♯1-5
「――仕方がない」
背後で死神が呟いた。その刹那、恭助の耳もとで鋭い風が鳴り、刃の切っ先が首筋をかすめる。ほとんど反射的に飛び退き、それを避けた恭助は、思わずその場にしりもちをついてしまった。「な、何するん……」恭助に立ち上がる隙も与えず、死神は容赦なく、鎌をふり上げる。
「【扉】が開かないのならば――私がこの手で、お前を“あの世”に送り出すまでだ」
「ちょ……ちょっと、待っ」
有無を言わさず、死神は鎌をふり下ろした。
白い閃光が走る――研ぎすまされた刃は、確実に恭助を捉えている。彼は、思わず目をつむった。喉の先まで恐怖がこみ上げてきたが、それは悲鳴にはならなかった。一瞬だった。恭助は、目まぐるしく蘇る記憶の渦に、ただただ呑みこまれていくような感覚をおぼえた。きっと、次に目を覚ましたら、“あの世” かどこかにいるのだろう。そう確信しながら――しかし。
次の瞬間、彼の瞳に映ったのは、呆気にとられた死神の姿だった。
「なぜ、このような力が……」
灰色の瞳には、わずかながら動揺の色が浮かんでいた。
死神は、鎌をふり下ろした体勢のまま固まっている。しかし、その手には何も握られていない。いったい、何が起こったというのだろう。恭助は、上半身を起こしながら、そこにあったはずの物を探す…………あった。死神の鎌は、外灯に照らされた樹木の根もとに転がっていた。
「まさか、お前は……」
未だに状況を呑みこめていない恭助を前に、死神はぽつりと言葉をもらした。
「お前は“候補” なのか?」
「え?」
恭助は小さく首をかしげた。
「いや、そうにしろ、そうでないにしろ……ひとまず “ヤツ” のところへ行かねばなるまい」
「やつ?」
恭助の問いかけには答えず、死神は独り言を呟きながら、鎌を取りに向かった。その代物を軽々と担いで戻ってくるなり、
「ついてこい」
そう言い残して、死神はさっさと歩きだしてしまった。彼は恭助をふり返りもせずに、ローブの裾をはためかせながら、足早に丘をくだっていく。疑問を投げかける間もない。恭助はしばらく唖然としていたが、「ちょ、ちょっと待ってよ!」と慌てて立ち上がり、遠ざかっていく彼の後ろ姿に追い縋った。