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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 10 章「再会」
43/48

#10ー1



 情報屋の内部はしんと静まり返っていた。

 ぱちり、死神が指を鳴らした瞬間、まわりの職代にいっせいに火が灯される。蝋燭の炎が、あちらこちらに散らばっている書類や武具、彫像の残骸ざんがいを不気味に浮かび上がらせた――誰もいない。

 死神は足元に転がった鎌を拾いながら、「死神局へ行こう」

「し、しにがみきょく?」

「ああ……情報屋ここの【カラス便】は使えない。直接、出向いて事情を説明する」



「――そうはさせないよ」

 突如として、りんとした声が響きわたり、二人のまわりを【亡魂ロスト】たちが取り囲んだ。その刹那せつな、背後の扉が音を立てて閉まった。逃げ場はない。相手はざっと十二名。死神は、次々と襲いかかってくる亡魂に鎌をふるいながら、「貴様!」

 と、大階段の踊り場にたたずむ人物に向かって声を荒らげた。

 グロリアだ。

 彼は口元に笑みを浮かべながら、シルクハットを脱ぎ捨てた。ふわり、とゆるくカールした紅い髪が揺れる。グロリアは一輪の薔薇をもてあましながら、「おやおや、仮にも“上司”に向かってその態度はどうかと思うよ――Au1208(エー・ユー・イチ・ニー・ゼロ・ハチ)」

 死神は答えずに鎌をふるった。

 亡魂たちは次々に金色のちりと化していく。

「モノローグは……」

「ああ……まったくもって、馬鹿な奴だよ。ワレにかなうはずもないのにねえ。まあ、これだけ早い段階で我の正体に気づいたことは、褒めておいてあげたさ」

「く…………」

 死神は周囲の亡魂らを一掃したあと、悔しさをにじませながらグロリアを睨みつけた。

「見事だよ、Au1208」

グロリアは微笑を浮かべ、拍手をしながらゆっくりと階段を降りてくる。死神は恭助を背後にかばいながら、「それ以上、近づいたら容赦しない」

 と、鎌を両手で構えなおした。

「やはり、君は優秀な死神だ――そう、優秀すぎるくらいにね。だけど、所詮しょせんは“ただの死神”に過ぎないんだよ」

「何が言いたい?」

 グロリアは小さく鼻で笑った。



「こういうことさ」

 グロリアが指を鳴らした瞬間、恭助の脳裏に“悪夢”の断片がよみがえった。否、それは悪夢よりもたちが悪い記憶だった。彼は思わず耳をふさぎ、その場に膝をついた――叫びだしたくなるのを懸命に押しこらえながら、恭助は固く目を閉じる。まぶたの奥に焼きついた、記憶の一部。それは思い出したくもないトラウマだ。何もされていないのに、身体中に痛みが走った。大小、さまざまな影が恭助の前に現れては消え、現れては消えた。当時の恭助には、それらの行為をこばむことさえも出来なかった。ただ受け入れることしか出来なかった。

「う……ああ」

 恭助はついに頭を抱えて床にうずくまり、動くことが出来なくなってしまった。身体の震えが止まらない。彼は、何度も何度も謝罪の言葉を口にした。まるで、何かに取り憑かれたかのように。

「何をした」

 死神は訳もわからず、恭助のそばに膝をついた。

「これが我の能力さ」

「能力だと?」

 グロリアはにっこりと笑みを浮かべながら、「記憶を操作し、幻覚を見せることができる能力――しかも、当事者にしか影響はでない。まわりからすれば、気が狂ったようにしか見えないだろうね。素晴らしいだろう?」

「貴様…………」

 死神は怒りを滲ませた。

「こんなことをして、いったい何になるというのだ?」

「――神、だよ」

 グロリアは恍惚こうこつとした表情で答えた。

「このくだらない世界を破壊して、一から世界を創造するのさ――そのためには、どうしても必要なんだよ。そこで悶絶している“彼”の魂が、ね」

「10年前の事故にも貴様が関与していたのだな」

「ご名答」

 グロリアは満足げにうなずいたあと、「もっとも、君も無関係ではないんだけどね」

「何?」

「君も“当事者”なんだよ、Au1208」

 訳がわからない。

 死神は眉間にしわを寄せながら、まっすぐグロリアを見据えた。薔薇をもてあましながら、この状況を愉しむように笑っている男を、もはや自分の上司とは思えない。

 グロリアは小さく鼻で笑ったあと、「――10年前。そこの“彼”を助けたのは、君なんだよねえ」

「馬鹿な……」

 死神はそう呟くや否や、すばやく鎌をいだ。

 はらり、はらりと粉々になった赤い花弁が床に落ちる。グロリアは相変わらず余裕の笑みを浮かべながら、「お見事――だけど、これはどうかな?」



 次の瞬間、死神は鎌をかなぐり捨て、うずくまる恭助を全身でかばっていた。彼は小さく呻いたあと、勢いよく横ざまに倒れる。ばさり、恭助の目の前に白い髪が揺れた。

「しにガミ!」

 ようやく悪夢から開放された恭助は、微動びどうだにしない死神の身体を揺さぶった。彼の背中には、百を超えるであろう薔薇が突き刺さっている。苦しそうに呻く死神の姿を見て、恭助は思わずハッとした。それはグロリアが見せた幻覚の一部かも知れない。しかし、10年前に彼を救ってくれた青年の姿と、死神の姿が重なって見えたことは確かだった。

「はて、どこかで見た光景だねえ」

 グロリアはわざとらしく首をかしげた。

「ああ、忘れもしないさ……10年前もこんな感じだったよ。Au1208──いや、守城かみじょう 英一えいいちと呼ぶべきかも知れないね」

 その言葉に恭助は目を見開いた。

「それって、まさか……」

 グロリアはにっこりと笑みを浮かべながら、「その“まさか”だよ。まったくもって、不思議な縁もあったものだ。10年前に君を助け、生まれ変わることなく“死神になった彼”が、またしても君を助けたんだから……いやはや、これは傑作だね」

「ほんとなの?」

 恭助の言葉に死神は答えない。

 彼は息をするだけで精いっぱいというていだった。

「まあ、こいつに覚えていろというほうがこくだろうね。なにしろ、人間だった頃の記憶は“抹消まっしょう”されてしまっているんだから」

「そんなことって……」

 恭助は愕然がくぜんとするしかなかった。

 グロリアが一歩、一歩、ゆっくりと近づいてくるたび、恐怖がこみ上げる。恭助はそれを懸命にこらえながら、死神の背中に刺さった薔薇を、震える指先でそっと抜いた。一本、また一本。死神は苦痛に顔をゆがめながら、「逃げろ、恭助…………」

 それが彼の精いっぱいの言葉だった。




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