#10ー4
グロリアが連行されていくのを見送ったあと、恭助たちは情報屋の喫茶店に足を運んだ。店内には誰もいない。エルにうながされ、恭助と死神はカウンター席に腰かけた。
「またこうやって、恭助と一緒にお茶を飲むことが出来るなんて──“死神”であることに感謝しなくてはね」
恭助も同じことを思っていた。
「伯父さん……いや、局長?」
急にかしこまったような口調になる恭助に、「伯父さんでいいよ」
と、エルはやさしく微笑んだ。
「伯父さん、僕……」
何も出来なかった。
恭助は泣きそうな表情で口ごもった。
エルがその心中を察したのかどうかは定かではない。
「お前はよくやったよ、恭助」
「え? で、でも……」
恭助の目の前にコーヒーの入ったカップが置かれた。香ばしいかおりが鼻をくすぐる。懐かしい、と恭助は思った。生前はよくこうして、二人でコーヒーを飲んだものだ。もっとも、今は二人だけではない。死神は眉をしかめながら、「私はもっぱら紅茶なのだが……」
と、小声でぼそりともらした。
何かかけようか、とエルはカウンターの隅に置かれた蓄音機に手をかけた。脇に積まれたレコードの中から適当なものを選んで、「これがいい」
恭助が好きだった洋楽アーティストの曲だ。
波打つように刻まれるピアノの旋律が耳に心地よい。
しばらくのあいだ、そこには穏やかな時間が流れていた。恭助にとって、もう二度と戻れないと思っていた、しあわせな時間だ。彼らは音楽を聴きながら、ゆったりとコーヒーを楽しんだ。
死神もそれを気にいったようで、「悪くはないな……」
と、カップの中身を飲み干して息をついた。
「恭助はどうしたい?」
曲が終わったところで、エルはおもむろに尋ねた。
「──“死神になる”か、“あの世へ行って転生する”か、好きな方を選ぶといい」
「ぼ、僕は……」
恭助は口ごもった。
あの時、グロリアと対峙した彼は、一度だけ決意していた。“死神になって、この悪夢を終わらせる”と──しかし、今。完全に悪夢は姿を消していた。
これから先も、大好きな伯父や死神といっしょにいられたら、どれほどしあわせだろう。しかし、恭助が気がかりだったのは、“ちいちゃん”の存在だった。生まれ変わって、もう一度彼女に会いたい。その時こそ、伝えたい。自分の本当の気持ちを──恭助の心中を察したかのように、「──まあ、まだ時間はあるから」
と、エルはにっこり微笑んだ。
「それにしても、驚かされたな。君が真っ赤な薔薇の花束をかかえて、僕の前に現れた時には」
「あ、あれは……」
死神は恥ずかしそうに目を伏せた。
「本当は“禁則事項”なんだけど、今回だけは見逃してあげるよ。君の働きのおかげで、小林さんも恭助の死を乗り越えられたみたいだからね」
「きょ、恐縮だ」
死神はぎこちなく答えた。
「何より、グロリアを逮捕できたのは君たちのおかげだ。死神局の局長として、感謝するよ。Au1208」
エルは誇らしげにそう言った。
「伯父さん……」
恭助は不安げに切り出した。
「“あの世”ってどんなところなの?」
「ああ、それは人それぞれだよ」
エルは曖昧に答えたあと、「実際にはこの世界とあまり変わらない。ただ、奇麗なところだとは思う。“あの世”自体は死神の管轄じゃないから、何とも言えないんだけど……」
「そうなんだ」
恭助は少し安堵したように息をもらした。
エルは自分のコーヒーを飲み干したあと、「じゃあ、私はそろそろ死神局に戻るとしよう。面倒な手続きが待っているからね」
そう言って苦笑をもらした。
「伯父さん、また会えるよね?」
「ああ、もちろんだ」
彼はローブを羽織りながら、にっこりと微笑んだ。




