もう、選ばなくて良い。
――ああ、また死ぬんだ。
そう――思った時だった。
「ねえ、七ヶ崎くんは……胡蝶の夢って信じますか?」
時が止まる、いや、少女の声は響いていた。
「人は夢で蝶になる、しかし私達こそ、蝶が見てる夢かも知れない」
そんなの、どうでも良いですよね。と彼女は笑った。
「天獄ゲームはおしまいです、選ぶ必要なんて、ないんですもの」
僕の右脇を、通り過ぎるように彼女は歩く。草が揺れるも、音は鳴らない。
まだ、まだまだ届かないのだ。伸ばす手も、喉まででかかった声も、彼女の支配下では、届かない。
「もう、流される日々もおしまいです。遅れたなら、加速すればいい。目覚めた因子を、君にあげます」
そういい、後ろに移動した彼女に振り向かさせる。すぐさま、唇を塞ぐ間隔。ちろりとだけ、彼女の舌が僕の口に入り込む。高鳴る鼓動は、僕の中に響き渡り、無論外に漏れず消える。
「大丈夫、私も初めてだから」
感じる違和感、そんな中、四十九院乃々葉は舌をちろりと悪戯に出し、微笑む。
こんな表情も出来るんだと、あまりにも非現実的ながら温かい時間の中、少女に感動する。
「鍵はもう、貴方の手のひらの中。信じてる、お父様。"私の大好きな人"……!」
少女がお腹から、ぐんぐんと黒く染まっていく。彼女に食い込んだ鱗片が、彼女という存在を喰らい尽くす。
息を呑む、それは存在の延命でしか無い。
僕は言う。
「ありがとう、さんざん振り回したし、振り回された。助かったし、楽しかったよ」
止まった時の中、徐々に全身が墨の様な黒に包まれていく少女が笑った気がする。
「愛してる。こんな、煮え切らない僕でごめん。愛してる、もう言ったっけ……」
消える、手を伸ばすも、間に合わない。もう、僕が手にした無限に等しいこの時間の中でさえ、彼女はぐんぐん蝕まれていく。
「見つからないよ、わかんないよ!! こんな、こんなに散々振り回して、挙句最後は置いてきぼりかよ!! 絶対、破綻してるんなら助けてやる!! 何百何億何千年かかろうと、時を越えても助けてやる!! みんな揃って明日に行く、君もだ!! 約束する!!」
くそっ、悪態を付くも、何も変わらない。
僕は、振り向く。漆黒の弾丸、僕を穿つ筈だったそれと向き合う。
少女の、醜い死に様を背に、綺麗な彼女の微笑みを、あの黒くも美しい御髪を脳裏にだけ思い描き、拳を握り締める。未来ガジェット八号機《誰も知らない物語》、あの黒い銃が僕の手の中にあった。つくづく、黒に嫌な縁が在る気がする。それでも、僕は弾を確認し、撃鉄を起こす。時間ならまだある。
彼女が、命を賭けて作ってくれた時間が。僕にくれた無限が。




