鎖された未来と天罰ゲーム;壱
「あ……あんた、その声にその目、それに葉月を知っているだなんて、まさか一喜憂なの!?」
久遠は膝や股に載せて介抱していた――実際には頭を撫でる事しか出来なかった――2人を、好都合にも陸上部が放置していた高跳び用のマットに寝せて立ち上がり、そして背後に現れた男の肩を揺さ振った。
自分よりも長身であるその男に、久遠は何故か寝そべる小柄な少年と同じ何かを感じたのだ。不自然にもそれは本能的な直感、即ちシックスセンスによる物だった。“愛の力”とか臭い表現をする勇気、それを久遠は持ち合わせていないのだが。
頭を前後に揺らしながら男は答える、用務員用の作業着を着た姿が叫んで痛んだのか喉を撫でながら語り始めた。声は不安定、喉仏を擦る度に歪んでいた。
「そうだね、説明させて貰おうじゃないか。僕は昔から未来人に追われていた、信じられないかも知れないが事実なんだよ……葉月達を見れば少なくとも、現代技術の次元じゃないのは分かるよね?」
「ええ、まあ……」
◆◇◆◇◆
『そう、つまりは今回みたいに僕は死線を潜り抜けたんだ。8月8日、その日が始まり、繰り返しが始まってから総てが変わった。例えば君との関係もね?』
七ヶ崎乃々葉の剣閃が葉月の喉元を捉えて直進する、しかし刃は空と残像を切るだけに終わった。輪を描く様に地を蹴って、その大地を大小様々な岩塊や土塊と変えて浮遊させ、葉月はそれを足蹴にして飛ぶ様に中空を疾駆する。その速度は電磁浮遊に留まる七ヶ崎乃々葉のそれを遥かに凌駕し、飛び交うワイヤーの隙間を縫う様に接近して行く。
「覚悟、偽者七ヶ崎!!」
一閃、猪突に乗せた葉月の刺突が葉月の喉元へと迫る。大鎌は臨機応変に形式を捨て、剣や槍など様々な形状を生き物の様に織り成していた。さながらそれは、生きる武器が進化を繰り返し続け、生物が刻んだ遥かな進化を早送りで描いた様にも見て取れる。
『例えば、七ヶ崎乃々葉は無限にループしている。彼女の子供は四十九院乃々葉であり、四十九院乃々葉はまた彼女の子供でもある、そして2人は双子でもあるし同一人物でもあるし存在しない人物でもあるんだ。懐中時計の話と一緒さ、原点不明の《タイムループ》でありパラドックス。つまりは閉じた未来の弊害って事、まあ理解は難しいかと思うけど』
『「そんな、有り得ない……!!」』
そして葉月が弓の様に引き絞った刃が煌く、無明の刃が閃いて流星へと変貌した。その美しくも獰猛に叫ぶ刃に対し、七ヶ崎乃々葉はつい思いの丈を呟いてしまった。それは致命的な隙となるが、それで終わる彼女でも無かった。
七ヶ崎乃々葉は複雑な笑みを溢す、そんな彼女の首の皮一枚を黒い剣はか細く裂いた。ピシャッと真っ赤な血が飛び散る、旧校舎理科室の壁に赤い血の模様が刻まれ、足元の血は益々その量を増して行く。お互いに血を血で洗う戦い、激しい剣劇に終わりは見えなかった。
『有り得るんだよ、コレがね? 世界は可能性で廻る。例えば世界Aで七ヶ崎乃々葉が生まれて世界Bに転移して自分の母として子を産んだら、それは世界に“世界Bが連鎖する世界”の可能性を示唆して世界の根幹自体を揺るがす事になるんだ』
だが、葉月は知っていた。いや、七ヶ崎乃々葉を除いて総ての人は信じていた、むしろ知らしめられていた。終わらない時は無いと、死なない人は何処にも居ないと、それを自ずと気付かされていたのだ。唯1人、ループを抜けれずに挫折した七ヶ崎乃々葉、彼女の様に明日を諦めずに戦う強さを勝ち得ていたのだ。
だから葉月は力を込めて叫ぶ、それは無垢すぎるが故に無邪気で残酷な少女へと一直線に爆発した。しかし、同時にそれにはマリオネットだった頃の自分への当て付けも含まれていた。葉月の中ではもう、七ヶ崎乃々葉は過去の存在に成ろうとしていた。凛と澄んだ声が反響し、ハッと瞳を見開く七ヶ崎乃々葉へと、
「貴女がどんなに彼を憎もうと、例え恨もうと妬もうと何しようとも許しません!! 貴女は無知です、無知は罪です!! 奪われる苦しみを、失う苦しみを、その身をもって知りなさい!! 斬り払え、霧を掃えと《エヴィエニス》!!」
高潔を意味するそれ、名前とは裏腹な暗黒を宿したそれが七ヶ崎乃々葉の胸部装甲へと突き刺さる。そして器用にも空中でマウントポジションを取った葉月は、乃々葉の胸へと突き立てた刃を垂直に変えて口元を“墜とせ”と動かす。その呟きに、七ヶ崎乃々葉は蒼白になった。
「や、ヤダ……嫌、止めて!! 嫌、嫌イヤ嫌嫌イヤ、いやああああああああああああ!!」
狂気染みた少女の泣き叫ぶ声。しかしそれはまるで、嬲られて散らされる少女の様ないたいけな慟哭にも聞き取れた。信じられないと、考えられないと、まるでその現実を振り払う様に少女はもがき苦しんでいた。
『自分から子供がまた自分を産むだなんて、そんなの有り得る訳が……』
呟く葉月はその声を大にしていく、無音から振幅を広げ、その緊張に振動数を上げた音色が青空へと響いた。天国を連想させる青々と抜ける空、そこで漆黒は三日月を描いた。そして、声と共に彼女、葉月と乃々葉は地獄、血の池地獄の眼下へと突き刺さる。叫ぶ声が、大気さえも命脈あらたかに震わせていく。
「墜ちなさい、《ルナシェルコール》!!」
土煙、轟音と共に真紅は飛び散る。赤絵の具は青空の下に拡散し、吹き飛ばされるがままにスパッタリングの球模様を重ねていった。大地に落ちた悪魔と天使、そこには乃々葉に馬乗りになる葉月の姿があった。葉月は勝ち誇った笑みを浮かべ、そのままの姿勢で刃を眉間に突き付けた。
「チェックメイトです、《ルナシェルコール》……!!」
物語、クライマックスへの転換点が訪れようとしているのでしょうか?
どうもこんばんは、作者です。昨日は投稿、間に合いませんでしたね。なので本日は2回投稿みたいな形です。すいませんが眠いです、いい加減に寝たいです。
という事で、時期に1日だけお休みを頂いちゃうかもしれません。今書いていてもこのままパソコンに突っ伏して寝ちゃいそうです……あれですよね、居眠りとか寝落ち、二度寝はしている間は天国なんですよね。
皆さんは夢を見ますか?
私は楽しい夢は見ません、悲しい夢や悪夢ばかりを見てしまいます。それが私の脳内なのでしょう、ファンタジーや浪漫に逃避する過程に、過去に散々ぶっ壊されてしまった結末なのでしょう。もう1度、もう1度と私は足掻いて叫び続けます。きっと夢の中でも、助けて、助けてと私は独り、孤独の最中で泣き叫んでいるのでしょう。
悲しい思い出、壊れた自分自身、取り繕う内にアイデンティティーもレーゾンテートルも無くしちゃったみたいですね?
さてみなさん、前衛的な「括弧」『鍵括弧』による2場面同時進行でカオスな場面からですが次回もよろしくお願いします。今回なんかは特に、内容や読み易さ、演出に関する感想なんかを募集したいなって思います。お疲れ様でした、また明日。
P.S.あ、今日付変わっちゃいましたね……(当惑)




