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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 6 章「不協和音」
29/48

♯6-4



 恭助は情報屋を飛びだすなり、死神の姿を探した。しかし、せまい袋小路には誰もいない。レンガの壁が立ち並ぶばかりだ。真夜中の路地には切れかかった外灯の光しかなく、いやに薄暗い。彼は息を切らせながら、へなへなと地面に座り込んだ。一度も休まずに駆け抜けてきたのだ――死神から送られてきた便箋びんせんには、ゼロに【死神くずれ】の疑いがあるため、一刻も早く情報屋を出るようにとの指示が書かれていた。また、彼の用事が済みしだい恭助のことを迎えに来てくれる、と。

 恭助は膝を抱えながら、じっと空を見上げた。一面に星が輝いている。真冬の冷たい風にあおられて、夜空は憎らしいほどみきっている。恭助は思わず、ため息をもらした。もう何が何だかわからない。心細さに涙ぐみそうになるのを押し堪えながら、彼はじっと待っていた。死神がそこに姿をあらわすのを――「ああ、ここだ!」

 突如とつじょとして、嬉々とした声が響きわたった。ふり返った恭助は、首をかしげた。そこに姿をあらわしたのは、見知らぬ人物たちだ。ひとりはスーツを着込んだ恰幅かっぷくのいい男性。もうひとりは、薄手のコートを羽織った細身の女性だ。彼らは小さく笑みを浮かべながら、足早に恭助のもとへ歩み寄ってくる。恭助ははっとした。普通の人間ではないことに気づいたのだ。

 一歩、一歩と近づくたびに、彼らの姿は変貌へんぼうをとげていった。まとっていた衣類は消え失せ、あらわになった皮膚はしだいにがれ落ち、肉は急速にしぼんでいく――やがて、彼らはいびつな骸骨に姿を変えた。亡魂ロスト、だ。

 恭助はとっさに逃げようとした。しかし、とっさのことに足がすくんで動けない。彼らの行動はいっさいの無駄がなく、きわめて迅速じんそくだった。恭助は茫然とする内に仰向けに押し倒された。声をあげる間もない。彼らの眼孔に光る赤い瞳に見つめられ、恭助は恐怖に顔を引きらせた。

「このまま“あの方”のところに連れていくのは、惜しいな」

 亡魂のひとりが口をひらいた。

「ええ、そうね」

 もうひとりが相づちを打つ。外見ではもう、どちらがどちらなのか見当もつかない。恭助は彼らの手から逃れようと抵抗をこころみたが、まるでかなわなかった。地面にめりこむほどの力で、上半身を押さえこまれている。微動だにすることさえできない。

「きっと、身体の一部分だったら大丈夫でしょ」

「そうだな……じゃあ」

 亡魂のひとりは少し考え込むように首をひねったあと、とがった爪の先を恭助の顔に近づけた――恭助は反射的に目をつむった。瞼(まぶた)のまわりに突き立てられた、鋭利えいりな感触。それは、しだいに深く。ゆっくりと皮膚に食い込んでいく。右目の奥が熱い。恭助はその痛みから逃れようと抵抗した。しかし、わずかな身じろぎがやっとだ。恭助は震える拳をにぎりしめた。固く目を閉じたまま、声をあげようと必死だった。救いをもとめる言葉はのどもとまで出かかっているのに、恐怖に押しつぶされて音にならない。彼は、息だけで叫んだ。

「大丈夫だよ、すぐに済むから……」

 恭助の瞳にじんわりと涙が広がった。それは、閉じられた瞼の外にあふれ、彼の頬をゆっくりと伝っていく――否、それは涙ではなかった。恭助は小刻みに息を切らせながら、声にならない声で叫びつづけていた。右目の奥に激痛が走る。その刹那せつな、恭助はどこかで猛烈な風が通り過ぎるのを感じた。



(…………すけ、恭助!)


 聞き覚えのある声がする。

 恭助は少しばかり重い瞼をこじあけた。右目はほとんどあかず、かすんでいてよく見えない。しかし、そこにいるのは見覚えのある人物だった。さらりとした白い髪。西洋人を思わせる端正たんせいな顔立ち。黒いローブを身に纏った、死神だ。彼は地面に膝をつき、恭助をその腕に抱きかかえていた。

「しに、ガミ……」

 死神は目をあけた恭助を見て、安堵したようにため息をもらした。

「まったく、お前というやつは」

「こ、怖かった……僕、死ぬかと思った」

 恭助は声を震わせながら、死神のローブにしがみついた。涙がにじむ。とたんに右目が痛んだ。ローブの胸もとに顔をうずめ、小刻みに肩を震わせる恭助を、死神は戸惑うような表情で見つめた。やがて、彼は小さくため息をもらしたあと、「大丈夫だ。すでに死んでいる」

 恭助は思わず苦笑を浮かべた。死神は励ましてくれたつもりらしいが、何かもっとこう、気のきいた言葉はなかったのだろうか。

「――何故、情報屋を出たのだ」

「え?」

「言ったはずだ。勝手な行動は命取りだ、と。それなのに、お前というやつは……あと一歩遅かったら、どうなっていたことか」

「ちょ、ちょっと待って」

 恭助は慌てて封筒を探した。しかし、どこにも見あたらない。身につけた衣類のポケットにもなければ、地面にも転がっていない。どこかで落としてしまったようだ。

「何を探している」

「ふ、封筒だよ。あんたが送ってくれた【カラス便】の……」

 死神は驚いたような顔をして、

「私はカラス便など送ってないぞ」

「え?」

 恭助は思わず呆然となった。

「で、でも、死神の“整理番号”が……」

「私は送ってない」

 死神はそう言って、小さくため息をもらした。彼が嘘をついているとは思えない。では、いったい誰がよこしたというのだろう。恭助はひとり首をかしげた。


「あら、相変わらずおアツイのね」

 ふいに背後から声がして、恭助は慌てたようすで死神から離れた。今の今まで、彼の膝の上に腰かけていたのだ。「誤解を招くような言い方をするな」と死神がにらみつけた先には、小さな女の子――モノローグが立っていた。これまた、露出の目立つ服装だ。かろうじて、ビキニだろうか。彼女の背後にはやはり、“だがし・かし”の荷台が置かれている。今までお菓子を売り歩いていたのだろう。「微笑ましいわね……」などと最初は悪戯っぽく笑っていた彼女だが、恭助の顔を見るなり「まあ、大変!」と血相を変えた。

 モノローグは恭助に駆け寄るなり、心配そうな面持ちで彼の目もとにそっと手をやった。右の瞼は厚ぼったくれ上がり、傷口にはまだ血が滲んでいた。恭助はとっさにそこを片手で覆った。思い出されるように熱い痛みが込み上げる。恭助はうつむきながら、じっと唇を噛みしめた。

「ちょっと待ってね」

 モノローグは恭助に背を向け、荷台に向かった。溢れんばかりの菓子が積まれた荷台から、彼女は小さな白い箱を取りだすなり、それを抱えてぱたぱたと戻ってくる。箱のふたにはピンク色の十字――どうやら、救急箱のようだ。中には包帯や、消毒液らしきものが並んでいた。

「ちょっと横になってくれるかしら」

「え?」

 恭助は首をかしげた。

「あなた、手伝って」

 声をかけられた死神は、面倒くさそうにため息をもらしたあと、恭助の背後から彼の肩をつかんだ。「ちょ、ちょっと……」有無を言わさず、恭助は仰向けに寝かされた。彼の腹部にひょいと乗ったモノローグは、救急箱から液体の入ったびんやら綿やらを取りだしながら、「ちょっと痛いかも知れないけど……我慢してね」とにっこり微笑んだ。とたんに恭助は表情を引き攣らせる。死神に押さえつけられているため、身動きひとつとれない。

「あ、あの……」

「大丈夫よ。わたし、こう見えても器用なんだから」

「そ、そういう問題じゃ――」

 恭助はまたしても、声にならない悲鳴をあげる羽目はめになった。




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