Chain Thaumaturgy:弐
そうだった、コレはフラッシュバックする未来での記憶……俺は、歴史改編犯罪者と戦っていた。
◆◇◆◇◆
「どんな気分だよ《タイムパトロール》、コイツが世界の決断だぜ!!」
辺りを満たす白光、渦巻く痛みは皮膚を熔かす、目蓋にさえ焼け付く影には阿鼻叫喚に仰け反る人影が見えもしないのにちらつく気がした。
それは8月に飛んだ時の事だった、相手が誘い込んで来たのは長崎の神社。俺はその境内にて、愛する人を救うべく歴史改編をした犯罪者と相まみえていた。
虚蝉を切り裂く轟音と共に世界は消える、塗り潰す緩慢な光、それは原爆と呼ばれた。緩慢、それは間違いだろう。唯、そう思っただけだが。
「何かを強引に奪い去り、総てが数字に消えて行くんだよ、総てな、あいつの笑顔も泣き顔も、何一つ残さずに奪い去って行くんだよ!! それなのに《タイムパトロール》、お前らは観測不能な正史崩壊を危惧してる! 血染めの歴史でも良い、あいつさえ隣に居ればそれで良いのに!!」
そうだ、こいつが言う事は最もだった。俺達はいつしか宇宙人相手に夢を追う組織から変遷し、MIBの支援を受けて独立、宇宙人の相手は連中に任せて“未来人”の対応に当たる事になっていた。
理科室から始まった小さな組織、いったい誰が《タイムパトロール》なんかになると知り得ようか? それは俺達か、もっと未来の人だけだ。
俺達の役目は《タイムパラドックス》の阻止だ、僅かながらタイムマシンが生まれてしまった時代の俺達には歴史改編による矛盾と戦わねばいけない責務があった。
例えばだ、親を殺せばそいつはどうなる? 恐竜を殺せばそいつはどうなる? その結末は誰も知らない、後者なんかはもっての他だ。だが俺達はその矛盾を生ませない為に戦っている“《タイムパラドックス》の阻止”、それだけが行動理念だった。
「残念だが、そいつぁ出来ない相談だな……俺達α軸の歴史には工藤朝月の名前はねえよ。だから諦めてくれよ、俺はお前を撃ちたくは無い」
死ぬ筈だった人を生かす、それがどれ程歴史に誤差を与えるかは明確だ。その人間はやがて恋して結ばれて、生まれた子孫もやがてまた恋をするのだ。血、存在しなかった筈の遺伝子が樹型図の如く拡散していくのだ。
「過去に死体が、血痕が残るのが怖いか《タイムパトロール》!! お前達はいつもそうだ、見えもしない世界軸崩壊に怯えている! 何故だ!? 何故歴史を変えて、その被害者を救おうとしない!! 歴史を変えても世界は消えない、それで良いだろ? 違うか、《タイムパトロール》!!」
男は言う、確かにその通りなのだ。未来人の血は今生を生きる生命の交わりの中で生まれ、研鑽されてきた遺伝子にコピーは無いのだからそれは存在し得ない異物である。
「悪い、それでα世界が消滅するとか勘弁だからな……確かに世界がずれるだけだが、俺はそれを防がなくちゃいけねえんだ」
俺達は自分達が住む歴史の軸をα世界軸と呼んでいるのだ、糸の様な無数の因果が絡み合い縄として歴史を成すと解釈している。それを別な糸に移す事を歴史改変、それによって綻びから世界が破綻する事を《タイムパラドックス》と俺達は呼んでいる。あくまでも定義上ではだが。
熱とその余波で陽炎が包む、幻惑された様に山間の神社は霞んだ。もうじき総てが終わる、そうとでも言いたげな景色だった。隔離空間化しているとは言え、あの熱では唯では済むまい。
「正史とは誰が決めた!? あんな血塗れの歴史を、リセットできるチャンスが有るんだぞ!? 過去をより良い未来に導く、歴史改正の何が……何がいけないっ!!」
乾いた発砲音、脇腹を掠めたそれは血生臭い香りを残して消えてゆく。立ち尽くす男に、歩み寄りながら俺は言う。
「悪いが、誰も死ねない未来なんて存在しないからな……依怙贔屓なんて許せねぇんだよ!! 確保する!! 抵抗は無駄だっ……降伏しろ!!」
俺が未来ガジェット初号機弐式《鋼索アンカーKAGELOW》を向けたその時だった、男は狂った様に笑いだすのだ。顔を半分隠し、勝ち誇った笑みを浮かべて男は語りだす。
「くくくっ、あーはっはっ!! なんとあいつはもう大分だ、しかも子供を孕んでるんだよなコレがよ!! 残念だが、貴様の負けだよ《タイムパトロール》!!」
「なん……だと……?」
「知ってるか? あいつ潜入捜査中のお前に惚れちまってたんだとよ、お前も歴史には介入してるんだぜ?」
「…………」
今更ながらに予想外だ、しかも悪い方に転んでいたのだ。俺はこの時代の戸籍が無い為にテント生活をしていたのだが……どうやらワイルドさが災いした様だ。仕事先ではやたらモテる不思議がある、この仕事を破棄できればと俺は嘆くよ。
「ったく……振り向かせる切っ掛けが、花束じゃなくて金玉だったなんて笑えないぜ? とんだロマンティシズムもあったもんだよ、女は想い出のままの方が綺麗だ。なあ朝月……ったく、覚えとけよ? 坊主、お前もお前だよ馬鹿野郎」
「お前……、お前っ!」
パァンと虚しい音、再び響いた銃声と共にコンクリが抉れる。そして、その銃はついに俺の額へと添えられる。
「さて、さよならの前に」
「くっ……」
「Among the nonsense repetition,what on earth you are looking for? あばよ《タイムパトロール》……楽しい時間だったよ。-bye?」
「うおおおおおお!!」
カシュンと身の無い音、続いて銃声が響いた。交錯する斜線、光が埋め尽くす中で男は倒れた。しかし、同時に俺の腹にも激痛が走る。
「はあっ……はあっ! くそっ!!」
最悪の結末だった。何も防げぬままに男を殺した、その苛立ちに地面にアンカーを叩き付ける。パキリと1度だけなってひび割れたそれは、何よりも俺の心を体現していた。あれは、人生最悪の真夏日だった。
確か、あれは8月の9日だったか――
◆◇◆◇◆
運命とは難儀な物である。その失敗を問われて俺は捜査員から監視員へと転属になった、同時に俺は殺す為の覚悟を覚えた。 あの真夏日、男と喋らずに拘束できていたらと何度も悔やんだ。殺害許可が出ていたのに更生を期待していた、奴は改正派の人間だと知っていた上でだ。それが誤りだったのだ、きっと。
「俺はっ、俺はあああ!!」
回りだした螺環砲が火を吹いた、その斜線を水中踊る少女へと追随させる。水飛沫が散り、近付いて来る。あの水に触れたら死ぬと言うのに、それよりも執着が勝っていた。
もう一度、捜査員へと戻りたかった。そうすれば任務の度に会える、あの赤い瞳が美しい彼女に。今の姿に面影を抱くのも変な話だが、俺は未来の彼女に打ち明けたかった。
しかし叶わないのだ、潜入と監視が主である監視員に帰宅の余地は無い。未来の元には戻れずに、唯ぐうたらと生きて見守るだけなのだから。
「こなくそおお―――――っ!!」
最後の弾丸、それがやっと少女の胸を貫く。水中に赤い華が咲いたのだ、真っ赤な真っ赤な血の華が。染み出したそれは滲む様に溶けていく、儚く、えげつなく真実味を持って。
「やっと……終わった?」
「死ねた……、私、やっと……死ねたよ」
バサアアと滝音をたてて水塊が崩れ落ち、華奢な少女がばさりと落ちた。そして、少女は呻く様に呟く。
「ありがと、マーメイド……私を、綺麗なままに殺してくれて……」
「俺は、俺はっ……」
「――ありがとう、愛しい人」
ばたり、天井へと伸ばした手が倒れたのを見届けて俺も倒れた。どうやらアクチュエーターがいかれたらしい、防水機能を無視するたぁどんな水だよ……ったく。
「なあ、未来……」
膝が地に着く、脚が動かなくなる。よろりとよろけて真横に転んだ、目前には少女が見えた。膝が、笑っちまって動かねえ……口が自然と緩んだ笑みを浮かべた。
「元気……してるかよ? 俺はもう――」
駄目、みたいだ――
あの9日は、もう――来ない。
どうも、作者です。ちゃんと黙祷はしてましたか、皆さん?
友人Aの過去です、謎多き彼のヴェールが剥がれてきましたね。ヴェール、むしろ鍍金でしょうかね?
彼も未来の人間、《タイムパトロール》だなんて青狸が浮かびますがこれもSFではお決まりですよね。歴史を守る側の人間である彼、それが苦悶する様が描けていれば良いかなと。
二つの意味で未来を夢見る彼、ただし役職に縛られている訳です。しかしまあ、それだけで思い止まれるのでしょうかね? 自分には出来ませんよ、好きな人が目の前に居るのに気持ちを隠すだなんて。皆さんなら如何でしょう?
彼を縛るのは何なのか、それは何れ語られるのでしょうか。さて次回、そろそろでしょうかね主人公倒れるの? まあ、色々ご期待いただければ幸いです。
PS.誰かが生きる話が書きたい……! テスト初日でorz




