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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 4 章「上司」
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♯4-4



 深夜の街に人の気配はない。

 彼らはどこへ行くともなく、駅前の大通りを歩いていた。そこらに点在する外灯や明滅する信号だけが、歩道に光を投げかけている。死神は鎌を肩にかつがせながら、絶えず周囲を警戒していた。いつ、どこで【亡魂ロスト】があらわれるかわからない。緊迫した雰囲気をまとった彼の横で、恭助は「死神の上司も、いろいろなんだね」と、唐突に口をひらいた。死神は「まあな……」と相づちを打ったあと、「よりによって、あの二人に会うことになろうとは」と、苦い口調で呟いた。

「あのふたり?」

「奴らは死神局一、仲が悪いことで知られているのだ……しかし、今回は運がよかったな。奴らの修羅場にまきこまれでもしたら、ひとたまりもない」


「何がひとたまりもない、だって?」

 ふいに聞き覚えのある声がした。

 彼らがはっと頭上を見上げると、いた。外灯のてっぺんに、黒い燕尾服えんびふくを羽織り、シルクハットを身につけた人物が腰かけていた。ウェーブがかった深紅の髪。ステッキを持てあますその男は、死神の上司――グロリア、だ。彼はそこから飛び降り、音もなく着地するなり、恭助に向かって流暢りゅうちょうなお辞儀をした。舞台俳優のような身のこなしである。グロリアは「やあ、また会ったね」と、にっこり微笑んだ。

「ど……どうして、あなたがここに?」

 死神はおずおずと尋ねた。グロリアは相変わらず、口もとに笑みを浮かべながら、「いや、ね。ついさっき、死神局に戻ったらさ。総司令部の連中から、“ちょっと、この封筒を届けてくれたまえ” なんて言われたものだから」

「封筒?」

「ああ、これだよ」

 グロリアは燕尾服のふところから、おもむろにそれを取りだした。黄色の封筒だ。おもてには、“死神局総司令部行” と印字されている。その封筒を受け取りながら、「これは?」と死神は首をかしげた。

「その封筒には二種類の書類が入っている。ひとつは、死神になるにあたっての“同意書”……もうひとつは、あの世への扉を開くための “権利書” だよ」

「あの世への扉を?」

「君もわかっているはずだ、Au1208」

 グロリアはそう言って恭助に向き直った。

「今回のことは、死神局としても非常に申し訳なく思っているんだよ。【死神くずれ】のせいで、死ぬはずのない人間を死なせてしまったのだから。もう少し早くに対応できていたら、こんなことにはならなかったはずなのに…………まことに、申し訳ない」

 彼はシルクハットをぎ、深々と頭をさげた。そんな彼の態度に、死神は驚きを隠せなかった。彼が誰かに頭をさげる姿など、今まで見たことがなかったからだ。

「そこで、今回にかぎって、死神局ではトクベツな措置そちをとらせてもらうことになったんだ」

「特別な……措置?」

 死神は首をかしげた。

「つまり、“死神になる” か “あの世へ行く” かを、彼自身の意思で選んでもらうことにしたんだ。本来なら、死神になってもらうことが望ましいんだけどね。今回は、トクベツだから」

 そう言って、グロリアはにっこりした。

「残された猶予ゆうよ期間中だったら、いつでもいい。もし、どちらを選んでも、その封筒を送ってくれたらすぐに手配できるようになっているからね」

「は、はあ……」

 恭助は首をかしげたが、グロリアはひとり満足そうにうなづくと、「じゃあ、ワレにはまだ片づけなくてはならない仕事があるのでね。これで失礼するよ」と、彼らに背を向けた。革靴の音がしだいに遠ざかっていく。グロリアの後ろ姿は、真夜中の闇に吸い込まれるようにして、その場から消え去っていった。



「……やれやれ、だ」

 死神は疲れきったようにため息をもらした。こうも頻繁ひんぱんに上司に遭遇することになろうとは、思ってもいなかったのである。まるで監視されているようだ、と彼は暗鬱あんうつな気分になった。

「どういうこと?」

 恭助は、グロリアに言われたことの意味が今ひとつ理解できず、首をかしげていた。

「奴も言っていたとおり、お前に二つの選択肢が与えられたということだろう――つまり、“死神になる” か、“あの世へ行く” かだ」

「そう、なんだ……」

 恭助は少し複雑な気持ちだった。

 自分の死はに落ちないことだらけだ。この不可解な状況が【死神くずれ】の仕業しわざだとして、具体的に何が起こったというのだろう。どうして、自分が狙われたのだろう。何か理由があるのだろうか。それに、まだ彼らの誤解もとけていない。この時点でどちらかを選べと言われても、恭助には決断がつかなかった。

「しかし、よかったではないか」

「なにが?」

「お前には選択肢が与えられた。どちらを選ぶのも、お前の自由なのだ」

「そ、それは……そう、だけどさ」

 恭助は曖昧あいまいに返事をしながら、ふと首をかしげた。死神の言葉に意味深な響きを感じ取ったのだ。しかし、それが何を意味するのかまではわからなかった。

「残された猶予は、7日だ。ひとまず、この状況をゼロに報告しよう。話はそれからだ」




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