硝子に沈む偽の真実。
久音さんの言葉。それに宿る真意を、好意からだと素直に受け取れなかった僕が居る。
何か裏が有るのでは、別な何かが有るんじゃないかと疑ってしまう。あの8月、それから止まない疑念の嵐がまたしても僕を苛んでくる。口の中に苦々しいエキスが広がる、僕の頭は混乱していた。
どう答えれば良いのかが分からない。話題をはぐらかされたとか、そんな軽い程度の言葉ではなかった筈だ。
『彼女には好きな人が居るよ、ずっと前から』
それは、遥か以前に久遠の口から聞いた言葉だ。
そこから先、もっと突っ込んだ会話の記憶は無かった。場所はいつもの喫茶店、時刻は確か夕刻だったか? 硬直したまま、動かない頬を汗が伝い墜ちた。
音もなく、ステンドグラスの映した紫へと吸い込まれる水滴。じわりと広がる珈琲ミルクの様な幻覚、不思議な“それ”が頭痛と共にまた形を成していく。また、久音さんが刃を抜いた。
虚空、袖の下から現出した投げナイフが飛翔していく。イメージとは思えない程に明確な質感、精緻な造りを見せ付けたそれが白濁のスライムへと突き刺さる。
「知らない形……」
久音は呟く。そして彼女は、再び此方へと向き直って首を傾げる。まるで久遠みたいだ、そう思った自分は可笑しいのだろうか。
だから、取り敢えず僕は訊ねる。真意が分からないなら聞けば良いと、僕は当たって砕ける事を選んだ。
「良いのですか?」
すると、珍しく彼女は悪戯に微笑む。
「私では、ご不満かしらっ?」
にっこりと、何処か虚しい笑みを浮かべた久音さんは、またしても僕を前に首を傾げた。またしても、それが久音と重なってしまう。
それでも、良いのだろうか……?
僕の瞳を奪うには充分過ぎる程に彼女は美しかった。凛と澄んで美麗。艶やかで淑やかな女性である彼女、可愛らしくもあり美しくもある彼女を、どうにも久遠と重ねてしまう自分に嫌悪感が止まない。
それを知ってか、虚実はともかく久音さんは続けた。それはやはり、何処かが辛くて苦しそうに思える声。それすら、記憶の中の涙目の久遠と重なってしまう。
だが、それも許すと言うように彼女は言って見せたのだ。僕に対する最上級の慰め、まさしく図星なその一言を薄桃色の唇は紡いだ。
「私も同じです。貴方も、記憶の中の彼に似ていますから……」
「は……ははっ」
渇いた笑いが溢れた、それも僕の口からだった。笑うに笑えない、しかし笑うしか無いような気がして仕様が無かった。
「ほら、図星だ。ねえ、一喜憂さん? 悪くは無い話だとは思いますがね? あ、私が嫌なら構いませんけど」
「そんな事はない!」
ただ、理由で一番に浮かんだものは、到底口にしてはいけない内容だった。彼女が久遠に似ているからと、僕は本当に依存していたらしい事を思い知る時が来ていた。僕はもう、後ろを見ても居られないと言うのに。
実は、まさかのまさかで研究室に席を貰えたのだ。研究員としての正規雇用、普通じゃまず無い奇跡の様な昇進だった。
だから、僕はもう、明日を向いて歩き出さなきゃいけない筈だった。研究内容、開発するのが最新型の胃カメラだと言うのだから尚更である。久遠を思い出させる病床の技術、それに対して僕は挑まなければならないと言うのだから。工科大学の医療機器部門、その一室はあの病棟に色が似ていた。
「それで、私を住まわせては頂けますでしょうか? まあ、勝手なお願いだとは分かっていますが」
そう言えばと、今度は久音さんからの申し込みに対し、僕は先刻のやり取りを忘れていた事を思い出した。今更ながらに、この会話が交際を否定された上でなりたっている不自然さに気付いた。
どうしてこうなったんだろうか? 今思えば、不思議で仕方がなかったが僕は頷く。
「いいよ、僕なんかで良ければ」
そう答えた僕に、また彼女は天使の様な微笑みを浴びせた。小さく、子供を叱るように優しく。
「卑屈は、娘さんによろしくありませんよ? 子は親の背を見て育ちますからね」
「親が居ないからなんともなあ……?」
「古人の言葉は、信じて間違いは有りませんよ大方は。ちなみに私の場合は謙遜、社交辞令ですからお間違いなく」
「あっ……そうですか」
と、まあ現実離れしな1日が終わった。取り敢えず、“体裁上は”ではあるが。
こんばんは、久々に夕方の投稿になります作者です。最近は安定した時間が取れずに申し訳ありません、と作者は作者は懲りずに平謝りをするのです。
とまあ、いい加減に言い訳タイムは終わりにしましょう。試験前ですから投稿が減るのを先に謝らせて頂きます、ごめんなさいね?
さて、今回は豪華にオマケの話でも書きましょうか? まあ、暫くは小出しに色々と出してみましょう。コメントなんかがあれば、次回作になるやも知れなくもないですが、まあ……大抵は没かオマケなので悪しからず。
今回は、試作のうち『暗殺勇者と身代わり魔王』の出だしちょっぴりを御覧いただく事にしましょう。
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無数の刃が勇者を囲む、彼とは違いつや消しされていない銀色の装備は一線級の騎士団装備だ。
つまりは勇者、人々の英雄として祭り上げられた彼は広義でいう同胞に取り囲まれていた。正しくは“元”同胞とでも言うべきだろうか、今も騎士団中からは鋭い目線と止めどない罵声が浴びせられている。
「裏切り者は死ね!!」
「この外道が、嘘こいてやがった!!」
その声に内心嘆息する勇者。
(はぁ……こいつらは馬鹿か。流石は通称脳筋騎士団だけあるぜ。殺す事にしか目がないなんて、捕虜とか考えろよ馬鹿野郎……!)
元より彼は暗殺者である。それ故に幼少期から実地訓練を繰り返してきたのだ。、そうなるべくして育成された生粋のド外道が彼なのだ。
国が平定した強国である戦士と闘争の国スパルタクスで育成された暗殺技巧のスペシャリストである彼は、産まれて死ぬまで生涯外道だ。
そんな彼、スパルタクス平定という建前上の侵略行為で国ごと吸収された暗殺者達は今、対魔王戦争の切り札『勇者』として大大的に歴史へと引きずり出されて来た。しかし、今後は『裏切り者のド外道勇者』として歴史に残る羽目になる。
「魔王を庇うとは一体、どの様な要件があっての反逆ですか?」
勇者に向かい合う騎士団の筆頭格、眼鏡の男が黄緑がかった長髪を揺らし腕組みをしながら訊ねる。 そう、勇者は魔王を庇っている。魔王城潜入任務の際、パーティー唯一の魔法剣士の転移魔法で城内へと飛び込んだ彼は危なげもなく魔王と接触した。
「さあな。敵味方は気にしないさ、共通の敵が居たから手を組むだけ。それに話す義理も無いだろ? おっさん達は侵略者な訳だし」
急拵えの騎士団長へと勇者は答えた、気怠そうに頭を掻きながらである。
元よりこの勇者、厄介事が大嫌いだった。面倒事はもっと嫌いだ。
そして彼が接敵した途端、魔王は武装を解除したのだ。魔王がつぶさに明かしたのは部下の暴走、先代魔王の死を良い事に秘書官が新勢力を決起したのだという新事実だった。
勇者が知ったのは、好戦派である彼ら新勢力が元凶だというそれだけではない。彼らが仲間を増やしつつも攻勢に出ている今、勇者側を気取る国にも新勢力が紛れ込んでいるという事実、それに加担する人間が居るという大国家セトラビアの意外なまでに切迫した内情だった。
「つまり……」
「俺には話す時間が無いのさ。」
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はい、良いところですが以上になります。去年の暮れ前の走り書きだった筈。まあ、続きは白紙です。
話は変わりますが、本編ですがそちらもきちんと解決させたいなと思いますので、途中退場者の復活にも御期待ください。
――ただ、全員復活するか、きちんと謎が解けるかは保証しませんけどね? ――なんて、まあ次回にでも続きます。
では、また次回にでも逢いましょう……ねっ?
P.S.私はマシュマロが好きである、私はチョコバナナが好きである。甘党である、しかし抹茶味も大好物である。ただ、それなのに私は干し柿は苦手だったり……するにゃあ。




