♯4-3
午後9時42分。
喫茶店【memento mori】のカウンター席に腰かけ、いつものように煙草をふかしながら、神宮司は茫然と佇んでいた。すでに冷めてしまったコーヒーが、飲まれることなく、そこに置かれている。とりわけ何をする気にもなれず、眠れそうにもない。彼の目もとには、ひどい隈が出来ていた。
「恭助……」
神宮司は人知れずため息をもらした。
明日は、恭助の葬儀だ。
「店長!」
突如として、喫茶店の扉が開かれた。神宮司が驚いてふり返ると、そこには、息を切らせた小林の姿があった。制服姿である。マフラーこそしているものの、見ていて寒々しい格好だ。神宮司は慌てて立ち上がり、「ごめんね、気がつかなくて……」と店内の暖炉に火をいれた。彼は今になってようやく、自分が凍るような寒さに晒(さら)されていたことに気がついたのである。
「いや、いいんです……ここで」
小林は入り口に立ったまま、うつむきがちに言った。神宮司は首をかしげつつ、彼女のほうへ歩み寄る。小林はマフラーに口を埋めながら、「あたし、実は……」と言いにくそうに口ごもった。それで神宮司は悟ったらしく、「ああ、辞めたいんだね」と苦笑をもらした。
「まあ、こんなことがあったあとだから」
「ち、ちがうんです! あたし……」
小林は慌てて首を横にふった。
「あたし、行かなきゃならないんです」
彼女はうつむきながら、涙をこぼしはじめた。神宮司はポケットにあったハンカチをさしだしながら、「ご両親の都合で?」と躊躇いがちに尋ねた。小林の両親は、何かと転勤が多いことを知っていたからである。きっと、引っ越しをすることになったのだろう。しかし、小林は小さく首を横にふりながら、「そ、そうじゃないんですけど」と言葉を濁した。
「あ、あの……今まで、お世話になりました!」
小林は勢いよく頭をさげると、そのまま踵を返し、その場を走り去ってしまった。
ぽつり、取り残されてしまった神宮司は、首をかしげながら、小さくなっていく彼女の後ろ姿を見送った。今夜は空気が一段と冷たい。風邪を引かなければいいけれど、と思いながら、彼は「しまった……」と呟いた。恭助の葬儀のことを、伝え忘れてしまったのである。
神宮司はカウンター席に戻ると、おもむろに、携帯電話を取りだす。すぐに電話をかけようと思ったが、彼はふとその手を止めた。時刻はすでに、午後10時をまわっていた。




