ツタニウムホワイトの少女。序
そこは理科室だった。まさに理科室“だった”場所だが、旧校舎残骸の片隅のそこは使われる事無く在るべき場所なのだ。
不思議だ、何故取り壊された筈の旧校舎理科室だけが此処に有るのか。その部屋だけを残す形で工事が投げ出されていた、いくら一目につかない一角だからとはいえあり得ない話だった。
「ようこそ、我が根城へ」
「あのー……」
未来さんがガチャガチャと扉に鍵を差し込む、それはまるで看守の持つ様な鍵束だった。鍵相手に悪戦苦闘しながら先輩は答える。
「なんだ少年、一喜憂と言ったか?」
「はい、なんですか此処は?」
「理科室だ、我が根城だ愛の巣だ」
「…………」
最早何も言うまい。僕が出逢ってしまったのは魔王『歩く残念』なのだから、こうなってしまっては仕方があるまい。開いた扉に一歩踏み込む。
「さあ、此処がクラスSOSの本拠地。天使に対抗する為の作戦本部さね」
「てかクラスSOSって……さっきは団とか言ってませんでした? しかも方言地域違いますし」
「さあ、此処がクラス“そんなこんなで死にそーなんすけど世界戦線”団の本拠地。天使に対抗する為の作戦本部じゃけんね!!」
「S足りないしO余計じゃ無いですか……しかもあからさまに言い直しましたね。無理矢理感が否めませんよ、語呂が悪いし」
「こまけえこたぁいいんだよ!!」
「あ、逃げた!?」
取り敢えず内部紹介。机は実験で使う4〜6人班用の長机を3つくっ付けた幅広い物があるだけで、回りにはアニメキャラのフィギアやらポスターに覆われた薬品棚が並んでいた、趣味全開である。
おいちょっと待てとは言いたくなるが、長机におけるリーダーポジションには何故か処刑用の電気椅子があり、座る面には高級そうなレザーが取り付けられていた。中々にカオスだ。
ちなみに他の椅子は、元から此処にあったと思われる物から奪ってきたのであろう物まで様々だった。物々しい電気椅子の仕入れ元が気になって仕方がないが、他の椅子も中々に個性的だ。1つしかない普通の椅子が逆に異端にさえ見える。
しかも、薬品棚に混じって黒板側の壁際に大学院備品と書かれたスパコン臭バリバリの巨大ケースがLEDを光らせつつ鎮座していた。ますます深まる謎に頭を抱えるが、答えが出る訳が無かった。
まず出せる訳が無いが。
「さあ、好きな席に腰かけたまえ。話をしよう」
(あ、電気椅子に座った……)
指パッチンを響かせつつ脚を仰仰しく組む残念さん、玉座にも見える処刑道具にて腕組む様は中々に奇妙な絵面だった。
なるべく距離を取ろうとした僕は反対側のロッキングチェアに腰かける事にした。慣れない揺れる椅子に、座る瞬間そのまま後ろに転けるかと錯覚した。
「っと、ふぅ……」
「私で抜くなよ?」
「誰が抜くか誰が!!」
「なあに、冗談さ。本気で抜くなら手伝いするぞ?」
「あんた正気ですか?」
「正気だったら頼むのか貴様は。やらしい目で人を見るな、変態」
「…………」
言うだけ言ったら満足したのか、僕の反応に愛想を尽かしたのかは知らないが残念さんは会話を止めた。そして彼女が指を動かすと、彼女の背後にある黒板を遮る形でスクリーンが降りてきた。マジシャンみたいな真似だ、素直に驚くと共にワクワクも覚えた。
「ちなみにだな、指パッチンに反応してモーションセンサーが起動する。旧式ゲーム機を改造してみた、保証も切れてたしな」
やはり謎だ。技術力もこの部屋も何もかも、彼女は正しく謎だらけだった。四十九院乃々葉が謎の転校生なら此方はミステリアスなビックリ箱だ、人智の枠を無理矢理飛び越した感じだ。
「さて、説明しよう」
「待て、1つ聞きたい。お前たち、いやあんたは何と戦う気だ?」
「さっきも言っただろう? “天使”と戦うと、実際の組織名はそうだな……Artificial Attractorとしようか。なんて先日団員2号とも話したさ、意味は人工可能性変移領域か人工的未知数とでも表現しようか?」
「悪いけど良くわからない、僕にそんな固い話は止めてくれないか?」
「合言葉は『エルヴィンのレンジ』としている、これが通じればいつでも仲間だ。人数こそ少ないが私達は未知の来訪者を探しているのさ」
「んっと、オカルト研究会?」
「短絡的にはそれで構わん、しかし私達は戦うだけの“力”があるんだ。たぶん君にもそれがある、私は鼻が良いからな」
良く分からない、しかし謎の説得力があるのは何故だろう? そんな僕を尻目に残念な未来さんは続けた。
「むしろ君こそがオカルトだよ。君は磁気を虜にしている、磁場的に君は空洞に近い。実はその椅子こそが電気椅子でな、此方から機能を移植してある」
「磁場的に空洞……? てか殺す気ですか、貴女は」
「いや、確証があった。だから大丈夫だと思った、君に向けて磁力線が歪曲していたからな」
「見えませんよね、それ」
「私には見える。君は恐らく可愛い可愛い稲荷久遠をみたのだろう? 見てないにしろ、私は電気を操れるから遠回しに磁力を観測できるのさ」
「は、はあ……?」
稲荷久遠、狐? 少なくともあの時僕が見たのは、百合香とか言う青髪の少女と《タイムスリップ》だとか未来人とか揉めていた姿だ。
だから僕は久遠が七ヶ崎乃々葉みたいな敵対勢力の仲間か、どちらにしろ未来の兵器人間だと疑ったのだ。
朝こそ夢だと信じて普通を装っていたが、こうなるとそれが真実味を帯びてきた。未来は口を開いて続ける、
「私達天津風一族は、恐らく人外と混血している。私を見ていろ、少年」
そう言って、僕より数センチ低い未来が椅子に立ち上がる。そして彼女は目を閉じ言った、
「招来……来て? 《八千代高千穂》(ヤチヨタカチホ)!」
雪の様に白い髪、その先のつんと立ったアホ毛に吸い寄せられるが如く一部の髪が立ち上がる。
「あ、ちょっと見ないでくれると嬉しい」
言われるがままに後ろを向く、始めて学者じみた高尚さとヲタク末期故の残念さが消えた気がする台詞だ。
頬を赤らめての上目遣いは卑怯なまでの強制力があった、久遠が言ってたギャップ萌えってこれなのかと思った。大分僕も侵されているらしい、気を付けないと。
「良いよ、こっち向いて。構わないぞ、構わんからな!?」
「何故言い直す……え!!?」
僕の目の前には女の子が居た、普通でもないが普通の子だった筈だった。しかし今はどうだ、耳と尻尾が生えている。
「……耳と尻尾の物語」
「…………」
いや、正にアニメや漫画のお稲荷さまだった。しかもきちんと耳も動くし、尻尾も揺れていたのだ。彼女はさながら白狐のお稲荷さまだった、小柄で可愛いです凄く。
「……あらぶる鷹のポーズっ」
何故か、グコのパッケージみたいな姿勢をしつつ未来さんが幼い声色で言った。そして、しばしの無音が解けた後に彼女は口を開く。
「なんだと思う?」
「狐だと思います」
次に彼女は指を鳴らす。すると音もなく光の玉、雷球とでも言うべき物体(?)が漂いだした。それを指差しつつ首を傾げて、
「じゃあこれは?」
「んー……鬼火?」
「半分正解だ。鬼火は発火現象ともプラズマとも呼ばれるからなー、御理解頂けましたかな? 後、可愛かったり……するか?」
2回ともこくりと頷きを返す。すると、未来さんは続ける。それはもう凄い勢いで、尻尾が興奮した犬状態である。
「良いよね狐、うん狐っ娘は至高だよね神だよね!! お稲荷さまhshs!! もう猫とか二の次に神だよね、ネ申と書いて神だよね!! 神以上にネ申だよねっ!! お稲荷さまマジ稲荷〜っ♪ にゃははーっ!!」
「あのー、テーブルの上でばたつかないでくれません? 真ん中辺りとか凄く埃っぽいんですけど……」
「届かないもん!!」
「…………」
断言しながらグテーッと寝そべる未来さん。それもそうだと思うが、最初から上がって拭けばいい気もする。
「そうやって登って拭けば……?」
「はっ!!? そんな手があったとはな、あれだな君は天才なんだな!! 天才キタコレ〜!!」
「…………」
未来さんのキャラ変貌に対し僕は脱帽する他に無かった、いやまあ素直に可愛いけど。ただし空間がカオスというか混沌としている。
(あれ……?)
久遠が言ってた『カオス』なる用語を自然と僕も使っていた事に今更ながらに気付いた。ヲタク用語って伝染力というか汚染率が恐ろしいとふと学んだ。
「にゃははっ、少年よ大志を抱け〜っ! うはぁ、可愛いとかテンションがマッハだわーっ!!」
(本当に置いてきぼりだよ。超音速過ぎる……)
「さて少年っ! 私にはこの力で色々見えちゃったりもするんだがな、それはもうグワァーって見えるんだがな? お前に向かって周りの磁力が集束しかけてるんだよ、何故かな!!」
「あー、はいー」
もう相槌は適当に返す事にする。好きにさせとけば一番楽なんじゃないかと、時既に遅くして悟ったからだ。
「んでんでんでー♪ 後ろのスクリーンをご覧くださーいっ!」
ぱちん、また指パッチンが響いた。机から舞台仕掛けみたいに迫り出してきたプロジェクターが作動する、スクリーンに水を張った桶が映った。
「この桶から水を掬うと、そこに水が雪崩れ込んで差を埋める。物体に掛かる力が均一を保とうとしているこの状態を均衡とか平衡とか表現するけど、実質的にはこれ流体力学かもだけどねー? 一般人は『水が空間を埋め合わせている』とでも言うのでしょー?」
「ま、まあ……」
次に、桶から水を掬う映像とその図解に変わって人の3Dモデルが表示された。加えて、無数の立方体を描く様に交差するラインが描画された。
ちなみにだが、どうやらスクリーン内容の操作は彼女がスマートフォンでしているらしい。4個同時操作なんて見た事が無いが、彼女はキーボードを扱う様に叩いたり本体を回して位置関係を変えたりしながら完璧に使いこなしていた。これまた謎の技術である、どうやら機械に強いらしい。
「これが大体一般人、あんたはこっちの集束図な訳さ。まるでブラックホールみたいだろ、これ電磁吸い込んでるんだぜ?」
「それなら、色々と危険じゃないのか?」
「そうでもない。今のところ見た感じでは、触れた機器から電荷を搾取し発電して、その電気を使用して形成した磁気嵐をその機器に返還しているのよねー。人間業じゃないってか人外確定なんだよね、理解できるかい少年?」
「つまりは何かしらの異常磁場が出ているのか……僕から?」
「ビンゴ! ただ発動には少なくともバクダット電池の最低電圧0.9V以上が必要だと思われるよー。あくまでも憶測と目測の域を出ないんだがね」
と、壺と思われる何かとまた図解が現れる。これがバクダット電池なのだろうか、電池と言うには聊か機械らしさが足りなく感じた。説明がなければ唯の古ぼけた壺である、このオーパーツで発電出来たらしいのだから吃驚だ。
「限界値は不明。試したければ私が発電できなくも無いが……お互い死にたくはないだろう? もちろん、だからと言ってくれぐれも送電鉄塔には昇るなよ?」
「昇れる訳がないだろうが!!」
「そんな貴方にこれ、テレテレッテレー♪ 未来ガジェット初号機《鋼索アンカーKASUGAI》〜っ!!」
唐突に何か黒い塊を投げ渡される。船のイカリみたいな物々しい先端が3連装されている魔改造仕様のフリスビー射出機で、トリガーが2本グリップを挟んで前後に存在していた。頑張れば親指で押せそうな角度である。
「ミライじゃないからな、ミクルだからな!! それは手前のトリガで巻き戻せるワイヤーを通常のトリガー操作で射出できる。長さは15メートル、勢いが強いから撃ち込む事も可能だ。余裕で人とか象も殺せる」
「……何故こんな物を?」
「私はアクションが好きだ。特殊部隊や忍びがワイヤーで侵入する様には恍惚さえ覚える、真似したくなったのさ。ちなみに完全に巻き取るとワイヤーが自動で排出される、嫌なら勘で止めろ」
「何故これを僕に?」
「聞くな、需要と供給さ。サイドレバーで再装填あるいは次弾装填が出来る、最後に劇鉄自体には別機能としてワイヤーに回転が付加できる。良くある巻き付ける事がしたければ使え。ちなみにこのガジェットは掃除機コンセントと巻き尺、忍者活劇から着想を得た」
「本当に高校生ですか?」
「見た目は子供、頭脳は大人さ。現在日本には残念ながら飛び級が無いしな、程々に持ち腐れているのさ」
どうやら、残念さんは本当に天才らしい。まあ、一般高校生が磁力を語れる訳もこんな部屋を持てる訳もないが。
「ありがとう、借りておくよ」
「補償は効かないからな、気を付けて使ってくれれば幸せ。ただ赤ランプのパンダには見付かるな、投獄されたら暇になるだろう?」
「よくもまあそんな危険物を……」
「バレなきゃ犯罪じゃ無いんですよ……!」
さて作者です。今回は未来さんの独壇場でした、しかも序幕。
一番カオスな天才です彼女は、実は作者が始めて全身書いたオリキャラだったりします。イラストはいずれまたの機会に。
本日はこれまで、ではまた逢いましょう?
PS.パロディ多くてごめんなさい……ね?




