#10ー3
「恭助!」
階下にいた死神はすんでのところで恭助を受け止めた。
「大丈夫か?」
「う、うん……僕」
「遅くなってしまって申し訳ない」
二人は声のした方を見てぎょっとした。
大階段の踊り場に佇む黒い影。それは、まぎれもなく“猫”だったからだ。黒い艶やかな毛並み、宝石のように光る瞳──“彼”は恭助のほうを見て、ぱちりとウインクした……ように見えた。恭助はハッとしながら、「公爵様?」
「ああ、そのとおり」
猫は嬉しそうに答えた。
「馬鹿な……」
死神は信じられないというふうに、目をぱちくりさせた。
「まあ、これはいわゆる“仮”の姿なんだけどね」
二人の心中を察したかのように言って、黒猫はくるりと宙返りをした。あたりに白い霧が漂い、彼の姿をしだいに覆い隠していく。やがて、“彼”はひとりの人間の影になった。霧が晴れていくにつれ、その全貌があらわになっていく。ぴしっとした白いシャツ、黒のベスト、緑色のネクタイ。短めの茶髪。皺ひとつない若々しい肌──その男性は黒いローブを肩に担がせながら、「やあ、ひさしぶりだね。恭助」
「伯父さん!?」
恭助は素っ頓狂な声を上げた。
「どういうことだ?」
死神も呆気にとられたようすで、「お前はたしか、自殺を図って……」
「ああ、それにはちょっとした事情があってね」
恭助の伯父・神宮司は二人に歩み寄り、にっこりと微笑む。
「この霊体に戻るためには、ああするしかなかったんだ──心配をかけてしまったみたいで、申し訳ない」
「ほんとうに伯父さんなの?」
「ああ、恭助」
恭助は懐かしいやら、申し訳ないやらで気持ちがいっぱいになりながら、「ごめんなさい、僕……あの時のこと、ずっと謝りたくて」
「いいんだ」
神宮司はやさしく言って恭助を抱きしめた。
「何故、部外者のお前がここにいる?」
死神は訳も分からずじれったそうに口をひらいた。
「ああ、実はね──」
神宮司はそう言って恭助を腕から解放したあと、「私は“神宮司 透ではない”んだ──実の名は、エル。死神局で“局長”をやっているよ」
「局長だと?」
死神は驚きを隠せなかった。
死神局の局長・エルは不在と聞かされていたのである。
「ああ、君が知らないのも無理はない。何しろ、“君が死神になった頃”には、私はすでに人間としての生活を営んでいたからね」
「人間としての生活……?」
「もちろん、調査の一環としてだよ。【死神くずれ】のね──私はその中で恭助と出会い、この子が狙われていることを知った。ちょうど、10年前のことだよ。だから、保護する目的で一緒に暮らしていたんだけど……ああ、【死神くずれ】が上層部の中に潜んでいることは感づいていたけどね。まさか、彼だとは思わなかったよ」
エルはそう言って踊り場を見上げた。
グロリアは苦痛に呻いている。
「伯父さんは“死神”だったの?」
「ああ、そうなんだよ」
彼はにっこりとしながら、「騙しているつもりじゃなかったんだけど……ごめんな、恭助」
恭助は力が抜けたように、その場にへなへなと座りこんだ。今までの恐怖から開放され、安堵すると同時に、伯父が死神だという事実に戸惑いを隠せなかった。
死神も呆然とするより他になかったようだ。
「局長!」
ホールに可愛らしい声が響きわたった。
モノローグだ。黒いローブに身を包んだ彼女は、嬉しそうに恭助たちのもとへ駆け寄るなり、「無事だったみたいね、よかった……」
と、安堵したように胸をなでおろした。
モノローグの背後から二名の死神があわててついてきていた。きっと彼女の部下だろう。彼らは恭助たちに向かって一礼したあと、「──局長殿」
「ああ、ご苦労さま」
エルはにっこりと微笑んだあと、「グロリアを頼んだよ」
「了解しました」
モノローグは部下たちを引き連れ、大階段の踊り場に向かった。グロリアは片手で目を押さえながら、「馬鹿な……貴様は我が葬り去ったはずなのに!」
「ええ、一度はね」
モノローグは縄を取り出し、鳴れた手つきでグロリアの身体を拘束しながら、「局長が助けてくださったのよ。もちろん、ゼロのこともね」
「シュヴァルツは……」
「すでに拘束ずみよ。一足先に“取調べ”を受けているわ」
グロリアは悔しそうに唇を噛みしめた。




