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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 10 章「再会」
44/48

#10ー2



「──チェック・メイト」

 グロリアの細い手が恭助の肩に触れた。

「もう、君を守ってくれる“駒”はどこにも存在しない……さすがのAu1208も、君の“騎士ナイト”にはなれなかったようだ」

「逃げろ、恭助……」

「おやおや、まだおしゃべりできる余力があったとはね」

 グロリアは忌々(いまいま)しそうに言って、死神の腹部をブーツの先で蹴飛ばした。死神は小さく呻いたあと、にげろ、とうわ言のように呟いた。グロリアは死神が何か言おうとするたびに、その行為を繰り返した。恭助はすがるような声で、「やめて!」

 グロリアは鼻で笑ったあと、「理解わかっただろう?」

 恭助には理解できなかった。

 グロリアの理想も、考え方も、何もかもすべて──彼の理解の範疇はんちゅうを超えていた。もう誰にも傷ついてほしくない。グロリアさえいなければ、こんな事態にはならなかっただろう。ゼロも、モノローグも、死神も、自分自身でさえも……これほどまでに傷つくことはなかったはずだ。この世界を“ゲーム”だと割り切り、何もかもを手のひらでもてあそぶグロリアを、許せない──恭助はそう思った。

 恭助は床に転がった鎌を拾い上げ、込みあがる恐怖を必死に押し殺しながら、「──“死神”になる」

「ほう?」

 グロリアは意外そうな顔をした。

「“死神”になって、この悪夢を終わらせる!」

 恭助は思い切って鎌を横ざまにふった。その刹那、つう、とグロリアの頬にひとすじの血が流れる。彼はそれを指先でぬぐいながら、あからさまに不機嫌な声色で、「我の顔に傷をつけるとは……たいしたものだね」

 恭助は震える手で鎌を操りながら、何度も、何度も横ざまにふった。今度はグロリアの身体をかすりもせず、ことごとく避けられていく。恭助の攻撃を軽々とかわしながら、「面白い──君、“死神”の素質があるよ」

 グロリアは皮肉たっぷりに言った。

 やがて恭助は息を切らせながら、たまらず床に膝をついた。からん、と空虚な音を立てて、足元に鎌が転がる。

 グロリアはその瞬間を逃さなかった。



「今度こそ、終わりだね」

 グロリアは恭助を羽交い絞めにしながら、耳もとでそっと囁いた。

「まったく、手間をかけさせてくれるよ」

「嫌だ……放して」

 グロリアの手が恭助の口をふさいだ。

「可哀想に」

 グロリアはそう言って、恭介の頭を撫でた――“悪夢”の断片が彼の脳裏をかすめる。次の瞬間、彼らの前に水晶玉のような球体の映像が映し出された。


 激しい雨の中、傘もささずに歩いている恭助。

 罵声をあびせられながら、じっと耐えている恭助。

 家に帰ることが出来ず、公園で泣いている恭助。

 学校の屋上でひとり、絶望に打ちひしがれている恭助。

 小さな刃物を手首にあてがっている恭助。

「やめて……」

 それらは全部、思い出したくもない過去の自分の姿だった。恭助の意思に反して、映像はせきをきったように流れていく。やがて、10年前の事故を通り過ぎ、入院先で伯父と出会った場面に映像が切り替わる。伯父に出会ってからの数年間は、今までの人生で一番しあわせな時期だった。しかし、伯母の死後、恭助は伯父とも距離を置くようになった。それは、恭助がまわりから“死神”と言われつづけてきた故だ。初めての一人暮らし、喫茶店<memento moriメメント・モリ>でのアルバイト。“ちいちゃん”、小林との出会い。そして、場面は“あの日”──雪がちらつく昼下がりの交差点。恭助が横断歩道に飛び出した瞬間で終わった。横断歩道には、彼以外に誰もいなかった。

 恭助は恐怖に打ち震えながら、横たわっている死神に目をやった。彼は微動だにしない。呼吸をしているのかさえも、わからない。

 不安がる恭助の心中を察したのか、グロリアは、「ああ、彼は“まだ死んでない”よ」

「心配しなくても大丈夫。死神も人間と同様、そう簡単には死なないからね──彼は我が責任をもって“処分”してあげるさ」

 恭助はぐっと唇を噛みしめた。

 怒りにも似た感情が心の底から沸きあがってくるのに、何も出来ない。

 今まで死神と過ごした一部始終が、走馬灯のように脳裏によぎる──最初は、ただの冷淡な男としか思えなかった死神。名前を拒んだ死神。ゼロに声を荒らげる死神。モノローグに呆れ果てる死神。恭助は死神の笑った顔を一度も見たことがなかったが、彼は彼なりに、感情をもっていた。恭助のことを親身に考えてくれた。そんな死神に親しみを覚えるようになっていたのも確かで……何より、10年前の事故で恭助を助けてくれた、かけがえのない恩人だ。

 死んでしまった彼にもう一度会えたら──そう思っていたのも事実で。

 恭助はあふれだす記憶の洪水に溺れながら、じっと目を閉じた。



「――見くびられては困るな」

 次の瞬間、グロリアの首筋に鎌の切っ先があてがわれていた。死神だ。彼は肩で息をしながら、「恭助を放してもらおう」

「断る」

 グロリアは恭助を抱きかかえ、すばやく背後に飛び退った。鎌の切っ先が勢いよく空を切る。あたりに薔薇の花びらがぶわりと舞った。

 大階段の踊り場まで駆け上がったグロリアは、「そこまでだよ」

 そう言って、恭助を背後から羽交い絞めにした。

「この子がどうなってもいいのかな?」

「…………」

 死神は悔しそうに表情をゆがめた。

 グロリアは鼻で笑ったあと、「惜しかったね、Au1208──これでもう、誰にも我の邪魔はできない」



「それはどうかな?」

 ふいにどこからともなく声がした──それは、男性とも女性とも思える中性的な、透明感のある響きだ──その瞬間、グロリアと恭助のあいだを、すさまじい速さで黒い影が横ぎった。何者なのかはわからない。しかし、その一撃がグロリアを再起不能にするには十分だったようだ。

「ああっ……」

 グロリアは苦痛に呻いて、両手で目を覆った。指の隙間から赤い涙が滴り落ちている。彼は思わず恭助の背中を突き飛ばし、踊り場にうずくまった。




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