#9ー1
喫茶店【memento mori】を飛びだした彼らは、真夜中の商店街をひたすらに駆けた。シャッターの下ろされた店を通り過ぎ、薄暗い路地を抜け、静まり返った住宅街へ――角をまがったとたん、彼らはどちらともなく足を止めた。
正面の外灯の下に、すらりとした人物が立っている。
誰だろう。
もしかしたら、【亡魂】の残党かも知れない。
死神は恭助を背後にかばいながら、その人影に目をこらした。
「お、お前は……」
彼らの前に姿をあらわしたのは、シュヴァルツだった。
「後始末はもう済んだのか?」
「ええ、おかげさまで」
シュヴァルツはにっこりと微笑んだ。その手には、長い剣が握られている。彼はそれを肩に担がせながら、小さくため息をもらした。
「たいしたものです、Au1208」
「何の話だ?」
シュヴァルツは小さく笑ったあと、質問には答えず、「ひとつ、良いことを教えてさしあげましょう……ゼロは、【死神くずれ】ではありません」
恭助は小さく息を飲んだ。
「なんだと?」
死神も心なしか動揺しているようだった。
「何故、お前がそんなことを……」
「愚問ですね。わたくしが何百年この仕事をしているとお思いです?」
ゆっくりとした足取りで近づいてくるシュヴァルツに、死神は訝しげな視線を向けた。灰色の瞳に緊迫の色が浮かぶ。蒼白い月明かりのもと、不気味な沈黙が漂った。シュヴァルツは、相変わらず取ってつけたような笑みを浮かべながら、
「それは、さておき……」
次の瞬間、鋭い風が飛んだ。
刃の切っ先が死神の鼻先をかすめる――反射的に身を逸らした死神は、恭助の腕をひいて飛び退った。
「Au1208……あなたには、ここで消えていただきます」
死神は瞬時に、振りおろされた刃を両手で受け止めた。白い肌に血が滲む。彼は少し表情を歪めながら、
「逃げろ、恭助!」
「で、でも……」
「私のことは心配するな!」
恭助は慌ててうなずき、勢いよく駆けだした。
「──まったく、無茶をなさいますね」
シュヴァルツは嘲るように笑った。恭助の姿が闇に消えたのを確かめてから、死神はようやく刃から手を離した。蒼白く映しだされた地面に、ぽたり、ぽたりと赤黒い血が落ちる。
「何故、こんなことを……」
「あなたが知る必要はありません」
シュヴァルツは冷たく言い放って、再び剣を死神に向けた。
鋭い一閃――間一髪、それを避けた彼は、宙を舞いながら鎌を拾い、勢いよく横ざまにふった。シュヴァルツはそれを軽々と躱し、相手の胴体を蹴る。死神は一瞬、苦痛に表情を歪め、よろめきながら次の一撃を避けた。
シュヴァルツは容赦なく剣をふり下ろす。刃の切っ先が、何度も何度も死神の頬をかすめた。地面を転がりながら回避した彼は、素早く身を翻し、シュヴァルツの背後に回った。重い金属音とともに、剣が天高く弾き飛ばされる。それは空中で何度か回転したのち、からんと地面に転がった。
「そこまでだ」
剣を拾おうと身をかがめたシュヴァルツの首筋には、すでに死神の鎌があてがわれていた。
「さすがですね……」
シュヴァルツは諦めたように両手をひろげた。
「やはり、“あの方”に見込まれただけあります」
「あの方?」
「わたくしの口からは申し上げられません」
「お前、自分の立場がわかっているのか」
死神は怒りを滲ませながら声を落とした。
「立場?」
シュヴァルツは小さく肩をふるわせながら、込み上げる笑いを堪えもせずに、「立場を弁えるべきは、あなたの方ですよ……Au1208!」
その刹那、死神は絶句した。彼のまわりを異形の者達が取り囲んでいる――【亡魂】だ。その瞬間をシュヴァルツは逃さなかった。身をかがめ、刃の切っ先から逃れた彼は、自らの剣を拾い上げ、「わたくしが何の策もなしに、あなたと対峙するとでも?」
「お前が……お前が、【死神くずれ】だったのか!」
「さあ、それはどうでしょうね」
「姑息な!」
死神はまわりの亡魂を相手に鎌をふるいながら、苦々しく吐き捨てた。
「何とでも仰ってください……どうせ、あなたはもうじき消えるのですからね」
シュヴァルツは不適の笑みを浮かべた。




