2
――ウルティア大陸。
この世界の唯一の大陸であり、陸地面積の約8割を占める超大陸である。
そこには様々な民族がおり、一族の威信をかけ各地で戦乱が絶えず行われていた。
……というのも今や遠い歴史の1編となっている。激しい戦闘も国々の破滅も現代においてはもはや物語の中でしかなく、ここ400年は目立った戦争もなくまさに太平の世と言ってもよいだろう。
現在、ウルティア大陸には4つの国に分かれておりお互い友好的な関係を築いている。
東方の国、ジャバヌ。大陸の東部と幾つもの大小の島からなる国であり、首都イーセは大陸から少し離れた海上に浮かぶ都市であるのに特徴がある。
西方の国、クルタイ。大陸西部を領地とし、温暖な気候に恵まれた大陸随一の農業国であり、現在大陸に普及する技術のほとんどがこのクルタイ発祥だとも言われている。
南方の国、リグルド。国の中央部は熱帯、南端部は極寒という厳しい環境を併せ持つ。その反面領域内でしか採取されない珍しい鉱物が多く、鉱業を主な産業としている。
北方の国、ロディア。その国土全域が極寒でありそれゆえ農業もさほど盛んではない。しかし大陸の重要資源のほとんどを生産しており、これを他国に売却することで巨額の富を得ている。
これらの国が成立したのはみな時期を同じくしており、詳しい成立過程は分かっていない。唯一の資料は各国の建国神話のみであるが、なにぶん、あくまで神話であり大幅に脚色はされているだろう。そのため歴史資料としての価値はほとんど無いといってもいい。
建国後はそれぞれ独自の文化を築き、多少の小競り合いはあったもののどの国も、自国の領域を豊かにすることを第一とし、発展に力を注いできた。また、ジャバヌは主要都市が海に囲まれた島々であること、リグルドは熱帯地域と寒冷地域が並存しているという特殊な環境であること、ロディアはなんと言ってもその極寒の大地が自然の要塞として働き侵攻を至極困難にさせていた。クルタイだけがそうした自然的特長がなかったために兵力を鍛えるしかなく、大陸において最強と呼ばれる陸軍を形成した。
このように各国とも互いに相手国に侵攻するようなことはせず、ただ貿易相手として物々を交換するだけの関係として、うまく均衡が取れていた。
その均衡が崩れたのがおよそ500年前。
クルタイにおいて「銃火器」と呼ばれるものが開発、実用化した。これによってクルタイの兵力は一気に増幅し、瞬く間にロディアの主要な資源生産地を占拠。奪還を試みたロディア兵も、飛び道具といえば投石や弓矢しか見たことない彼らにしてみればそれはまるで魔術のようなものであり、弓矢以上の威力、そして目に映らない速さになすすべなく倒れていった。こうしてクルタイは大陸全土に覇権を唱える。
「――こうして始まったのが大陸戦争と呼ばれるものであり、クルタイとそれに対抗するロディア、ジャバヌ、リグルド連合軍との戦闘は、過去類を見ない凄まじいものであったとされています」
昼下がりのすこし熱がこもった部屋。初老の男性の声を目覚ましに、ルイス=アイラックはその両目を開く。少しぼやけた視界と思考が鮮明になるまで少し時間がかかったが、ああそっか、と声には出さず呟く。心地よい午後の日差しと眠気を誘う初老男性の声に誘われて寝てしまったんだったと。しかも内容はさんざん親から聞かされたりや本で知った大陸戦争に至るまでの経過の歴史。正直聞かなくてもいいような内容であったこともルイスを眠りへと誘った。欠伸を噛みしめながら左右の状況を確認する。真面目に話を聞いているものもあれば自分と同じように眠りについているものも数えるほどだが確認できた。
(今、どれ位たったんだろう)
自身の体内時計を信じるならばそろそろ、と思考をめぐらせたと同時にどこからか、リンリンと鈴が鳴らされる音が聞こえた。
「ふむ、じゃぁ今日はここまで」
と初老の男は数冊の本を片手に部屋から出ていく。それと同時に室内ではざわざわと雑談の声が大きくなる。ルイスも大きく背伸びをし、溜まっていたものを絞りだすように伸びをする。そんなとき、背中をつつかれる。
「ん?」
「随分とお休みでしたねぇ」
そこにはよく見慣れた顔が座っていた。と言っても後ろに座ってることは知っているので、誰だ、とは思わなかったのだが。
「あー、アイ? 俺どれくらい寝てた?」
「もうずっと。先生が話し始めてすぐ、かな」
そうやって呆れ顔を見せる少女の名はアイシャ=ユーリウス。茶色の髪を肩まで伸ばし、貝で造られた首飾りを施している。少し吊り上った目は、しかし相手を睨みつけるというような印象を与えることなく緩んだ口元も伴って、相手を安心させる。ルイスの幼馴染であり、本人はお姉さんぶっているが、ルイスからすればいい迷惑である
「べつにいいだろ? 大体のことはもうみんな子供のころに聞かされるし、聞かなくても」
「まぁそうだけど……そういうんじゃなくてさー」
アイシャの言いたいことがわかるルイスは、はいはいと適当に手を振って軽く流す。学校に通わせてもらっているのだから、ちゃんと授業くらい受けろと言いたいのだろう、と。
「大丈夫だって。きちんと通ってる分の元は取らせて頂いております」
「元とかそういうんじゃなくてさぁ……。はぁ、もういいや」
おちゃらけた態度をとるルイスに、1つ溜息をつく。
「で? 今日も稽古もせずに町に行くの?」
「もちろん」
「ルイス、最近だらけてない?」
「いいのいいの。どうせあんな剣術使い道ないんだから。今じゃ近寄る前に火器で撃たれて終わりだよ」
ルイスの言うとおり、剣と銃火器とでは勝敗は火を見るより明らか。火器が発明される前であれば剣と剣を突き合わせる戦闘が一般的であったので剣術も有効な稽古であったのだが、今となっては単なる格式的なものでしかない。
そんなものを習う気などルイスには更々なく、そんなことよりもクルタイ最大の都市アルブルグに通えるようになったのだ。家で何の役にも立たない剣術よりも町をうろつくことによって見聞を広げること(決して遊んでいるわけではない、とルイスは言う)のほうがよっぽど有意義なことだと考えていた。
「そんなこといって……私、ルイスが何してるか、知っているんだよ?」
「……ハハハ、ベツニヤマシイコトハナニモ?」
「……別にルイスの女癖の悪さは昔から知ってるからどうでもいいけど。ほどほどにしないさいよね」
いつか刺されても知らないわよ、と腰に手を当ててジト目でルイスをにらむ。
ルイスは、昔から女に好かれる。目、鼻、口、顔のすべてのパーツが端正なバランスをしており、きれいなブロンドの短髪もさわやかな印象を与える。昔から剣術で鍛えていたからか筋肉も程よくついて引き締まった身体をしており容姿にはかなり恵まれている方だろう。またそのおちゃらけた性格と、だれとでも仲良くなれる社交性からか放っておいても女が寄ってくる。
「大丈夫。ばれてもそこから皆で楽しめるように持っていくからさっ」
「やっぱり刺されればいいと思う」
爽やかになかなか最低なセリフを吐くルイスに、女の敵め、と言葉を切りつける。
ルイス=アイラック。この街に通うようになって2か月。関係を持った女の数ははや2桁を超えている。正真正銘の、すけこましである。童貞を卒業したのが13歳の時、同じ村に住んでいた6つ年上のお姉さんであり、もちろん誘ったのはルイスからである。
「じゃぁ今日も見聞を広げるために街へ行ってきやす」
敬礼して一人去っていくルイスにアイシャは、ろくな死に方しないわよっと言葉を投げかけるのであった。