夢みたいなソレから覚めて。
「……き……うさん、い……さん、一喜憂さん!!」
ガッ! っと頭を揺すられる感覚と、寝耳に飛び込む懐かしい声に僕は呻き声で答えた。容赦無いそのスウィングに、僕は嫌々起き上がる羽目にな訳だが……あれ?
「良かった……もう、こんな所で寝てると風邪引きますよ? 身体は大事にしてくださいね、心配する人が居るんですから」
「あ、ああ……」
「どうしました? 鳩が豆鉄砲食らった様なカオですけど、何か気になる事でもありますか?」
そう、不自然だ。目前にはちょっと袖を余らせた寝間着を着た葉月が居た。確かに姉貴の物を貸した記憶はあるし、目前の風景自体には違和感なんて微塵も無い。
しかし、僕が体験していた悪夢にも似たソレは確かに現実だった筈だ。現実味溢れる生々しい世界で僕は、思い出したくも無い様な壮絶な死に方で命を落とした。それも多分、幼なじみの腕の中で。
「なあ、今日は何月何日だっけ?」
堪らずに僕は葉月に問い掛けた。葉月は僕がソファーから半身を起き上がらせても猶、僕の腹の辺りに寄り掛かっていた。
シャワーの湿気を残した夜色の黒髪が艶やかな光沢を持ったまま垂れていたが、苦笑いしつつ首を傾げた彼女に連動して揺れ動く。そして顎に人差し指を当てて彼女は言った。因みに翼は今は見えない。
「えっと……大丈夫ですか? 『今日は8月8日だよ』って先程親切に教えて下さったじゃないですか、あんなドラマチックな出逢いなのに忘れちゃいましたか?」
あれはドラマチックと言うより超展開な気がするが、僕は敢えて苦笑いを返した。ついでに脚を降ろして、ソファーに腰掛ける体勢をとる。
「いいや、ちょっと悪夢にうなされてね……日付が今日と同じだったからさ」
「なるほど。大丈夫ですよ、私が貴方を護りますから」
唐突の頼もしい一言に、気恥ずかしくなって顔を反らしてしまう。焼ける様に熱い顔に僕は、まるで自分の方が女の子みたいだなと思ってしまった。その一言は目前の美少女が語った訳だが。
「一喜憂さんは仁王立ちのまま構えてて下されば結構です、貴方が私の力ですから」
「健気だな、そして何故に仁王立ち……」
「特に深い意味は無いです」
どうやら、僕は葉月と出逢った直後に戻ってきたみたいだ。明白に夢みたいなソレでは頭が焼けた、あの煮沸される様な感覚と全身の痺れは今も記憶に焼けついている。あの高笑いも。
だから僕は思いついた。奴の名前を知っているか、それを葉月に訊ねてみようと。
「葉月、七ヶ崎乃々葉って知っているか?」
「…………」
そうだ、僕を殺した未来人。転校生にそっくりな未来人で、狂気じみた殺人衝動を持っていた。
「《ルナシェルコール》を、一体何処で知ったのですか……?」
「強いて言うなら夢の中で、だな」
ビンゴだ。やはりあれは現実だ、ここまで来て偶然な訳がない。何せ登場人物も実在だと証明されたからだ。
「そうですか……あれは悪魔です。《ルナシェルコール》は他の個体及び多人数を操れます、《アバターエヴァン》であれば最大2体ですがこれは一般人の精神掌握を約2,000人以下に留めている場合です」
「は……!!?」
あの強さで2,000人どころじゃない人数を操れるだなんて、最早勝ち目が無いのでは無いか? たった今殺されてきた僕にはそうとしか思えなかった、絶望的だ。
「確かに彼女は強いです。しかし、彼女を構成するナノマシンには特異な種が使用されており、それが洗脳効果をもたらすのですが欠陥があります。まあ一般的には欠陥とも言えませんが……」
「欠陥なんか、あるのか……?」
疑問にしか思えない。あんなに狂気染みた破壊能力や2,000人規模の思考すら操る膨大な処理能力があるというのに、一体どんな欠陥があるというのだろうか? どうみても、僕にはやっぱり無敵に思えた。
「ええ、私も月弧の呼び声の虜になって居ましたから。一喜憂さんが触れてくれなければ私は貴方を……」
「そうか。取り敢えず名前が英仏混ざっているのには突っ込んで良いの?」
「うー……あっちではもう、単語が全然足りなくて権利他色々と面倒なんですよ。後命名は語感重視の時代ですから」
うつむき、そして顔を上げた葉月。困った碧眼が此方を見上げる、少しだけ見えてしまった胸元に居づらくなった僕は、一段下に降りて葉月の隣に座る事にした。
鼻孔を突く仄かな甘い香りに、自然と身体が熱を覚えた。そんな僕と元気な息子をよそに、葉月はまた解説を始めた。
「《ルナシェルコール》の欠陥、それは“増幅作用を持つ事”なのです。彼女の戦いを見ましたか? 大半の技が高出力を短期的に集約させる攻撃技立った筈です、この為にも彼女は体内の電荷を溜め込む事が出来るのです」
「力を溜めて1度に放てる……それは長所なんじゃないのか?」
「いいえ、一概にそうとは言えません。溜めている間には絶対的な隙が僅かなれど生まれすし、加えまして一喜憂さんの力で“ナノマシンを沈黙可能にできる事”が挙げられますから」
そうか、ナノマシンは体内電気みたいな微弱な電流でも動く様に作られていた。しかし、奴の場合はそれを溜め込む為に僕の無効化の射程圏内だと言う。
確かに今思えば、無効化が葉月にもきちん働いていたならばあの時既に翼は消失していた筈なのだ。やはり、未来の僕が作った基本的なナノマシンは力が干渉しない様にできていた。洗脳解除で終わったのは、その造りの差だったのだ。
「僕にも、勝てるのか……?」
「触れる事さえ、叶えばですけどね」
「ごもっともです……」
「ですが、安心してくださいませんか? 私が貴方を護りますから……ね?」
「はーい……ふぁ、眠い」
曖昧な返事。対して葉月も欠伸をして返してきた、しかし視界はもう薄らぎ始めており。
「なら……寝ましょうか? ふああぅ……、おやすみなさい大事な人」
「おやす……みい…………」
そしていつからだっただろう。僕は、既に夢へと堕ちていたんだ。2人、気付かぬ間に肩を寄せ合い重みを預けて眠っていた。
良い夢を見よう。
そんな些細な決心をしながら、朝まで僕らは身体をゆっくり傾けた。それが、2回目の始まりだっただなんて露ほども気にせず……。
はい、前日書けずに申し訳ありません作者です。お待ちくださっていた皆様には一体なんと弁解したら良いのか……
とにかく、今回は葉月さん回です。もう空気系ヒロインだなんて言わせませんよ多分。
ちなみに作者の友人Aが『イラストまだー?』だなんて言っているのですが、ぶっちゃけ裸や半裸は描いた経験ありません。
イラストは過去にかじった程度なのでいつかは公開するかも知れませんが、挿し絵には期待しないでください。てか更新遅れても良いのか友人Aよ……?
暫くすると、作者は資格試験に終われますので大変嘆かわしい事に更新が滞るかもしれません。ですが、頑張りますし逃げはしませんのでこれからもよろしくお願いします。
PS.どうせならハンネのキャラを突き通せと言われましたのにゃう……




