籠に揺られてゆらゆら百合ら
追い詰められた校舎端、握り締めた手中は空虚な隙間を抱いていた。今は武器になるアンカーも、握る誰かの手のひらも無い。唯、機械壊す無益な“力”がそこに有るだけ。
そして目前では百合香の水龍が反り立つ様にL字に起立し、首ともつかぬその一端を僕に向けていた。
常に循環する水龍の、不定形な癖して大雑把な体格を崩さないその巨躯が、まるで獲物を前に舌舐めずりをするかの様に水滴を溢した。
「ちょっ……一喜憂!! 間に合って、《姫九里滸黄泉》!!」
そんな僕の窮地を見て、目蓋を擦る久遠が声を荒らげた。そして彼女は例の狐モードになる物の、湿気った空気中ではそれが纏う火炎も燻るに留まる。顔を青くし、飛沫を腕で防ぎつつも久遠は叫んだ。
「嘘、間に合わないの……? っ……逃げて、一喜憂――っ!!」
「一喜憂さん……!!」
「ばっ、馬鹿、どうにか避けろよ!!」
次々に声が僕の耳へと飛び込んでくる。みんな自分を二の次にして、僕の方へと振り返っていた。
続けて、高みから僕らを見下ろし続ける西園寺百合香は問い掛けてくる。勝ち誇った様に胸を張りながら――容姿故にか高圧的と表現するにはやや威厳が欠けて見えるが――彼女は高飛車な態度を崩さずに言い放った。
「あははっ、良い眺めだね、私の勝ちだよ!! ねえ、負けてどんな気持ち? ねえ、負けた君は一体ボクにどうして欲しいかな? あはは! 傑作だよ、滑稽なんだよ愉快なんだよ案外と!!」
「くそっ……」
「あはは、ゆっくりじっくり沈めてあげるよ? 君の見て呉れは嫌いじゃ無いのだけれど……ごめんね、邪魔なのよね貴方」
くるりと巻いた青髪を揺らして少女、西園寺百合香は言い、躊躇う様に溜息を吐いた。そして、ぼそりと呟く様にひとりごちた。しかし、それは思いの他明瞭で、遠く離れた僕の耳へも飛び込んできた。
「誰かを守りたい、この気持ち……嘘は無いのに。私は、ボクはどうして、こうして……」
「なら、どうして貴女は其処に居るのですか?」
その声に葉月が反応する。ハッとした様に目を見開く西園寺百合香に対し、責め立てる様に葉月は続けた。透明な、迷いの無い声が青の少女を打ち据える。途端に止まる水龍の動き、この間に思案を巡らせる。僕は真横に駆け出した。
「私は誰かを護る為に此処に居ます、いや……一喜憂さんを護る為に此処に居ます!!」
「わ、私だって……ボクだって世界の人を救いたくって!!」
「だから殺すのですか? 貴女にとって彼は、世界の人とは違うのですか?」
「彼を殺す、それが万……いや億万の人、数多の命を救える手助けになるなら……!!」
「軽いですね、貴女って。それは誰の言葉ですか、誰の命令ですか、もっと沢山の人が救える手だって有るでしょうに……!! 例えば《タイムスリップ》での過去改変、それを用いれば、何回でも過去を変えれば、そうすれば世界中を救えるのでは無いのですか!!」
「違う!! それは間違いだ! 戦争が、戦争が起きて沢山死んじゃう!!」
「なら、貴女が首謀者を殺せば良い」
「う、うわあああああ――――っ!! 私、私は、ボクはあああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
迷い、困惑したそれが襲い掛かってくる。殆ど全方位から、嵐、怒涛となって水龍が迫ってくる。混乱し、錯乱した西園寺百合香の最後の抵抗。それは、自らを無理矢理に立証すべく僕へと牙を引ん剥いた。そんな時、未来さんが僕へと叫ぶ。
「少年、諦めるな!! 全て、総ては心の持ちようだ……だから、生きてくれ!! お願い、生きて――っ!!」
僕は頷く、そして僕は叫んだ。その指示で、総てをひっくり返せると僕は気付いた。これも葉月が時間をくれ、久遠が導いてくれ、未来さんが教えてくれた今があるお陰だった。勿論、友人Aにだってそれは言えている。乃々葉さん、彼女が理解者になってくれたのも大きかった。
――だから、だから僕は諦めない――
「未来さん、水に向かって放電を!! 僕が、僕がコイツをぶっ壊す!!」
明日を見よう、今日を越えようみんなと共に!!
こんばんわ、熱い回になりましたかね? 作者です。
と、それでもここで時間切れ、詳しくはまた次回にでも。
P.S.友人Aの存在感ェ……




