塗り潰せない、真白の記憶。
いつかの空には鐘が響いた。忘れない、誰かが足りない祝福の鐘、祝辞が少ない披露宴に遺影が目立つ結婚式。
契りと共に結んだ唇、交わした言葉に2つの指輪、赤い糸だと信じていた。でも寂しいねと彼女は笑った、最後の最期まで。
白亜の病棟、行き交う看護士に医療ロボット。トレイをカタカタ揺らして行きすぎる影、分娩室に並ぶ手術室、その目前は余りにも混雑をしていた。
忘れもしまい、昨日の事みたいに明快な僕の記憶。忘れまいと、忘れられんと繰り返し味わう苦々しい思い出を。
「七ヶ崎様、可愛い女の子でしたよ。しかし……」
扉を開いて出て来た看護婦さん、彼女は辛そうに此方を見ていた。
子供を見るのが好きだといった新人看護士の工藤さん、彼女はまるで悪い事をした人みたいに目線を反らしていた。
そんな彼女、その些細な仕草が気になってしまい僕は訊ねる。予め聞いていた事、それが頭をザワザワ揺らす様に過った。
「やはり、駄目でしたか」
首を傾げて訪ねる。
すると、工藤さんは慣れているのか涙も見せずに、僕にとっての悲劇を語った。そう、僕にとっては何よりも重い悲劇だった。
「赤ちゃん、貴方のお子さんは心臓ペースメーカー無しでは生きられないと……担当医にそう伝えろと言われまして」
「機械ですか」
「ええ、この辺りにこう……埋め込む必要がある機械です。それを付けると、彼女には人生の代わりに、携帯などの電子機器には生涯悩まされる重荷を背負わせてしまいます。それでも、そうするしか有りませんでした……ごめんなさい、力及ばず」
僕には、どうやら娘を抱き締める事すら叶わないらしい。絶望した、しかし、続きがあるのも察していた。
「それに、重ねて訃報なのですが……」
「妻が死んだ?」
「……っ。ええ、残念ながら……最期まで必死に堪えていた様ですが、生んだ後、抱き締めつつぼやいたのと同時に」
「…………」
「『今までありがとう、これから、彼と一緒に居てあげて……ね?』と微笑みながら……」
「知っていたか、子供の事を」
「いいえ。彼女は知りませんでした、幸せの頂点でしたよ。彼女にとってあの瞬間は」
「これからだと言うのに……」
年号、それが変わって数年後。僕は歯噛みし、2人と別れた。
悲しいかな、何故か涙は出なかった。
これは多分、貴方が垣間見た将来のお話。
おはようございます、作者です。今朝も時間が残りわずかです。
ではまた次回、明日にでも逢いましょう……ね?
P.S.この話も前回も、遠くない日に加筆します。




