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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 6 章「不協和音」
26/48

♯6-1



 書斎に残された恭助は、しばらくのあいだ、茫然ぼうぜんと思いをめぐらせていた。目の前に置かれた便箋びんせんや封筒、万年筆を見つめながら――考えているのは、手紙の内容についてではなかった。何故、【死神くずれ】は自分を狙ったのか。その理由についてだ。とはいえ、いくら頭を悩ませたところで、その答えはいっこうに見つからない。やがて、恭助は小さくため息をもらした。

「悩みごとでもあるのかい?」

 ゼロは煙管キセルをふかしながら、のんびりとした調子で言った。彼なら何か知っているかもしれない――そう思った恭助は、「聞きたいことがあるんですけど……」

「なんだい?」

「死神くずれ、について」

 ゼロはとたんに表情をこわばらせた。

「ど、どうして、そんなことを?」

 恭助はうつむきながら、「知りたいんです……本当のことを」

 ゼロは考え込むように腕を組み、小さく唇をむすぶ恭助の姿をじっと見つめた。ふと思い出したように煙管をくわえ、ゆっくりと時間をかけて煙を吐きだす――紫煙しえんがあたりに散らかり、近くにあった蝋燭の炎を揺らした。ゼロはやがて小さくため息をもらし、「まあ、いいよ。あっしにわかることだったらね」苦笑まじりにそう言った。

「あの、もともと死神だったんですよね」

「ああ、そうさ」

「ひとりなんですか?」

「ううん、どうなんだろうねえ。実は、詳しいことはまだわかっていないんだ。死神くずれの存在が明らかになったのは、ごく最近の話だからね……ああ、ちょっと待って」

 ゼロはおもむろにソファから立ち上がった。彼が煙管を片手に向かったのは、書斎のいちばん奥にある本棚だ。ずいぶんとほこりをかぶっている。ゼロはそこから一枚の書類を探しあて、それを片手に戻ってきた。彼はその書類をテーブルの上に置きながら、「これは、過去の調査資料だよ」

「調査資料?」

「ああ。キミには、知る権利があるかもしれないと思ってね」

 恭助は目の前に置かれた書類を手に取った。日付は、ちょうど10年前のものだ。


 19XX年12月16日。

 某交差点により、不審な事故が発生……(中略)……同日、死神局内において、偽造されたものとみられる依頼が発見される。そこに記された氏名は、御手洗 恭助。彼は【死神くずれ】により殺害をくわだてられた可能性が高い……(中略)……後日、彼の無事が確認された。なお、今回の件において、何らかの形で他の人間が関与したものと思われるが、その詳細については不明。現在、調査中である。


「こ、これって……」

 恭助は思わず目を見はった。

「実は、今回だけじゃないんだよ。キミが狙われていたのは、ね」

 ゼロはため息まじりに煙を吐きだした。蝋燭の炎がわずかに揺れる。恭助はその書類をじっと見つめ、ふと首をかしげながら、「でも、どうして僕を?」

「たぶん、キミに“の経験”が多いからじゃないかな」

「負の経験?」

「ああ。死神くずれは、人間のネガティヴな感情を好むらしい。魂ごとそれらを吸収して、糧(かて)にしているってウワサだよ。まあ、今回みたいに生者(せいじゃ)が狙われることは、めずらしいんだけど……」

「どうして?」

「“にせ”の依頼なんて、まず発行できないからさ。死神局ってのは、なにかと面倒な手続きが多いからね…………ただ」

 ゼロはは言葉をつむぐことを躊躇ためらうように、じっとうつむいた。もどかしい沈黙がその場を支配する。恭助は話の続きをうながしたくてたまらなかったが、ぐっとそれを押しこらえて、傍らの燭台に目をやった。ことあるごとに書斎を訪れてきた恭助だが、今までそれらが消えたり、燃え尽きたりする瞬間を見たことがない。ろうがすり減るようすも、まるでない。ありえないことだ。しかし、恭助は少しずつ、そんな現実に慣れはじめていた。

「上層部なら……」

「え?」

 ゼロは周囲を気にするように目を配らせたあと、緊迫した面持ちで声を落とした。

「これは、あくまで可能性の話なんだけどね……上層部の死神だったら、それが出来る。依頼の発行はもちろん、報告書の改ざんまで、ね」

「でも、“もともと死神だったけど、今はそうじゃない”んでしょ?」

 ゼロは小さく首を横にふった。

「それがわからないんだよ。いまだに謎に包まれていてね。その姿を見た者は、誰ひとりとして存在しないんだ」

「そう、なんだ……」

 恭助はぼんやりと書類を見つめた。


「ゼロ!」

 突如とつじょとして、勢いよく書斎の扉がひらかれた――否、派手にぶっ壊された。扉の残骸ざんがいをまたぎ越え、ローブをまとった三名の死神が、血相を変えてゼロのもとに駆け寄ってくる。顔は誰しもフードに覆われており、さだかではない。その中のひとりが、「大変です、【カラス便】が――」と、ゼロの耳もとに口をよせた。

 何があったのだろう。

 彼らが声をひそめて話ているあいだ、恭助はただただ唖然あぜんとしながら、そのようすを見つめていた。話を聞いたゼロは、いぶかしげな表情をしながら、「そいつはちょいと、やっかいなことになったねえ」と煙管を灰皿に置いた。

「ど、どうしましょう……」

「まあ、お待ちなさいな」

 ゼロは小さくため息をもらしたあと、恭助の耳もとで声をひそめてささやいた。「もし、詳しいことが知りたかったら、4階にある“資料室”に行ってみるといいよ。悪いけど、あっしはちょいと急ぎの用事ができたから――」そう言って立ち上がるなり、まわりの死神達を引き連れて、ゼロは足早に書斎を出て行った。




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