大学生・鹿留夜弦の失敗
京都市、それは日本国本州近畿地方京都府の県庁所在地にして、日本に二十しかない政令指定都市の一つ、
平安時代から残る屋敷や建物が街中に立ち並び、古き良き日本を絵で描いたような街である。
外国人観光客が満場一致行きたい観光地ナンバーワンとされ、修学旅行での有名な旅先の一つとされている。
主なお土産は八ツ橋、京野菜、抹茶等々……
以上が、表での京都市の概要である。
これから本題である。
途中退席は認めない。
京都市、他の県庁所在地や政令指定都市とは違い、大学の学習内容は多いに逸脱していた。
その詳しい内容は不明だが、天才奇才を生む京都市の決まりが組まれているらしく、県外の人間は教員だろうと知ることは出来ない。
その中でも、学習内容とは別の政策があることは県外県内の一般市民共に知られていない。
その名は、『大学戦争』と呼ばれていた。
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鹿苑寺金閣館
創立五百年をほこる京都市北区屈指の大学校で、京都市で特に有能な人材が育成される『伍学陣』の一つとされている。
その大学に今春入学した『鹿留夜弦』は、一般ではあまり知られていないはずの『大学戦争』の事を知っており、
なおかつ知った上で普通の学生として過ごそうという淡くも強い願望を馳せていた。
何気無い学生生活が一ヶ月ほど過ぎて、黄金週間という夢のような長期休日を経た頃、
中間テストを数週間前に控えたある日に、夜弦はとんでもなく取り返しのつかない失敗をしてしまう。
その内容は、これから話す。
「……あれ?」
五月十二日、テスト勉強として図書館に一時間ほど篭っていて、帰ろうとした時、
白黒の虎縞模様の髪に、黒ぶちのメガネをかけた男子学生、夜弦は空き部屋であるはずの部屋の扉が、開けっ放しになってるのを発見した。
鍵もかけてない。なんとも不用心な。と夜弦は思いながら、その部屋の扉を閉めようとドアノブに手をかけた。
すると偶然、夜弦はその部屋の中を覗いてしまう。
どうせ何もないだろうと、そんな軽い気持ちで目線をそちら向けたのだ。それが鹿留夜弦の失敗である。
覗くと、そこはまるで修練場のように広い部屋だった。床や壁に無造作に穴があいてると思えば、床には血を拭き取った跡がある。
壁の方に目線を移すと、物騒な鎌や鋭いノコギリがぶら下がっていて、あとかすかに血の色がついていた。
夜弦は悟った。これは俺が来るべきではない場所であると、
何か失ってしまうような感じを憶えながら、部屋の扉を閉めようとした。
「そこでなにをしている?」
突然、後方から凛とした女性の声が飛んだ。
振り向くと、女性が立っていた。
しかし、自分の身長よりも一回り小さく、高校生なのかと尋ねてしまうほどだ。
今時、というより現実的にはおかしな赤髪のポニーテール。
軍人を思わせる鋭い眼光、凛とした大和撫子のような顔立ちに、膝丈くらいあるスカートにバッシュ。
そんな出で立ちをしていた。
「あっ、あの……」
「……まさか、貴様校外のスパイか?」
何故か相手をお前、とは呼ばず貴様、と軍人じみた二人称で呼んだ。
しかも、何やら変な単語も出ている。
「こ、校外のスパイ……?」
「白を切るのも今のうちだ。貴様の知っている事を吐かせて貰う!」
そう叫んで、女性は行動を開始した。
足をあげた、と思いきや、その足で、夜弦の側頭目掛けてハイキックを放った。
「ぬぁっ!?」
間一髪夜弦はかわす。
しかしかわしはしたが、少し後ろによろけた。
その瞬間を、女性は見逃さない。
女性は素早く、夜弦の肩を押し、床に押さえつけた。
一瞬で、夜弦は倒れ、その上に女性が跨るという体制になった。
この状況において、夜弦は危険だと判断させた。
「貴様はどこの所属だ?『伍学陣』傘下の連中か?」
なんとかしようにも、馬乗りで押さえつける彼女の力が強く、跨るついでに両手も足で抑えられ、どうしようもない状況だった。
「お、俺はただの大学生だ!それでも疑うなら、俺のショルダーバックの財布から学生証を見るといい!」
「…………」
それもそうだ。と無言の見解をして、女性は未だに俺の肩にかけてあるショルダーバックから財布をひったくると、そこから一枚の学生証を取り出した。
名前:鹿留夜弦
年齢:18
性別:男
そして顔写真が添付していた。
女性は、学生証と夜弦を三度交互に見てから、夜弦から立ち上がった。
「申し訳ない。最近ギスギスしていたのだ」
「そ、そうですか……」
手を差し伸べてきたので、それに甘えて夜弦はその手を掴んで立ち上がる。
「わたしは『伝快』という。戦争部実行部部長をしている」
「実行部?」
「あぁ、あの部屋を見たからには説明せんとな、戦争部とは、この京都市を戦場とし、一般人に知られる事なく秘密裏に行われる『大学戦争』の実行役だ、で、『大学戦争』とは……」
快という女性は、夜弦に対し『大学戦争』の概要を説明し始める。
断っておくが、夜弦は『大学戦争』を知っている。何故彼がそれを知っているかと言うのは、ここでは語らない事にする。
「……というのだ。わかったな?」
「はい」
本当は全部知ってるので、少し聞き流していたが、とりあえず聞いていたことにしよう。と夜弦は思った。
「では、俺はこれにて」
「待て」
さっさと逃げるようにそこから去ろうとするが、快が襟を掴んできたので失敗に終わる。
「貴様、まさかこのまま帰れると思っているのか?」
「……と、いいますと?」
「貴様は、一般人でありながら戦争部を目撃したのだ。本来ならここで始末するはずなのだが」
始末するつもりだった。
「わたしの一撃を、素人ながらかわすとは驚きだ。ただの一般人であれは即死だぞ」
「そんなものを俺に向けてたんですか」
「だからだ。だからこそ、貴様は戦争部に居る意味がある」
しまった。と夜弦は思った。
これが、鹿留夜弦の失敗であった。
夜弦の淡くも強い願望は、この戦争部実行部部長・伝快の一言によって崩れた。
「これより貴様は、戦争部実行部として入部しろ」
鹿留夜弦の人生に置いての失敗談の一つが、誕生した瞬間である。