#8ー3
恭助は閉ざされた扉を茫然と見つめた。
破壊されたホール内に残されたのは、彼と死神の二人だけだ。頭上高くにある傾いたシャンデリアが、彼らの姿をぼんやりと映しだしている。
ゼロが連れ去られたあと、彼らは互いに口を開こうとはしなかった。そこには、時を刻む音もない。壊された彫刻や燭台、書類が散乱する空間には、しばらくのあいだ静寂だけが流れていた。
「あのさ……」
最初に口をひらいたのは恭助だ。
「ゼロ、どうなっちゃうのかな?」
「………………」
死神はため息をもらしたあと、「私の知ったことではない」──そう言って腕を組んだ。グロリアが告げたとおりならば、ゼロが助かる可能性は無きに等しい。おそらく、存在を抹消されるであろう。そのことは彼自身よく知っていた。ただ、それを言葉にすることを躊躇うように、死神は首を横にふった。
「奴は【死神くずれ】だったのだ。どのような処分が下されようと、致し方あるまい」
彼は小さく息をもらしたあと、「それより、問題はお前のほうだ」
恭助はどきりとした。
「残された猶予は、あとわずか……もう、迷っている暇はない」
「ぼ、僕は……」
恭助はうつむきながら、口ごもった。脳裏に浮かぶのは、先ほど公園で見たちいちゃんの姿だ。彼女のことを考えると、恭助は胸が苦しくて仕方なかった。
死神になるということーーそれは、彼が生きた記憶のすべてを抹消されるということだ。生まれ変わることも許されない。永遠に死神として在り続ける、果たして、そんなことが自分に出来るだろうか。恭助は悶々としながら、にわかに焦りを感じていた。
「どうやら、“事”が済んだようですね」
突如として発せられた声に、二人はぎょっとしてふり返った。
上等なスーツに身を包み、相変わらず、作り物のような笑みを顔に貼りつけた男──彼は、ゆっくりと階段を下りてくる。シュヴァルツだ。踊り場に辿りついた彼は、一同に向かってうやうやしくお辞儀をした。
「お急ぎにならなくてもよろしいのでは?」
「どういう意味だ」
死神は不機嫌そうに眉をしかめる。
「猶予はまだ、3日ほどございます」
「早く決断しろと言ったのはお前だ」
「ええ、確かに……しかしながら、それは【死神くずれ】による脅威が憂慮されたからです。“彼”が処分された今、恐れるものは何もありません」
「しかし、【亡魂】の存在も増えているという話では?」
「ご心配には及びません」
シュヴァルツはにっこりと微笑んだ。
「死神局のほうで、その件に対する選抜チームが編成されました。じきに片がつくでしょう」
それにしても、と彼はホール内を見回したあと、「こちらを片づけるのは少々、骨が折れそうですね」――そう言って、ため息まじりに苦笑をもらした。
「後始末に来たのか?」
「ええ。まあ、それだけではございませんが」
シュヴァルツは意味深な口調で言って、スーツの懐に手をいれた。そこから取りだしたのは、鍵の束だ。数十種類はあるだろうか、さまざまな形をした鍵が輪になっている。彼はそれを持て余しながら、「しばらくのあいだ、情報屋を閉鎖することになりましてね」
「何故だ。奴がいなくなったからといって、代わりはいくらでもいるだろうに……」
「理由はわたくしも存じ上げません。しかしながら、これは上層部の決定なのです」
一瞬、死神は訝しげな視線を向けたが、やがて小さく首を横にふった。
「そういえば、モノローグの姿が見あたらないな」
死神は思い出したように呟いた。彼女は先ほどまで、この場で亡魂を相手に鞭をふるっていたはずだ。
「彼女でしたら、死神局にお戻りになりましたよ。何でも、総司令部の方々に呼び出されたようで……彼女は、ゼロの直属の上司でいらっしゃいましたからね」
「ああ、なるほど」
死神は小さくうなずいたあと、恭助を一瞥し、「では、私達は“旧館”に戻るとしよう。情報屋が閉鎖される以上、安全なのはあそこだけだ」
「ええ、それがよろしいでしょう」
シュヴァルツは足もとに転がった書物を拾い上げ、そっと埃を払った。




