♯3-3
恭助が連れて来られたのは、以前、訪れたことがある喫茶店だ。死神は彼の腕を引き、例のごとく、ガラスの“ついたて”に仕切られた席へ向かった。まわりの好奇に満ちた視線は、やはり恭助にそそがれている。少しばかり居心地の悪さを感じながら、恭助は、死神の向かいの席に腰をおろした。
「あのさ……」
注文の品が運ばれてきたあと、恭助はおずおずと口をひらいた。
「死神って、忙しいんじゃないの?」
今さらながらにそう思ったのだ。
彼らの言うように、深刻な死神不足が続いているのならば、こんなところで油を売っている場合ではない。しかし、死神達は各々(おのおの)の飲み物を片手に、話に夢中になっている。死神は、紫色の液体をひとくち飲んだあと、「まじめに働く連中ばかりではない……ということだ」と、ため息まじりにもらす。恭助は曖昧に苦笑をもらしながら、「そうなんだ」と視線を落とした。
「しかし……まさか、お前の死に “ヤツ” が絡んでいたとは」
「奴?」
「――【死神くずれ】だ」
と、彼は唐突に声を落とした。
「もとは死神でありながら、【亡魂】になりさがった者のことを、そう呼んでいる」
恭助は首をかしげた。
「今回の件は、ヤツによって仕組まれた可能性が高い」
「どういうこと?」
「お前は、“最初から狙われていた” ということだ。死神くずれは、何らかの方法を使って、お前を死に陥れた」
「じゃ、じゃあ、僕は……」
恭助は彼の言葉に茫然とした。
(僕は、殺されたってこと?)
「ヤツについては、“上層部” の連中が調査をしているようだが、詳しいことはまだわかっていない。しかし、ヤツはまわりの亡魂を操り、膨大な数の魂を喰らっているという噂だ」
「上層部って?」
「我々の “上司” にあたる死神達のことだ」
「上司……」
恭助は意外そうな顔をした。死神に上司がいるというのは、初耳である。
「死神局というのは、三つの部署から成り立つ組織だ。まず、総司令部。次に、情報処理部。そして、執行部。死神達は、このいずれかに所属している。“上層部” と呼ばれるのは、この中で何らかの役職をもっている者だけだ」
「死神は?」
「私は、その他大勢の内のひとりに過ぎない」
彼はそう言って、自嘲ぎみに笑った。
「とにかく、だ」
死神はカップの中身をひとくち飲んだあと、
「この件に死神くずれが関わっている以上、外に出るのは危険だ。お前には、しばらくのあいだ【情報屋】に留まってもらう」
「そ、そんな……」
「お前は【死神】になるのだろう? それならば、“生者(せいじゃ)” のことなど、考えるだけムダだ」
「そ、そんなの……僕の勝手だろ」
恭助は思わず口をとがらせた。
「まあ、何をどう考えようと自由だ。しかし、今は、他人のことを考えている場合ではない」
「で、でも……」
恭助は、膝の上に置いた拳をぐっと握りしめ、何かを決意したかのように顔をあげる。
「僕は、誤解をときたいんだ」
「誤解?」
「伯父さんや、小林さんをこれ以上、悲しませたくないんだ……僕は、自殺じゃないんだって……それを、教えてあげたくて」
「どうやって?」
「そ、それは……」
口ごもる恭助に、死神はため息をもらした。
「言ったはずだ、御手洗 恭助。我々が、生者の魂に干渉することは許されていない。それが “掟” なのだ。我々がしてやれることなど、何もない」
「だ、だけど……」
「どうして、そこまで心配するのだ。あいつらはお前の“実の家族”ではないのだろう? 他人のことなど、放っておけばいいではないか」
その直後、テーブルに凄まじい衝撃が走った。恭助の拳が机に叩きつけられたのだ。そこに置かれていたカップが音を立てたきり、店内はしんと静まり返る。同時に、無数の視線が彼に集まった。
恭助は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている死神に向かって、「お前なんかには、わからないんだ!」と吐き捨て、勢いのままに駆けだした。ざわざわ、と何かを囁きあう死神達を無視して、店の扉を押し開ける――「死神、なんて……」恭助は、独り言をつぶやきながら――彼は、蝋燭の炎だけに映しだされた廊下を、ひたすらに駆けていった。
その場にひとり取り残された死神は、店内のざわめきを気に留めるようすもなく、ただ冷静にカップの中身を飲み干した。
「――わかっていないのは、お前のほうだ。御手洗 恭助」




