♯3-5
「おや、これは……」
店内をあてもなく見てまわる中、死神が目をとめたのは温室に置かれたある植物だ。恭助が彼の視線の先を追うと、サボテンにまじって、異質な存在感を放つものがそこにあった。ぱっくりと口を開け、じっと獲物を待ちかまえる、歪な形をした――それは、ハエジゴクだった。彼は、その植物の前で立ち止まり、じっとそれを見つめていた。
「……なんと、可愛らしい」
恭助は耳を疑った。
そんな単語が死神の口からもれること自体、驚きだった。しかし、恭助にはそれよりも、この植物をそう表現できる感覚のほうが不思議だった。ある意味、ハエジゴクには失礼なことかも知れないが。
「――――嘘」
背後で囁くような声がした。
反射的にふり返った恭助は、そこに立っている人物の姿に思わず、絶句した――ウェーブがかった深紅の髪に、ガラス玉のような灰色の瞳。線の細く、整った顔立ちをした彼は、まるで舞台から飛び出してきたような、派手な格好をしていた。胸元にフリルのあしらわれたシャツ。その上に、金の縁取りがなされた燕尾服を羽織り、頭にはシルクハット。脇にはステッキまで抱えており、まるで今にも歌いだしそうな雰囲気だ。
その人物はにっこり笑いながら、「花言葉だよ」と、恭助に向かって流暢なお辞儀をした。死神は、といえば、彼は顔面蒼白になりながら、相変わらずハエジゴクを見つめていた。否、とっさのことに反応できずにいたのである。
「おやおや、上司に向かって挨拶もなしとは……寂しいものだね。Au1208(エー・ユー・イチ・ニー・ゼロ・ハチ)」
「上司?」
死神はすぐさま彼に向かい合って、「も……申し訳、ありません」深々と頭を下げた。思わず唖然とする恭助をよそに、「いやね、いいんだよ。我が、現世に降りてきたのは久しぶりだからね。無理もないさ」上司だという彼は微笑みを浮かべながら、寛容な態度を見せた。しかし、死神の表情は強ばったままだ。
「ああ、我はグロリア。死神局執行部“監理官(かんりかん)” を務めているよ。どうぞ、よろしく」
「は、はあ……」
恭助は戸惑いながら、差しだされた右手を遠慮がちに握りかえした。
「ところで、Au1208」
グロリアは急に声色を変えた。
「君は仕事もせずに、無断で魂を連れまわしているんだってね」
「は?」
「死神局でウワサになっていたよ。あの仕事熱心でまじめな君が、無な魂をあろうことか誘拐して、弄んでいる……とか、ね」
「そ、それは……」
死神は、ただでさえ血色の悪い顔を真っ青にしながら、必死で弁解をしようとした。
「こいつは、その……“候補” で」
「候補?」
グロリアは、驚いたように目を見開いた。
「聞いてないけどね、我は……そういう事情があるのなら何故、【カラス便】を送らなかったんだい? 君からの報告がないから心配してたんだよ」
「あの、カラス便なら送ったはずでずが……」
「そうなの?」
グロリアはやはり首をかしげた。このようすだと、ゼロに頼んだはずのカラス便は、死神局には届いていないようである。可能性としては、途中ではぐれてしまったか、彼が送り忘れたかのどちらかだ。「ゼロのやつめ……」死神は小さくそう呟き、心の中で舌打ちをした。グロリアはステッキを持て余しながら、「まあ、仕方がないね」とにっこり微笑む。
「さて。我には仕事があるので、このあたりで失礼させてもらうよ。では、いずれまた」
「あ、あの……」
その場を去ろうとするグロリアを、死神は躊躇いがちに引き留めた。
「もし可能であれば、あなたに死神局への報告を頼みたいと思っているのですが……」
「ああ、そうしてあげたいところだけど、ね。これから現世で大事な用事があるものだから……悪いけど、我はこれで」
グロリアは困ったように微笑んだあと、流暢なお辞儀をし、足早にその場を立ち去っていった。




