ああ、そういえば"彼女"が居ましたっけ。
遭遇、というにはあまりにも乱暴な出会いだった。
何度も絵の具を叩きつけた様な、雑な色彩に彩られていた地表が近付くにつれ、僕の耳に甲高い音が聞こえる。
「あー……どおりで」
七ヶ崎乃々葉がつぶやいた。視線の先には血みどろの沼。
黒いスーツの群れの中、2つの空白地帯に幾つかの影が見えた。片方には天津風姉妹、そしてもう片方には、フードの少女。学校の校庭であろうそこは、かつてあったトラックに囲まれた部分全てが血に塗れ、校舎には墜落したヘリコプターが機種を突っ込んだまま燃える姿があった。
「最後の賭け、可能性があるなら、君は賭けれますか? 無限の時間を」
七ヶ崎乃々葉は問いかける。そしてきゃははと笑う。
「その目は、聞かないって顔よね。ふふふ、知ってるわよ。馬鹿ね、本当に馬鹿。死んじゃえばいいのよ、何度でも、許される限り。ふふっ、彼女は私が知らない子、唯一のイレギュラー。ジョーカーなのかカス札なのかもわっかんない、ただべらぼうに強いはずの何か。きっと、彼女が何かを知っている」
僕は降り立つ、七ヶ崎乃々葉の傍から。
「来て、くれたんだね……待ってた」
久遠がそっとそう漏らした。
そんな時、目の前のフードの少女が声をあげた。右手に持ったナイフを振り回しつつ。
「断片、デフラグ、整列、破滅!!!!」
こちらを見たその目は、血涙を流していた。口はだらしなく開け放たれ、そして、ボロボロの身体には無数の弾痕やさまざまな外傷が見られる。左腕なんて、ありえない角度に曲がっていた。
いつか見た気がする少女は、獣の様に荒い吐息をして、
「ふふふふふふふふふふふふっ、ふははははっ!! 可愛い、可愛いよう! ちっぽけな反逆者、みんなボクが殺してあげるよ!!」
ねじ曲がった左腕に右手の刃を突き立てて、捩じ切った。
「名前も記憶も何もかも、世界に捧げたこのボクが!! 君を殺して死んでやる!!」
ああ、ここまできてとびっきりに意味不明だ。狂気じみた彼女の腕は、切り落とされたまま足元にまで転がってきた。切り口から広がる血が、人間の物じゃない油のような七色の光沢を放っていた。
「一喜憂、避けて!!」
腕に気を取られていた僕の目の前に迫る影、
「ふへっへっへ」
笑う相手がナイフを振り上げる。視界に飛び込む白い光、そして飛び散る赤い赤い液体。
しかし、切られたのは僕じゃない。久遠でも、無かった。
「やあ少年、老い先短い私からのアドバイスだ……ぐあっ……まて捻るな、死んでしまう」
「死ねえ!!」
「ぐああああああ!!」
突然に現れた未来の未来さん――僕の記憶がそう言っていた――彼女がシリアスに慣れ切れない変な雰囲気の中、ナイフで腹を抉られる。爛々と輝く瞳は、死に行く人間のそれではなかった。
「ぶっちゃけ死ぬほど痛いし、このまま私は死ぬんだろう。死ぬ時までも痛快愉快、それこそっ……あう、嘘みたいな死を選べたら本望だとは思っていた。なんて、強がりは――」
「邪魔!!」
腹部に刺されたナイフを薙ぎ払われ、そのまま地面に放り投げられた未来の未来先輩は――ああそうだ、過去さんと名乗っていた――彼女は、僕に向かって叫んだ。血を吐いて、ところどころかすれたままの、それでも力強く通る声で。
「君は強い、それこそ可笑しいくらいにだ! 私は、何度も何百度も見せられたし魅せられた! ふっ、はっ……ややこしいが、私は君も好きだ! 大好きだ!」
フードの少女が、未来の未来先輩に歩み寄る。庇おうとした久遠も、学生の未来先輩も、見えない壁に弾き飛ばされてしまう。
「五月蝿いな。消えちゃいなよ」
振り上げたナイフが振り下ろされるその瞬間、視界を赤が、聴覚を瀑布の如き轟音が覆い尽くす。辺りの血の海が、どっと隆起していたのだった。青く眩しい髪が、赤の中に煌く。
「終末ならば、狂気なら……いざ舞い狂え全獣〈レヴィアタン〉!!」
バリアが描く防壁だろう空間に、どっと赤い血が流れ込む。それは、攻撃のための隙間。ありがちな弱点だった。
「西園寺百合香、忘れただなんて言わせないわよ!! 見てなさいよ、久遠ちゃん! 今なんだから!! ボクがしたいじゃなく、お姉様のた――」
「《姫九里滸黄泉》!!」
小五月蝿い声を遮り、血が爆ぜる鈍くも大きな音がした。
爆風に吹き飛ばされ、僕らはトラックに投げ出される。幸いにも、スーツ男達の死体がクッションに……まあ、あまりいい気分ではない。どうにか、震える膝を奮い立たせて立ち上がる。
赤い霧に満たされた周囲、そして、突然の突風にそれらが薙ぎ払われる。
「すっと切って殺す、でも見えないから、全部切って、殺す!!」
大きな大きな刃が生まれる。
そんな時、馬鹿みたいな、耳を劈く音が校庭に響き渡る。
「置いてくなんて、酷いですよ一喜憂さん……私だって居るんですから!!」




