボチャ畑で踊るふくよかな妖精のリゾット」を指差し、
「これ、お願いします」と頼む。
「あいよ。待っててね、ちゃっちゃとこしらえちまうから」
そう言うと、エプロンの前ポケットから大きなハサミを取り出した。
何をするのだろう、と見守っていると、メニューを取り上げ、そこからわたしの注文した「カボチャ畑で踊るふくよかな妖精のリゾット」の写真を切り抜き始めた。
「奇妙だと思いなさるんだろ? ここに来たお客は、みなそう言うよ」おばさんは、ハサミを操る手を止めずに言う。「でもさ、うちじゃ代々、こうして料理を作ってきたのさ。召し上がってくだすったお客は、例外なしに、うまいって言ってくれるんだ、これが!」
切り進むにつれ、店内をオリーブ・オイルやガーリック、香辛料の香りが満たしていく。
「いい匂い。あ、今度はふかしたカボチャが加わった。でも、不思議ですね。紙を切り抜いているだけなのに、料理ができちゃうなんて」わたしは驚きと感心を込めて言った。
おばさんは、何でもないことのように答える。
「要は気持ちさ、気持ち。紙もハサミも、何1つ細工はないんだよ。相手に食べさせてやりたい、喜んでもらいたい、そんだけさ。簡単なことじゃないかい?」
料理はすっかりメニューから切り取られてしまう。
「そら、できた。はい、おまちどお様っ」
カウンターの上では、ほかほかと湯気の立つ、熱々のリゾットが出来上がっていた。