3
夕暮れ。美しい橙色が石造りの街並みを染めていく。
街は賑わいを徐々になくし、帰途に就く者も増えてきた。ルイスもその一人であり街から外れた住まいである農村へと足を向けていた。その顔は少しばかり疲れを見せているが、充実感も見て取れる。
「今日も楽しませてもらいましたっと」
今にもスキップでもしそうな軽い足取り。楽しませて、というのは説明するまでもないだろう。
今日のお相手は、ルイスよりも少し年上のお姉さん。豊満なバストに一目惚れしさっそく声をかけた。当初こそ、年上のお姉さんの余裕を見せつけようとしたのか子ども扱いしていたのだが。
「あんなこと言っといて、ほとんど経験ないって……。本当可愛かったぁ」
言葉にこそ出さなかったのだが、そのぎこちない言動や恥ずかしがった表情が教えてくれる。さすがに初めてではないみたいだったが、その反応はそれに近いものがあった。
おそらく、初めて見知らぬ男から声をかけられ、さらに煽てられていい気分になっていたのだろう。さらにルイスが年下ということもあり、年上の余裕を見せたかったのであろうが、ベッドの上では全く逆の展開だった。
「ほんと、経験なさすぎでしょ。あの程度で」
ベッドの上での彼女の喘ぎを思い出し、クックと笑う。ルイスにとっては特別な技術ではないのだが処女同然の彼女には少々刺激が強すぎたのだろう。いとも簡単に快楽へとはまっていく姿はルイス本人にとっても喜ばしいものであった。
もちろん、これっきりで終わらせるつもりはなく、また会う約束も取り付けておいた。もっとも、向こうが半ば意識が失いかけの状態で交わした約束であるので覚えているかは不透明であるが。
「ま、遅くなったし早く帰らなきゃなっと」
そうつぶやいて動かす足を少々速める。
ルイスの家はここ首都から森をふたつほど抜けたごく普通の農村だ。森の深部には獰猛な獣も生息しており、日中でも薄暗く不気味な通路が夕暮れ時にどのような姿なのかは説明する必要もないだろう。
最大限の安全を保つため日が落ちたのちに森を通る人は、それこそ無謀な怖いもの知らず以外皆無と言っていい。
それでも、そんな無謀な怖いもの知らずでも通らないような獣道を走り抜けるルイスは、表現するとすれば、なんといえばよいのだろうか。
本人は帰宅までの時間を少しでも短縮するためもっとも合理的な手段をとっているつもりだろうが、どこに怪我の危険性が潜んでいるのかもわからない。傍から見れば無謀なことこの上ない。
だがルイスはなにも気にしていないように何一つ顔色も変えず走り抜ける。たとえ小枝で皮膚を裂かれようと、大きめの石を踏みバランスを崩しても。ルイスにとってはこの道を通ることに、怖いだとか危ないだとか、そのような感情は持っていない。ただ、近いから、それだけの理由だ。
つまるところ、ルイスは物事をできるだけ簡潔に済ませたい人間なのだ。そのためならば、少々危険だろうが関係ないのだ。
――……て
「っ!?」
それは、村までもう残り半分といったところだった。ふと、何かが聞こえた。そんな気がして足を止める。
「なんだ……?」
あたりを見回す。暗い闇お覆われだした森は不気味なほどに静かだ。最初は獣の足音でも聞いたのかと思ったのだが生き物の気配すらない。
――……けて
「気のせい……か?」
風の音かとも思った。しかし、それにしては生々しい風音だった。
音がどこから発生しているのかも分からない。それでもルイスは森の闇へと歩を進める。
まるで、何かに導かれるように。
――……す、けて……
行き先など分からなかった。どこに向かっているのか、考えもしなかった。直感だろうか、脚はどんどん歩を進めていた。
呼ばれている。 誰かが自分を呼んでいる。
確証もなくそう思った。
――誰か……助けて……
ルイスが立ち止まったところには何もなかった。一面草に覆われた薄暗い森の中。気付けばかなり遠く、深くまできていたらしい。
そこだけ空が開け、月明かりだけがぼんやりと景色を映している。
「やっぱり……気のせいだったかな」
溜息を1つ残し、元来た道を戻ろうとした、そのときだった。
「っ!?」
ゴウッと、周りの木々を大きく揺らすような突風が吹きぬけた。かと思えばそれは一瞬の内に、何事もなかったかのように収まる。
まるで、疾風のように激しく、あっという間の出来事にルイスは、
「うわっ、すごい風…」
と、率直な感想を漏らし、風が吹きぬけていったであろう方向に目を向ける。
「なっ!?」
驚きの声をあげるのも無理はない。
先ほどまで何も、誰も居なかったその場所には。
血だらけの少女が倒れていたのだから。
カチッ……
と、何かが、積み上がる音が聞こえた気がした。
この夜空の下、不意の出会いが。
どこか、別の世界へと。名も無き物語へと。
誘っている。そんなこと、今のルイスには知る由もなかった。