そして僕は歩き出すのか。
「行きましょう、一喜憂さんっ♪」
くるりと翻る夜色の御髪、繊細且つ流麗と華開くモノトーンのそれは赤いリボンのアクセントにより尚更色濃く目蓋に残った。桜色の唇と蒼の瞳の真ん中、鬢(びん、耳周りの毛)に8の字格子を描き緒を垂らすリボンはその艶やかな黒髪をより美しく彩っていた。
「うん、鍵も閉めたし大丈夫だな。よし……行こうか!」
「はいっ!」
今日も、いや今回も葉月は学校に行きたいと言ったのだ。今更ながらにその知識を持っているのは不思議だが、そんな葉月に僕は姉貴の着ていた制服を貸してやった。
「どうですか、似合いますか一喜憂さん?」
「葉月はスタイル良いから何着ても似合うよ、僕ならそう思う」
「む……」
僕がそう言うと、葉月は急に接近してきた。葉月の視線に戸惑う僕がその青に浮かび、優しい吐息が鼻にまで掛かる距離だ。
「ど、どうした……?」
「なんか、今朝より大人臭いです一喜憂さん」
「…………」
そう言ってスッと踏み跳ね下がる葉月、そして屈託の無い笑みを浮かべる。そして振り返って歩き出す、空は果てない青一色だった。
「貴女達、朝から何やってるの……?」
「「あ……」」
目線の先、葉月の影だった場所には亜麻色の長髪を垂らす乙女がいた。いかにも憮然とした様子だが、眉が不自然に上下するのも見てとれた。後、珈琲缶を握り潰さん勢いで握る姿も。
「お……おはよう久遠、いつからそこに居たんだ?」
「『どうですか、似合いますか一喜憂さん?』の辺りから、かなぁー?」
それなりに上手い声真似をしながらも久遠はプルプルと震えていた。無理矢理に形作った笑顔、頬を強張らせたまま久遠は頭を掻いていた。
「そんな前から!?」
「そう、そんな前から」
と、冷めた横目で言われた僕は葉月に視線を移し、一方通行な事違い無いアイコンタクトを交わして助けを求めた。青い瞳は考え込む様に顔を伏せた、相変わらず正面からはドス黒い気配を感じる。
場が膠着したまま暫くすると、葉月は久遠の前に歩み出た。深々とお辞儀をした辺り――僕は何度も聞いたので忘れていたが――自己紹介でもするのだろう。
「初めまして、如月葉月と申します。一喜憂さんの……“妻”です♪」
「オイィ!!?」
確かに自己紹介だった、自己紹介だったんだが認める訳にはいかない。僕は訂正を求めるべく耳打ちをする、ますます久遠の視線が凄んだ気がする。
『ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ葉月!?』
「私にも聴こえてるんだけど、名前で呼び合う関係だなんて……」
『え? どうしましたか“旦那様”』
「いや、2人ともちょっと待ったああああ!!」
「「え?」」
「別に葉月とはまだなんにも無いからね!?」
なんとかキッパリと言い切り連鎖を断ち切った、しかしどうにも2人は満足していない様子だった。そう、僕が失言に気付いたのは久遠のツッコミにしては重い一撃が腰に入るのと同時であり、また葉月が目を輝かせるのとも同時であった。
久遠は言う、
「“まだ”!?」
葉月も言う、
「“まだ”と言う事は……」
そして、2人は声を揃えて詰め寄ってきた。
「「いずれは嫁にするって事なの」ですかっ!?」
妙に噛み合う台詞、ただタイミングだけは合わないが2人の思考は一致していたらしい事を理解した。僕は、戸惑いながらも否定する。
「いや、待ってホラ、実際そんな未来の事まで考えてないからね?」
「あなた、まさか遊びの関係なの?」
「どうしてそうなる!? 今はなんでも無いんだって!!」
「「“今は”……」」
「だから違うって!! は、葉月は唯の従妹だから!!」
取り敢えず急ごしらえな嘘で訂正する、これなら前回よりも怪しまれまい。すると、久遠は口許を手で覆いながらわざとらしく後退する。そして口から出た言葉は、
「一喜憂、従妹に手を掛けちゃったの……」
「違うから! 唯の従妹だから、友人以上従兄妹未満だから!!」
「「うー」」
凄い禍根が残りそうな展開である、冗談なのかはたまた本心からなのか、久遠の気持ちを知っていると分からなくなる。
あの時、久遠が消えてしまう瞬間を見てから、また彼女が消えてしまう瞬間が来るのだろうかと不安になる。
そう言えば、葉月は一体あの時どうしていたのだろう。時間が戻ったからには記憶には無いだろう、聞いても無駄だと思いながら問い掛けようとしたその時だった。
「おいーっす! おっはよう一喜憂、朝から湿気た面してどうしたんだ?」
「お前の性だとまだ分からないのか」
「ひどっ! てか心の友よ、そこの可愛い乙女は……誰?」
唐突にやって来た奴、もとい友人Aは葉月を指差して言った。そうだよな、僕以外は今日が初めて、初めての初めましてかと感慨深くなる。僕は友人Aが伸ばした無作法な指を下ろさせながら説明する、続いて葉月が丁寧なお辞儀を重ねた。
「この子は如月葉月、字は2月と8月の異名そのままだ。僕の従妹で、昨日から此方に越してきている」
「葉月です、不束者ですがよろしくお願いします」
「礼儀正しい良い子じゃないか、真面目で献身的な後輩って印象だな」
「同い年でしょ、多分さ」
「う、うんまあ……そうだな、そうだろうなー」
「何よその反応。一喜憂、何か隠してたりするの?」
実は28歳だなんて言えると思うか? それにしては余りに若々しい、というか普通に美少女なのだから。未来基準でもそうらしいし扱いに困るのは確かである。
未来基準では後輩で実年齢は大先輩、そんな彼女を同い年扱いする必要があると言うのだから無理もない。
「いや、雰囲気は大人っぽいのにどこか子供臭いからな、意外に愉快犯だったりするから困ったものだと思ったんだよ」
「「「ふーん」」」
「3人揃って何!?」
重なり響いた得も言われぬ感想に、僕は必死になって反抗する。何故か訪れた理不尽な状況の中、3人は口々に感想を述べ始めた。
「そう思われていたんですかと思いまして」
「よく見てるなーって」
「事に及んだのかもなって」
うわ、みんなの目が冷たい……大体演技なのだと分かっていてもこれは厳しい。正直参った気分だった時、意外な助け船がやって来た。
「だから、お前らと言う奴は……なんて。朝から賑やかだな少年諸君?」
門の向こう、一本杉ならぬ一本桜の影、そこには目が覚める様な白髪の少女、『歩く残念』こと天津風未来が居た。
「え、未来さん?」
「お姉ちゃんと知り合いなの!?」
つい口から漏れた声と驚く久遠、まあ久遠と知り合ってから“前回の今日”まで会話すら交わしていないのだからそうだろう。
つまりは人生を過ごす過程で、天津風家の懐刀であり箱入り娘だった彼女との面識なぞ僕には無くて当たり前なのだ。
むかし久遠は言っていた、天才みたいな姉が居ると、いずれ災いを呼ぶ白狐が憑いているから閉じ込められていると。
天津風未来は見ての通りの白狐だった、尾が白かったからそうなのだろう。言い伝えがどんな話か、僕は詳細を知らない。
「あ、未来姉さんじゃないですか!!」
「あんたまで知り合いっ!!?」
まさかの友人A、そんな具合に驚く久遠。まあ確かに前回、僕もこの2人には驚かされた。
だってあの『歩く残念2号』――ただし此方は僕命名なのだけれど――それがこんな奇天烈美少女と知り合いだなんて、一体どこの誰が考えようか。
「ご機嫌麗しゅう諸君、久遠の姉の天津風未来だ。少年も少女もよろしく頼むぞ?」
「僕は七ヶ崎一喜憂です、よろしく頼みます。で、こっちが……」
「如月葉月です、不束者ですがよろしくお願い致します!」
「俺はゆ」「私は天津風久遠、未来と過去は有るけど間は無いの、変わった姉もろともよろしくね?」
ひと通り全員が自己紹介を終え、僕は全員を見回した。同じ日を繰り返す僕の周りには、白亜の髪を靡かせる銀狐、空から降ってきた未来人天使、僕に恋する金色狐な幼なじみがいる。なんと言うか正にカオスだが、そこで葉月は久遠に答えた。
「俺は」「はいっ、負けませんから♪」
「俺」「何の対決!!?」
「主人公って、鈍感なのが王道だよな……一番不憫な友人Aよ?」
「ああ……やっと出番が、未来姉さん」
「そんなお前、呼び名的にチョイ役だがな! “親友と幼なじみは報われないの法則”!!」
「くる姉、私まで貶してるからねそれ!?」
「こまけえこたあ良いんだよ!!」
「お前ら遅刻する気かよ!!?」
騒がしくなりそうだ、そんな予感が僕を苛む。朝の通学路に並ぶ5人、個性的な僕らの前には敵など無い気がした。
どうも、すみませんっした――――っ!!
投稿遅れました作者です、こんばんは!!
時間はギリギリなのですが、次回ははちゃめちゃしながら参りましょう、ひさびさに用務員さんの出番です。
なんか新キャラとか来そうですがよろしくです!




