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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 6 章「不協和音」
30/48

♯6-5



「――はい、おしまい」

 モノローグはそう言って、ようやく恭助から身を引いた。ビキニ姿の彼女は救急箱を片づけながら、「なかなか似合ってるわよ」とにっこり微笑みかける。その姿は【死神】というよりも、危ない天使のようだ。恭助は半ば放心状態になりながら、口もとをひくひくさせていた。右目には、ピンクの花柄模様の眼帯。左の頬には止めどなく流された涙のあとが残っていた。

「なかなかの腕前だな……」

 死神は、聞こえないようにぼそりともらした。

「大丈夫よ。しばらくすれば視力も回復するわ」

「あ……ありがとう、ござい、ました」

 上半身を起こすのに死神の手を借りながら、恭助は、まだ少しおびえたような口調で言った。ある意味、亡魂ロストに襲われた時よりも恐ろしい経験だったかも知れない。ぎこちない表情をしながら、恭助は小さく安堵のため息をもらした。

「ところで、先ほどの【カラス便】だが……」

 死神は唐突に声を落とした。

「どんな内容がしるされていたのだ?」

 恭助は少し躊躇ためらうように口ごもったあと、「ゼロが【死神くずれ】だって……だから、早く情報屋の外に出ろって……だから、僕は」

 恭助はじっとうつむいた。先ほどの光景が思い出され、小刻みに肩が震えだす。恭助は乱れそうになる呼吸を落ち着けようと、ゆっくり息を吐きだした。膝を抱えてうずくまる彼の姿を、モノローグは気の毒そうに見つめながら、「誰からのカラス便だったのかしら?」

「――私だ」

「あ、あなたですって!」

 モノローグはとたんに死神をにらみつけた。その目は殺気に満ちている。次の瞬間、恭助は思わず息をのんだ。彼女は、自分の背丈の倍はある死神につかみかかり、勢いよく地面に投げ倒したのだ――肩を打ちつけられ、横ざまに倒れこんだ死神は、「ちょ、ちょっと待て!」慌てて弁解をはかろうとした。しかし、怒り心頭に発した彼女は聞く耳をもたない。モノローグは馬乗りになって、彼の胸ぐらをつかみながら、「あなた、最っ低ね! ゼロを疑ったあげく、この子をこんな危険な目に遭わせるなんて……」彼女は激しく言葉をまくしたて、死神に殴りかかった。しばらくのあいだ、その光景を呆然と眺めてしまった恭助だが、「あ、あの! ちがうんです!」慌てて声をはりあげた。ふり返った彼女の顔は、鬼の形相(ぎょうそう)だった。



「――そういうことだったのね」

 モノローグは納得したようすで、救急箱を片手ににっこりと微笑んだ。まったく悪びれるようすはない。そのかたわらで、死神は疲れたようにため息をもらした。彼の頬には、申し訳ていどにガーゼが貼られている。死神は腕を組みながら、「とにかく、私をよそおった何者かがいるということだ」

「そのようね……」

 モノローグは小さくうなずいたあと、うつむきながら、もの憂げな面持ちをした。悩ましげな胸もとの前で腕を組み、じっと何かを考えているようすだ。やがて、彼女はため息をもらしたあと、思いきったように口をひらいた。

「残念だけど、そうなると怪しいのはゼロだわ」

「ああ。奴なら知っている。私が死神局へ行っていたことを――でなければ、カラス便など送れないからな」

 両者が合点する中、恭助はひとり首をかしげながら、「どういうこと?」

「つまり、ゼロが私の“整理番号”を使い、偽のカラス便を送ったということだ。おそらく、亡魂にお前を誘拐させるつもりだったのだろう……危ないところだったな」

 死神はそう言って小さくため息をもらした。

「でも、なんでそんなことを」

「――奴が【死神くずれ】だからだ」

「え?」

 恭助にはわけがわからなかった。ゼロはしばらく、恭助と二人きりだった。今思えば、彼には恭助を襲う機会などいくらでもあったはずだ。何故、わざわざ面倒な手段をとったのだろう。

「でもさ、偽のカラス便だったんでしょ。だったら、内容も全部……」

「そうとは限らない」

 死神は淡々とした口調で言った。

「奴は監視されているのだ」

「か、監視?」

「ゼロは数年前、死神くずれの容疑で“査問会”にかけられた。今もなお、その疑いが晴れたわけではない。上層部の連中が奴を【情報屋】へ追いやったのは、体(てい)よく監視するためだったのだ」

 恭助はハッとした。資料室の“閲覧禁止”の棚にあった書類に書かれていたことだ。

 彼らのやりとりを静かに聞いていたモノローグは、小さくため息をもらしたあと、「わたしはまだ、信じたいんだけどね……」

 彼女は独り言のようにもらした。口もとは笑っているが、唇は小刻みに震えていた――「ちょっとフォローしきれないところはあるけど、ゼロは……私にとって、かけがえのない部下だから」



 深夜の路地に物言わぬ風が吹き抜けた。

 時が止まったかのような静寂。それを破ったのは、突如とつじょとして姿をあらわしたシルクハットの紳士だった――「これはこれは……皆様、おそろいで」彼はそう言って、一同に流暢りゅうちょうなお辞儀をした。グロリアだ。その姿を見るなり、モノローグは慌てて涙をぬぐった。

「あら、誰かと思えば……ここは、あなたの管轄かんかつじゃないはずよ」

 不機嫌そうな彼女の言葉を気にするようすもなく、グロリアはにっこりと微笑んだ。

「君の“出来の悪い部下”に忠告をしてあげたんだよ」

「なんですって?」

「まったく、呆れたものだね。君はいったい、部下に何を教えているんだい? 仕事のサボリ方でも?」

「まあ、失礼だこと」

 互いに微笑みを浮かべてはいたが、その目は笑っていなかった。両者が静かににらみ合っている中、死神は恭助の腕を引いて、そそくさと壁際に退しりぞいた。シルクハットの紳士とビキニ姿の女の子――はたから見れば奇抜な組み合わせだが、どちらも死神の上司である。

「わざわざ、部外者のワレが釘を刺さねばならないようではね……君も、ずいぶんと落ちたものだ。モノローグ。情報処理部の連中はどうやら、仕事のシの字も知らないようだね」

「お言葉だけど、部外者なら黙っていてくれないかしら」

「そういう訳にもいかない。我は、死神を“監理”するのが仕事だからね」

「まあ、仕事熱心なのね。結構なこと。でも……まずは、そのり固まったファッションをどうにかしたら? あなた、何百年間もずーっと同じ格好じゃない。もういい加減、見飽きたわ」

「余計なお世話だよ」

 グロリアは小さく鼻で笑ったあと、「君のほうこそ、なんだい。その格好は……我にたてつく前に、おのれの狂ったセンスを何とかしたまえ。見ていて虫酸むしずが走る」

「あら、ごめんなさいね。ファッションのファの字も知らないあなたには、とうてい理解できなくてよ」

「言ってくれるね……この、チビ」

 モノローグはかっと殺気立った視線を向けたが、やがて胸に手をあてながら、小さく首を横にふった。「――今はそれどころじゃないわ」ため息まじりに呟いて、彼女は背後に視線をやった。恭助と死神は二人して呆然と立ち尽くしている。彼らのようすに気がついたグロリアは、「ああ、君たち……すまないね」そう言って苦笑をもらした。

「おや、二人して痛々しい。何かあったのかい?」

亡魂ロストよ」

 死神の怪我はそれによるものではないが、彼女には説明する気はないらしい。

「どうやら、死神くずれがこの子を誘拐しようとたくらんでいたみたいね」

「誘拐? それは物騒だね」

 グロリアは顎(あご)に手をやりながら、深刻そうに眉をしかめた。

「今回はこの子が助けてくれたからよかったけど……あと一歩遅かったら、危なかったわ」モノローグはそう言って、死神に視線をやった。「早いところ“彼”を特定しないと、犠牲者は増える一方ね」

「まったくもって……」

 グロリアは小さくうなづいたあと、死神に向かってふと微笑んだ。

「――お手柄だったね、Au1208」

 死神ははっとしながら、すっかり恐縮したようすで頭をさげた。となりの恭助にまで緊張感が伝わってくる。彼にとって、グロリアというのはやはり畏怖の対象らしい。

「こうなった以上、我々は全力で調査を敢行かんこうしなくては……“いがみ合い”はそれからだ、チビ」

「そうね、腐れ公爵さま」

 上司たちは互いににっこりと微笑んだ。




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