溢れる明度のシンフォニア。B
「……こくん」
オノマトペ少女の頷き、それに男――返答から察するに未来の七ヶ崎一喜憂――が乗ずる様に語り始める。沈黙する少女、そして隣で呻く友人A。奇妙な静けさに包まれたパソコン室、PC画面の薄明かりに照らされた空間、そこに霞んだ男の声が響いた。
「さてまあ、大正解なんだよね。僕は確かに未来から来た。君と良い妹さんと良い、こちらの住人は勘が抜きん出て鋭い人間ばかりだ。賢い君なら分かると思う、僕は……」
「上目線は気に入らんな、いつからお前は偉くなった?」
言い淀んだ男へと、つい私は本心をぶちまけた。堪らなく女々しいな、この男。どうしようもなく孤独を匂わせ、過剰なまでにそれを訴えてくる様にも思えた。男が本当にあの少年なのだとすれば、それは本当に悲しい事だと考えてしまったのだ。
「同じじゃないか!! どうして君は立ち塞がる、どうして君は取り澄ます!?」
急に男は声を荒らげた。壊れたラジオのノイズの様に、けたたましく耳に痛い声はそう叫んだ。それに対し、私は友人Aを庇う位置へと静かに進みながら答える。時間稼ぎとは言わない、ただ親友には死なれて欲しくは無いからな。むしろ、“心の友”か。
「否定はしない、否定はできんさ。私は確かに“私”を演じているし、それは誰も彼も同じ事、貴様にだって言える事だろうに。そうは思わないのか……?」
ペルソナ、舞台演劇に由来する心理学の話か、と口にしながらそう考えた。人間の外的側面、つまりは公私の公の顔とでも形容すれば良いのだろうか。否、外的側面とはそれ以上に漠然とした概念だったはず、人の言動などとして表に出る外界からのイメージ形成示準とでも言うのだろうか、その反対に秘めたる内的心情を女性らしさ男性らしさで区別するとも昔に聞いた。いつの事だかは忘れた。過去だ、思い出せなくても当然だろう取るに足らない昔の話だ。
私だって、きっと自身を取り繕っている。素直になれない自分を誤魔化しているんだと認識してるさ、中途半端に片意地張って、張るだけ価値無い胸と去勢を張って生きてる。鑑みれば酷い態度、醜い仮面だ。今の男の激昂も、こうしてみれば私の一言から始まっている。
「…………ふん」
どうしたものか、口を開いて反論を始めんとする男の前へと、鼻を鳴らすため息とも嘲りとも付かない呟きを上げながら少女が歩み出た。オノマトペを口遊んだ少女の思惑は友人Aに対する私と同じく庇うためにか? いや、それでも何処か可笑しい気がする。魂が抜けた人形の様な少女、彼女を前に男は言った。
「目を反らせたらどれほどに素敵か、追われるこの身に許されると思うかい? 僕は気付いてしまったんだよ、居場所を探して彷徨う内に、有り得ぬ安寧を追い求める内にさ……自身に眠る衝動、破壊欲という奴の存在とその狂気にね。それは残酷な情欲だろう、でも――それは僕に決心を与えた――総てを壊す決心、それさえ有ればやり直せると確信したんだ」
「世迷言を……!!」
まるで舞台のソロ演目の様に語る男、この男は確かに狂気的だ。口で言う以上に酔っている、酔い潰れていると形容しても過言では無いだろう。破綻、その2文字を連想される狂いまくった言動に私は背筋がつーっと寒くなるのを感じる。この男は危険だ、何をしでかすか分からない危ない男だと私は確信した。少年、お前は将来こうなるというのか……!?
「世迷言、洒落た冗談じゃあないか……冗談じゃない!! 僕は、俺は狂わされたんだよ運命にね! 《タイムパラドックス》? 上等じゃあ無いか、この世界自体がその産物なんだから《タイムパラドックス》なんてのは存在しないも同義なんだよ。世界は破綻を切り捨てなかった、世界はクズみたいな運命をこの世界1つへと集約させたのさ! 不法投棄さ、要らないのならば投げ捨てれば良いだけだとね!!」
「世界を……捨てた? 世界の矛盾はいずれ収束して無くなる、何事も無くひとつの未来に集約するという《タイムパラドックス》否定論の話か?」
歴史改変における最大の争点、それを持ち出してこんどはSF物語でも語らうつもりなのだろうかこの男、未来世界の七ヶ崎一喜憂は訊ねた私へと高らかに答えた。しかし、声は酒やけの様にもしゃがれていて単語1つ聞き取るにも相当の苦労が必要だった。
しかし、背後の彼を考えると意識を凝らしきれないものだ。友人Aよ、やはりお前は私の宝物の様だな。いや、失敬かな。私の大切な仲間、或いは大切な人……なんだよね? と、やはり私自身も矛盾している。表と裏が真逆とは皮肉かな私は、馬鹿なのかも知れんな。
「違うねっ!! 無数に集まる世界には特異な世界が存在したのさ、全ての矛盾の発生源と消失点がね? 所謂“《タイムパラドックス》のゴミ箱”、つまりは諸悪の根源さ、全ての矛盾の原点にして収束点なのさ僕らのこの世界は!! 別世界で生まれた矛盾は須らく総てこの世界で消失する……親子のパラドックスも何もかもがみんなこの世界にね!!」
「そんな……有り得ない!!」
「そう思うんなら考えてみろ。子が未来に行って親を殺した、さすればどうなる?」
「矛盾だ! それは元より出来ないか無かった事になる、或いは世界が破滅するか、別世界での出来事となる多世界解釈に落ち着くに決まっているじゃないか!!」
「大正解、多世界解釈だよ。その子が殺したのは彼が住まう世界ではなくこの世界の親、よって矛盾は発生しない、そう連結された全世界に置いて矛盾は発生しなくなるのさ!」
私の答えに、勝気な笑みをこぼしてから答えた男。彼の意見、それは正しいとは思えない。同じ論など幾度も聞いた、しかし彼の意見は正しいその解釈とは間違っているのだ。彼は迷走している、誤った語彙の解釈に踊らされているのだ。恐らくは、私が間違えていると考えない限りは。
「その論は意味が違う、その予め両親が死んで子が生まれなかった世界になるという話であろう?」
「違うさ、そのまま世界は続いていくのさ。案外大雑把なんだよ神様は、連結された世界内での法則さえ乱れなければ破綻はしないのさ、《タイムマシン》も折込済みの様だよ……納得、頂けたかな? 無理だろうな」
頷く、狂気じみた男へと頷く。相手をしてもきりがない、論じてみても詮無き話だ。ならば、話題を変えるべきだと私は思った。聞きたい事は山程ある、その男を守る少女を見遣ってから私は訊ねた。
「何故、お前は少女を従えている……ッ!!」
不協和音、でしょうかね。こんばんは作者です、こんにちはの方が相応しいでしょうかね? 今宵も頭を痛めております、今回なんかは特にまどろっこしいですし。実力もそうだし知識不足ですねきっと。
とりあえず、多忙ゆえにおやすみなさい。いい夢を、そして貴方とまた逢えたら……凄い、幸せだと思います、私は。おやすみなさい、ではまた明日に……ね?
P.S.矛盾、指摘して下さっても構いませんのよ?(期待してるだなんて実は言えない?




