鎖された未来と天罰ゲーム;零
「なっ……!!」
「《八千代高千穂》、招来……」
僕の腰回りを背後から抱かれた。そこには白狐が居た訳で、パチパチと火花の様に電光を花開かせていた。静電気の様な感覚が走る、同時に未来さんの瞳が霞んだ。
「ふふっ、さて問題です。私の通称はなんでしょーかっ? ふふ、あははっ!!」
「《ルナシェルコール》っ……お前!!」
戯けた調子でそう言った、深淵へと誘う様な暗い瞳で僕を見る七ヶ崎乃々葉。僕は唯、怒りを声にするしか出来なかった。
『あれは悪魔です。《ルナシェルコール》は他の個体及び多人数を操れます、《アバターエヴァン》であれば最大2体ですがこれは一般人の精神掌握を約2,000人以下に留めている場合です』
葉月の声が脳裏に浮かぶ、何度聞いても絶望的な数字だが、今一番絶望的なのはこの状況なのだ。命の危機もそうだが、七ヶ崎乃々葉は手を下さないらしい、つまりは未来さんに殺されるという事が問題だ。
僕の“力”は電気を元に磁気嵐とやらを生むと聞いた、そう足許の未来さんから教わった筈だ。それが機械を破砕する力だとも、一定電力以上で発動するとも聞いていた。
対して天津風未来さんの能力は何か、恐らくは発電か何かだろう、それもかなり高出力なのは明白だ。そんな彼女は七ヶ崎乃々葉に操られるがままに動いていた、ひょっとすると朝出会えたのも彼女の差し金だったのかも知れない。このループに干渉できるのはたった3人なのだから、いやむしろ3人居るからこそ此処までの確変が有るのだろうか。と、僕はふとそう思ってしまう。
とにかく、その未来さんがもし《アバターエヴァン》有るならば僕は、彼女自身を破壊してしまう事になる。もう既に痺れは益し、明らかに未来さんも手遅れに見えた。瞳孔を広げたまま彼女は、恨めしいとも語らない無表情で僕を見ていた。
「どうしたのかしら、そんなに憎憎しげな笑みを浮かべて……さあ見せてよ、もっと見せてくださいよ貴方が彼女を壊し、更に心を壊すのを!! きゃはははははは!!」
「くっ……」
笑う七ヶ崎乃々葉、万事休すという奴だ。僕には今の未来さんを振り払える力も無い、今の彼女にリミッターは無いのだ。無理矢理に限界値まで引き上げられた筋力をフル活用で僕を押さえている、徐々にとかじゃなく、もうすぐ一気に身体が砕けそうに思える。振り払うにはそれこそ彼女を止めるしかない、だが未来さんを犠牲にするなんてそんなのは無理だ。僕は唯、拳を悔しさに握り締めていた。
「《ルナシェルコール》が命じます、能力全面解放……焼け焦がしちゃいなさい!!」
「う」
返事ともつかない言葉を漏らし、未来さんは身動ぎをする。徐々に脚の痺れが増して行き、筋肉が膨張と弛緩を繰り返して立てなくなる。ビクンビクンと全身がのたうち、頭の回路が焼け落ちていく感覚。最早言葉を出す事すら叶わず、痛みに泣き叫べないままブルブル震える頬を感じる。全身を焦がそうとしたそれがなんとか止まった時、未来さんと僕は地面に倒れた。そして僕の元へと七ヶ崎乃々葉はやって来て、装甲板を身に着けた足で僕を小突いた。
「っ……」
声に出来ない苦痛、全身が未だにひっくり返った様に痙攣している。声を出せるのが奇跡みたいだ。
「はっ、無様ねぇ……可愛くて素敵だけど。その恨みったらしい瞳、何度見ても恍惚としちゃいますわね? ふふっ、どうやら貴方の方が頑丈だった様ですね。いやぁ……まさかコンセント程度の出力値で彼女を破壊してしまうだなんてね? あは、面白いです。ふふっ、素敵ですよ……あはははっ!!」
「ぐえっ!」
腹を蹴られ、明滅する視界の中で血反吐を吐き出す。赤い血溜まりが赤く見えない、青い空が灰色みたいにくすんで見えるのだ。そう、目前に飛び込んできた少女や駆け寄ってきた幼馴染でさえも真っ白に消えてゆくのだ。靴音と飛び散る水音、曇り無い清流を想起させる硝子色の声が耳に届いた。
「これ以上の狼藉は許しません、一喜憂さんは……一喜憂さんは私が護ります!! 勝負です、月弧の呼び声!! ――見てて下さい、お父様!!」
◆◇◆◇◆
掬い上げる黒い大鎌、それを飛び越えて突き出された白亜の刃も当らない。交錯する白と黒、閃光の残像を埋め尽くす火花、同時に炸裂する。お互いに口を開く間も、言葉を交わす余裕すらないのだ。油断も何も無く、唯只管に怒り、感情に身を任せる黒大鎌の天使。対するは笑みを浮かべ、口角を吊り上げたままで光り輝く剣を振るう雷光纏いし悪魔だった。
今一度、切り結んだ衝撃が伝播して空気が震えるのを久遠は感じた。どうにか目を覚ました友人Aと運んできた2人を抱き締め、項垂れる幼馴染の頭を撫で、目覚めぬ姉の頬に唇を落とす。泪粒がその病的なまでに白い頬を濡らし、生きるのを止めた身体に水晶の雨を捧げた。友人Aは今も生存者の確認をし、適宜元の居場所へと引き換えさせていた。今は1人、外から葉月を見ている事しか出来なかったのだ。
ふと、唐突に体が跳ねたのを久遠は感じた。いつもの癖、虫の知らせにも似たその感覚に辺りを見回すが、戦っている2人以外にはこれといって影も見えなかった。しかし、そんな久遠のピンと立った耳へと声は響いた。久遠は思わず全身の毛をビクンと逆立たせる。
「駄目だね、僕はさ。隠れて居ようと思ったが駄目だったみたいだ」
その声に思わず久遠は脹脛に寝せている少年を確認する、依然として昏睡しているままだった。だから久遠は恐る恐る、その声の方へと振り向いたのだった。
「あ、貴方は……いやあんたは!!」
「そうだね、しがない用務員B。君達にとっては最低最悪であり、唯一無二の救世主ともいえる存在かもしれない、違うかな? ……ね、久遠?」
◆◇◆◇◆
「貴女の目的は何です、どうして罪の無い人を巻き込むのですか貴女は!!」
「簡単よ、殺さなくちゃいけない人が居るから――私達のお父様であり総ての破綻の零地点――七ヶ崎一喜憂を殺さなければいけないの。歴史は今や渦を巻いているわ、停滞して渦を巻いて脚を引っ張り合っているの。リセットされ続ける歴史、そんな先に未来を描く暇なんて無くてよ!! 退屈を潰す為には対価が居るわ、未来が出した結論がコレなのだから……貫き徹せ《バラクタス》!!」
距離を取り、寸暇に投げかけた私の言葉に返って来たのは覆らぬ結論と襲い掛かる黒の奔流。眼に見える電光を宿したそれに鎌を宛がっては私は叫ぶ、1本、2本と続けざまにワイヤーは地に伏せられる。
「墜ちろ、落とせ! 断ち切りなさいっ!!」
最後のワイヤー群を斬り払い、断絶した瞬間にナイフの群れが飛んでくる。顔面を掠めたそれに頬を傷付けられても、貰った制服を切り裂かれても猶飛び込んでゆく。やっと視界が開けた時、そこには誰も居なかった。私はハッとして辺りを見回す、しかし360度に羽の有る人影は無い。そんな時、私の直上から笑いを必死に堪える様な声が聞こえた。
「上よ、上、ぷっ……くすくす。私の力を応用すると“電磁浮遊”が出来るの、原理はイオンクラフトやリフターに近い物だと思えば良いわ。さあ……お逝きなさい!!」
此方に銃口が向いていた事に気付く、しかし鎌では振り上げても間に合わない高さだ。飛び着いた私の身体は慣性で落下運動するしかないのだ。重力加算も相対的な能力の為自分には使えない、仮に着地点の地面に使用したとしても回避は間に合わないだろう。もうすぐ、私へと超音速の弾丸が飛来するのだ。私は悔しさに奥歯を目一杯に噛み締めた、しかし現状が変わる訳でも無く銃身はピピピと機械的な動作音を上げていた。
「裏切り者には天罰を、《バラウール」[葉月!! 翼に黒、《エヴァンシェル》を身に纏え!!]「ヴィラヒア》っ!!」
◆◇◆◇◆
貫いた、私はそう確信していた。その脳天を、脳味噌丸ごとを弾丸が貫いた物だと信じて疑わなかった。だけど、それは違った。思わぬ乱入者は私の獲物へと指示を下したのだ、その声には覚えが有る、記憶が知らなくてもメモリーが、上書きされた本能が理解しているお父様の声だった。殺すべき対象のヒントを得、目前の裏切り者は黒塊へと姿を変えた。
私の放った弾丸はその表面に弾けた瞬間に指向性を変えた、むしろ抗い難い重力と抗力、自然の摂理とも言うべきか物理法則によって天高くへと姿を消したのだ。
そして弾丸を弾き飛ばした真っ黒い卵は孵化する様に罅割れ、生まれた出た少女は神話の不死鳥が如く翼を広げたのだ。
「さぁ――『そんなに退屈ならゲームをしましょう』――始めましょう、貴女を裁いて未来を捌く、明日を切り裂く『天罰ゲーム』を!!」
――ライブラリデータ“如月葉月”がオーバーフロー、破損しました。――
◆【オーバーフロー】
コンピューターにおいて数値として演算及び表記できる値を超過する事、加えてそれに付随して発生するエラーを意味する。『桁あふれ』などとも呼称される。
◆【イオンクラフト】&【リフター】
※殆ど同意な為、一項として記述する。
アルミニウム箔と電線を利用してコンデンサに近い構造を構成した装置で、それぞれの端子に別々な極性の高電圧を掛けた際に浮上する物の事を言う。某運命石の扉では、タイムマシン構築の際にカーブラックホール(軸が回転しているブラックホール)生成を安定させる調整装置として設定されていたりもして近年、久々に脚光を浴びた。
どうもこんばんは、作者です。こんかいはPC執筆なので普段よりも地の文さんが饒舌です、許してやってください。
さて、今宵は月が綺麗ですね。
ちなみに作者は別に窓を覗いていない訳ですが、この言葉には別な意味が有ったりもします。まぁ夏目漱石のエピソードですよ、事実かは定かでないので調べてみるのも一興かと。敢えて今回は言いません、作者はコレまで3回言われました。まぁ気付きませんでしたが。
あれですね、和訳というのも文才やセンスがはっきりするものですよね。直訳すると「私は君が好きだ、君しか見えない」が、人によっては「私は君の虜だ、最早溺れて明日すら見えない」とかってなりますし。まあ後は好みの問題ですけれども。アレンジのし過ぎは試験では控える事を推奨します。「太郎はラブレターを貰った」ってさ、本当に日本語で訳すと「太郎は恋文を貰った」だよね……これ私だけ点数2倍で良いと思うの。英語から来たカタカナ語、それって結局カタカナ語だと思ってしまうといういけない自分。
さて、また明日にでも。今宵も皆様に素晴しき夢を、目覚めた先には青空と輝かしい明日が待っています事を切に願います。
P.S.曇り空、貫き出たら空は蒼?




