♯4-1
花屋をあとにした彼らは、すぐさま情報屋――ゼロの書斎を訪れた。彼の書斎は、驚くほどすっきりと片づけられていた。床に散乱していた書類は整理され、机に転がっていた実験器具もきちんと並べられている。無精な性格の彼にしては、考えられないほどの片づきようだ。しかし、死神はそんなことを気にもとめず、
「【カラス便】はどうなっているのだ!」
彼の姿を見つけるなり、声を荒らげた。ゼロは、こざっぱりしたソファに腰かけ、怯えたような表情で彼らを見つめている。
「あ、ああ……それが」
ゼロは、少しばかり口ごもったあと、「どうやら、逸れちゃったみたいでね」と、申し訳なさそうに苦笑をもらした。
カラス便はやはり、死神局には届いていなかったのである。しかし、完全にゼロの責任というわけではない。死神は、しばらくのあいだゼロを睨みつけていたが、「先ほど、“公爵さま” に会った」と、おもむろに声を落とした。
「こうしゃくさま?」
恭助は首をかしげた。公爵さま、といえば彼の伯父・神宮司が飼っている猫の名前である。
「ああ、お前は知らなかったな」
死神はため息をもらしたあと、
「グロリアの別称だ」
「さっきの上司?」
「そうだ。お前も死神になるならば、奴には細心の注意をはらったほうがいい。奴は、並外れた嗜虐主義で知られている。また、規則にも厳しい。何か問題を見とがめられようものなら、我々は容赦なく罰せられる。死神局一、性質の悪い死神なのだ」
「優しそうな感じだったけど……」
恭助はやはり首をかしげた。先ほどの印象からは、ずいぶんとかけ離れた人物像である。死神は、何を思い出したのか眉をしかめながら、「おもて向きは、な」と苦い口調で呟いた。
「とにかく……このままでは、あらぬ噂が広まるばかりだ。ゼロ、新しいカラス便の手配を頼む」
「ああ、今回のことはすまなかったね」
ゼロは申し訳なさそうに言って、ソファから立ち上がるなり、「すぐに送ってくるから」と彼らをその場に残して足早に書斎を立ち去った。
主のいない書斎で、死神は疲れたようにソファに腰をおろし、深々とため息をもらした。恭助は、そのとなりに遠慮がちに座りながら、じっとうつむく。
「あの……さっきは、ごめん」
「何がだ?」
「あんなこと言っちゃって」
恭助の言葉に、死神は首をかしげたが、すぐ納得したように「ああ」と息をもらした。情報屋の、喫茶店でのことだ。恭助はあの時、彼に対して「お前なんかに……」と感情的に吐き捨て、そのまま飛びだしていったのである。そのことを思い出した死神は、ふいに鼻で笑った。
「別に、そんなことを謝る必要はない。しかし、これでわかっただろう、御手洗 恭助。外の世界がいかに危険であるのかを」
恭助は黙ってうなづいた。
亡魂を目の当たりにした時、彼は身動きひとつとれなかった。あの、歪な骸骨男の不気味な微笑み――もし、死神が助けにきてくれなかったら、今ごろ自分はどうなっていたことだろう。肩にはまだ、あの時つかまれた感触が残っている。恭助は先ほどの光景を思い浮かべ、小さく身震いした。
「問題は、それだけではない」
恭助が思わず顔をあげると、死神はこれ以上ないほど、真剣な面持ちをしていた。
「今回、私のもとに届いた死因不明の“依頼” 。そして、“あの世”への扉がひらかなかったのは、お前が “死神に選ばれた” からだと思っていた。しかし、【死神くずれ】が関わっているとなれば、話は別だ」
「どういうこと?」
「つまり、お前は “まだ死ぬべき人間ではなかった” ということだ」
「じゃ、じゃあ……」
恭助はかろうじて聞こえる声で「生き返ることが?」と呟いたが、死神は「無理だ」とすかさず否定した。
「死んだ者をよみがえらせることはできない」
彼の言葉には一片の感情もなかった。
「でも……」
恭助は膝の上で拳を握りしめながら、唇を噛みしめた。もう一度、死ぬ前の自分に戻れたら、どんなにいいだろう。だけど、と彼は小さく首を横にふった。不可能なことである。それは、彼自身もよくわかっていた。幼い頃から、恭助のまわりには誰かの死が多かったのだ。
やがて、恭助は意を決したように顔をあげ、
「僕は、誤解をときたいんだ」
「…………懲りない奴だな、お前も」
死神は小さくため息をもらした。
「何故、そこまで “生者” にこだわるのだ。たしかに、お前の死は自殺ではない。しかし、それを奴らに知らせたところで、どうなる。死神くずれなど、普通の人間が信じるとでも?」
「そ、それは……そうだけど」
「やあ、待たせたね」
書斎の主は、人数分のカップが乗せられたトレーを片手に戻ってきた。例の喫茶店から拝借したのだろう。ゼロは、じっと押し黙る彼らのようすに首をかしげた。
「どうしたんだい?」
「こいつは、誤解をときたいそうだ」
「誤解?」
「ああ。現世では、こいつの死は “自殺” ということになっているからな」
「……なるほど、ね」
ゼロは彼らの真向かいに腰をおろし、煙管を手に取った。彼によってテーブルに並べられたカップには、紫色の液体が湯気を立てている。例のごとく、トリカブトだ。やはり、恭助はそれを飲む気にはなれなかった。
「まあ、協力してあげてもいいんじゃない?」
ゼロは煙管に火をつけながら、
「こんなことになったのは、あっしらにも責任の一端があるわけだしさ」
「どういうことだ?」
ゼロはゆっくりと煙を吐きだしたあと、
「そもそも、こんな状況になったのは【死神くずれ】なんて奴がいたからだよ。彼は、もともと死神だった。つまり、身内さ。そのせいで、この子が犠牲(ぎせい)になったんだ……あっしらには、協力してあげる義務があるんじゃないかい?」
「――ほう。普段はろくに仕事もしないお前から、そんな言葉が聞けるとはな」
死神は皮肉めいた口調で言った。ゼロは、それを誤摩化すように咳払いをして、
「とにかく、あっしらに出来ることなら何でも協力するからさ。遠慮しないで、話してごらんよ」
「しかし、協力するといっても、我々に出来ることなど限られている。“上層部” の連中なら、ともかく……」
ゼロは彼の言葉を片手で遮(さえぎ)るようにして、「実はね。今、来ているんだよ」と、にっこり笑った。
「誰がだ?」
「頼れる “おエライさん”、さ」




