♯2-4
恭助の目の前には、二杯目のコーヒーが用意されている。死神は、相変わらず淡々としたようすで、自分のカップを口に運んでいた。独特な薫りがするこの飲み物は、トリカブトだ。
(もう二度は死んでるよ)
恭助は苦笑をもらしながら、ふと視線を落とした。頭に浮かぶのは、やはり、伯父・神宮司の姿である。恭助は、彼のことが気がかりで仕方なかった。思い詰めてしまわないだろうか、と。ついつい、よくない方向に想像力が働いてしまう。
「あのさ……」
恭助は、やはり遠慮がちに声をかけた。
「伯父さんに、会いたいんだ」
その言葉を聞いた死神は、小さくため息をもらした。
「言ったはずだ。我々は、生者の魂に干渉することは……」
「わ、わかってるよ。そういう意味じゃなくて、さ。なんていうか……出来るだけ、傍にいてあげたいっていうか……見守りたい、っていうか」
「そんなことをして、何になる?」
死神は冷ややかな視線を向けた。
「相手にはお前の姿など、見えないというのに」
恭助は小さく首を横にふり、「い、いいんだ。それでも……」と困ったように微笑んだ。今の自分に出来ることは、そのくらいしかないのだ。だったら、残された時間だけでもせめて、彼を近くで見守りたい。恭助は、そう思っていた。その言葉に、死神は怪訝そうに眉をしかめたが、やがて「まあ、いいだろう」と、しぶしぶながらに納得した。
「ただし、【情報屋】の外は危険だ。勝手な行動は、慎んでもらう」
「危険?」
「ああ。お前のような魂は、とくに狙われやすいからな」
「ね、狙われるって?」
「――いわゆる、悪霊というやつだ」
悪霊。
その言葉を聞いた恭助は一瞬、身震いをした。なんとなく想像は出来る。
「我々のあいだでは、そいつらのことを【亡魂】と呼んでいる。奴らは、死者の魂を喰らうことで自らの糧を得ようとする、やっかいな連中だ」
死神はそう言って、ため息をもらした。
「でも……」
恭助は、ふと疑問に思った。恭助がまだ現世にいるのは、たまたま “死神に選ばれた” からであり、あくまで偶然にすぎない。普通ならば、死者の魂は【死神】によって “あの世” へ送られるはずだ。
「先ほど、ゼロも言ったはずだ」
死神はカップの中身をひとくち飲んだあと、
「現在、深刻な死神不足がつづいている。死者は増える一方だ。そうすると、必然的にある “問題” が生まれる」
「問題?」
「つまり、“あの世” への【扉】を見つけられない者が出てくる、ということだ」
「あ、ああ……」
恭助は曖昧にうなずいた。たしかに、そのとおりだ。彼自身、死神に出会わなければ、あの世への扉を探すことさえしなかっただろう。むしろ、自分が死んだことにさえ、気がつかなかったはずだ。
「亡魂は、扉を見つけられずに現世を彷徨っている者を、容赦なく喰らい尽くし、自らの体内に取り込む――奴らに取り込まれた魂は、我々が干渉しないかぎり、あの世へ行くことも出来ない」
「干渉?」
「それが我々の“もうひとつの仕事”だ」
死神は腕を組みながら、
「亡魂の外殻を破壊し、彼らの内部に蔓延っている“穢れ”を取り除き、魂を正常な状態に戻す。簡単に言えば、そういうことだ」
「全然わかんないんだけど」
恭助は、思わず苦笑をもらした。
「まあ、詳しいことは研修で教えてもらえるだろう」
「ちょ、ちょっと待って。研修って……」
拍子ぬけした顔をしている恭助に、死神は相変わらず冷めた視線を送りながら、
「死神として仕事をするまでに、覚えるべきことは山ほどある。筆記はもちろん、実技の試験もあるわけだが」
恭助は唖然とした。
まさか、死神の世界にも試験が存在するとは。
彼の学生時代の成績は、とても他人様に聞かせられるようなものではない。恭助は少しばかり憂鬱な面持ちで、ため息をもらした。
「それはともかく、亡魂は凶悪な存在だ。我々、死神でさえも、時には危険にさらされる」
「で、でもさ……どうして、その。亡魂は、そんなことを?」
恭助は首をかしげた。
「孤独を満たすためだ、と言われている」
「コドク?」
「亡魂になった者自身、もともと現世に取り残された魂だからだ」
恭助はふと気の毒そうな顔をした。
どこにも居場所を見つけられずに、行くあてもなく彷徨う、途方もない孤独。その息苦しさは、恭助も身におぼえがあった。今となってはどうしようもない過去の陰影が、ちらと脳裏をよぎる――これ以上ないほど、どしゃぶりの雨の日。傘もささずに、軋む身体をさらしながら、行き場もなく歩いた並木道。もう手の施しようのないほど、ずたずたに引き裂かれ、見えない血にまみれた心が、か細い声で恭助に囁くのだ。もう限界だ、と。もう、いっそのこと……。
「聞いているのか?」
死神は腕を組みながら、怪訝そうに眉をしかめている。恭助は苦笑を浮かべながら、「ご、ごめん……何だっけ?」
死神は、呆れたようにため息をもらしたあと、「まあ、いい」と面倒くさそうに呟いた。
「とにかく、お前は奴らに狙われているのだ。それさえわかっていれば、問題ない」
彼はそう言って話を切りあげ、カップの中身を飲み干すと、唐突に席を立ち上がった。恭助は慌ててそのあとを追いかける。好奇のまなざしを送る死神達を過ぎ、喫茶店らしき場所を出たところで、白髪の彼はふり返らずに言った。
「くれぐれも、勝手な行動は慎むことだ」




