四十九院と天罰ゲーム:序
「ルールは簡単です。この紐くじを2本の内1本を交互に引いて、赤いハズレを引いたら相手の質問に嘘偽り無く答える。そんな簡単なゲームです」
四十九院乃々葉は、左ポケットの中から器用にちり紙製の紐くじを取り出した。予めこうする計画があったのか、または常時持ち歩いているのか、紐くじの1本はきちんと端が赤かった。
こいつは未だに理解できない。敵意や殺意は感じないが、瞳に得も言われぬ鋭さが有った。僕には知り得ぬ決意を、四十九院乃々葉は持っていた。
「仮にそれをするとして、いつになったら解放してくれる?」
「私が満足したらです。嫌なら七ヶ崎くんの右腕が明後日の方角に捩れますが、そちらの方がよろしいですか?」
芳しい状況では無いが、このゲームは長引いても損は無い様だ。四十九院乃々葉の満足が遠い程、僕にも質問のチャンスが増えるからだ。
つまり、今の自分には現在の状況を有意義な物にするという選択肢が与えられた。久遠との合流が妨げられるのは変わらないにしろ、ひたすらに質問を続けられるよりは遥かにマシだった。
「……分かった。先攻はどうする?」
「選択権は譲ります、七ヶ崎くんが決めてください。早く終わらせたいなら私先手、聞きたい事が出来たのなら七ヶ崎くん先手を推奨します」
譲ってきた、ここで選択肢は2つだ。くじを持つ四十九院乃々葉を先手にするか、僕が先手に回るかだ。
利害が五分五分なだけに解答が悩ましいが、僕の答えは即座に決まった。些細な事も気にかける辺り、よほど時間を稼ぎたいのかと不信感が積み上がってくる。
「先手は譲る、僕から引くよ」
「分かりました。引いてください、七ヶ崎くん」
四十九院乃々葉はにこりと笑って紐くじを差し出す、これが教室の休み時間ならどれ程良かっただろう。疑いも無くこの転校生とプロフィールなんかを質問し合う楽しい時間だったはずなのに。
はっと僕は気付いた、もう休み時間だが誰も廊下を通らないのだ。まるで時間が止まった様に、校舎の中は静寂に包まれていた。
「なあ、校舎の中……静か過ぎないか?」
「そうですね。同意こそしますが質問には答えませんよ。ルールは絶対です、さあ……早く引いてください」
「ああ。白だな……ハズレだ」
真っ白な紐、無益な結果に悔しくなる。僕は四十九院から残りのくじを受け取り、ポケットの中で混ぜて取り出す。
「良いぞ、引いてくれ」
「赤です」
すっと、迷い無く伸びて来た色白の手が引いたのは血の様な赤い紐。結果を告げたまま四十九院乃々葉は質問を始める。
「七ヶ崎くんは――機械に触れる事が出来ない――違いませんね?」
「ああ、おかげで携帯電話も持てやしない」
何故、僕の力を知っている? やはり四十九院乃々葉は何かが違う。他人とは別格の風雅、誰もを惹き付ける魔力があった。それに準じる何かがあった。
「七ヶ崎くんが引く番です、どうぞ」
「赤だ。お前は一体、何を何処まで知っている?」
すると、四十九院乃々葉はくじを持った左手を手櫛にして長髪を掻きあげた。舞い上がった髪が瞳まで墜ちた時、四十九院の眼差しは刃物の如く鋭さを増した。
「知っている事しか知りません。分かる事を分かる範囲で理解し、知らない事は知らないままです」
冷淡な声と淡白な口調、返ってきた答えは余りにも理不尽な物だった。
「そんなん、アリかよ……」
「ルールですから。はい、七ヶ崎くんが引く番ですよ?」
白と赤。四十九院乃々葉は白か黒か? 何一つ分からないまま、悪戯に時間は過ぎていく。それなのにループはまだ、始まったばかりだった。
僕は思う――このゲームは、いつになったら終わるのだろうか?――気紛れの終着駅が知れたなら、僕も大分楽になれるのに、と……。




