♯3-2
情報屋の扉をあけた途端、彼らは絶句した。
だだっ広いホールには、いたるところに書類が散らばり、足の踏み場もないほどに荒らされていた。ローブを身に纏(まと)った【死神】達が、大きな鎌――ではなく、虫取りあみを片手に、あちらこちらを忙しなく駆けまわっている。彼らが追いかけているのは、カラスの群れだ。大階段の手すりや二階の本棚、大理石の床にいたるまで、真っ黒に埋め尽くされている。あちらこちらに鳴き声がこだまして、あたりは騒々しい。
「……何ごとだ、これは」
死神は茫然と呟きながら、内部をくまなく見まわし、その騒然とした雰囲気の片隅にゼロの姿を発見した。彼は、端っこのソファに横たわり、気持ち良さそうに居眠りをしている。この状況でよく眠れるな――恭助は、思わず感心してしまった。
「おい、ゼロ!」
死神は容赦なくゼロの胸ぐらをつかんで、激しく揺さぶった。
「起きろ!」
「…………なんだい。あっしは、まだ……あ、ああ。キミたちか」
ようやく目を覚ましたゼロは、気怠げにあくびをかました。
「何ごとだ、これは」
「あ、ああ……」
ゼロは寝癖だらけの頭をかきながら、あたりのようすを一瞥し、苦笑をもらした。周囲の死神達は、時おり書類に足をすべらせ、転びそうになりながらも、あちらこちらに飛び回るカラスを追いかけ回している。
「実は、【カラス便】を逃がしてしまってねえ」
「逃がした?」
「い、いや……悪気はなかったんだよ。ただ、餌をやろうとして、小屋の扉を開け放ったら、ね。このとおりさ。まあ、よくあることだよ」
ゼロは両手をひろげ、肩をすくめた。相変わらずのんびりとした調子である。「お前というやつは……」死神は、呆れたようにため息をもらした。
「少しはまじめに仕事をしろ」
「あっしには “寝る” っていう大事な仕事があるからね」
「そんなことだから、お前は……」
彼らのやりとりを傍らで聞きながら、恭助はじっとうつむいていた。どうすれば、彼らの誤解をとけるのだろう。頭の中はそのことでいっぱいだった。やがて、ゼロは死神の追求を免れようとするように、「何はともあれ、今度はどうしたんだい?」と、恭助の顔を覗きこんだ。
「じ、自殺だって?」
ことの詳細を聞くなり、ゼロは素頓狂な声をあげた。
相変わらず散らかり放題の彼の書斎で、ゆいいつ、こざっぱりしたソファに腰をおろしながら、彼らは人数分のティー・カップを囲んでいた。紫色の液体が湯気を立てている。その中身は、トリカブトだ。恭助は、独特の薫りをさせるそれを眺めながら、ため息をもらした。とても飲む気にはなれない。
死神は腕を組みながら、「ああ、まちがいない。現世では、こいつの死は自殺として処理されているようだ」
「そいつは……不可解、だねえ」
ゼロはソファに背をもたせ、煙管を片手に首をかしげた――死神は “自殺” には関与しない。それは、死神局とは別の機関が担当しているからだ。しかし、ゼロは声には出さずに、じっと黙って考え込んでいた。ここ最近、似たような、不可解な死の報告が彼のもとに届いているのだ。
「こいつは、ある老人を助けようとしたらしい」
「そうなのかい?」
恭助は、黙ってうなずいた。
「しかし、あれだけの人間がいて、誰ひとり、そいつの姿を目撃していないのだ。私には、もはや幻覚だったとしか……お前は、どう思う?」
「そ、そうだねえ」
ゼロは、曖昧に笑ったあと、悩ましげな表情をしながら煙を吐きだした。彼は、やがて決意したかのように、煙管を片手にソファから立ち上がる。彼が向かったのは、書斎の奥にある本棚だ。全体的に、ずいぶんと埃をかぶっているが、あるひとつの棚だけは例外だった。ゼロはその棚から書類を何枚か抜き出し、それを抱えてソファまで戻ってくると、「もしかしたら、他に可能性があるかもしれないよ」と、おもむろに声を落とした。
「何だ、これは」
テーブルの上に並べられた書類を見て、死神は首をかしげた。全部であわせて十二枚。そのどれもに日付が書かれており、“依頼” だと思われる封筒がクリップで留められている。いちばん新しい日付は、数日前のものだ。紙きれには、ゼロが書いたと思われるメモが残されているが、あまりにも字が汚すぎて、とても読めたものではなかった。
「過去に “自殺” として処理された報告書だよ。【死神局】にも認可されている、正式な書類さ」
「しかし、我々はその件には関与することができないはずでは?」
「まあ……表向きは、ね」
ゼロは苦笑をもらしながら、
「実は、これらの死には【死神くずれ】が関わっている、という噂があるんだ」
「し、死神くずれだと!」
唐突に声を荒らげ、立ち上がった死神に、恭助は驚きを隠せなかった。明らかに今までとようすがちがう。ゼロは、慌てたように人差し指を口もとにあて、「こ、声が高いよ……」と、彼の行動を静かに嗜めた。死神が腰をおろすのを見て、ゼロは安堵のため息をもらしたあと、「まあ、あくまで可能性の話だけどね」と、おもむろに書類のひとつを手に取る。
「これらには、ある共通点があるのさ」
「共通点?」
「まず、死因が“不明”であること。そして、あの世への扉が開かなかったこと。もうひとつは、……」
ゼロはふいに口ごもった。
背後に誰かの視線を感じたからだ。しかし、後ろをふり返っても、誰もいない。いきなり挙動不審なようすを見せるゼロに、冷ややかな視線を投げかけながら、死神はじれったそうに口をひらいた。
「もうひとつは?」
「あ、ああ……まあ、それはまたの機会にでも」
ゼロは曖昧に笑ったあと、「と、とりあえず、キミ達はしばらく情報屋に留まっていたほうがいいかもね。死神局から、何か連絡があるかも知れないから」
と、ゼロは取り繕うようにそう言って、書斎の奥にある扉の向こうへと姿を消してしまった。その場に取り残された彼らは、互いに顔を見合わせ、どちらともなく首をかしげた。ゼロが戻ってくる気配はない。やがて、死神は何かを悟ったらしく、「行くぞ」と恭助の腕をつかんだ。




