♯0-2
寂れた街の片隅で、私はじっと目をこらした。
このあたりは昼夜を問わず、深い霧に包まれている。雨上がりの湿った石畳……夜明けを待つばかりの市街地には、ぽつり、ぽつりと点在する外灯の他に、目立った灯りはない。しかし、私の鋭敏な感覚は、その姿をはっきりと捉えていた。
どっぷりと垂れた暗灰色。
その向こうから現れた、ひとつの影。
颯爽とレンガ造りの街並みをぬけ、まっすぐに私のほうへ近づいてくる、“ヤツ”の姿を――。
「やはり、な」
あれは【カラス便】にちがいない。
嘴にくわえている、こぶりの封筒――あれは、仕事の依頼である。ヤツが担っているのは、指定された封筒を【死神】に届けること。
ただ、それだけだ。
私のはるか頭上を滑空しながら、ヤツは無造作に封筒を落とした。ひらり、ひらりと舞い降りるそれは、石畳の床をすべるようにして、私の足もとでぴたりと止まる。
宛名はない。
まあ、これを受け取る者は、私でなくてもよいわけだが……残念ながら、周囲には死神どころか、人間の姿さえ見あたらない。まだ早朝とはいえ、街は墓場のように静まり返っている。
やれやれ、だ。
今しがた、仕事をひとつ片づけたばかりだというのに。
忙しなく飛び去っていく【カラス便】を見送ったあと、私はため息を押し殺しつつ、封筒に手をのばした。
「12月16日3時15分……む。日本?」
私は、ふと手もとから視線をあげた。
遠くにそびえるのは、この国の象徴的な建築物らしい。おもむきのある時計塔――それは、静かにこう告げている。
午前6時12分。
目的地との時差は、たしか……私の記憶にまちがいがなければ、あちらでは、もうじき “コト” が起こるはずだ。
私は内容をざっと読み返し、封筒をローブの懐に突っ込んだ。今回に限って “死因” が不明なのは気がかりだったが、もはや、考えている猶予はない。
これだから厄介なのだ、時差というやつは。
「…………日本、か」
私は深まる霧のなかを一歩、踏みだした。
まあ、“上層部” の連中が理不尽なのは、今に始まったことではない。
仕事は、仕事。
私はいつものように、与えられた任務をこなす。
ただ、それだけだ。